5−3 虚像
それはただの詐術だ。
尤もらしい情報と、少しばかりの奇縁と、理想的な未来像を混ぜ合わせただけの、お伽話。少なくとも、今の俺にはそれを十全に実現できるだけの視野も手腕もない。
だが、辺境伯爵家令嬢の紹介でこの場に居る俺は、穿った見方をするならば、辺境伯爵家の操り人形に見えなくも無い。俺の語った壮大すぎる未来像は、一冒険者の妄想として片付けるより、スケープゴートを用意した権力者の工作と見た方が現実味があるように見える人も居るだろう。
……特に、視点の高い人間と成れば尚の事。出資額以上の責任を負わない、株式的な新しい利害関係の詳細な展望を語られれば尚の事。
俺自身は凡人でも、俺の後ろに幻視できてしまう存在は一国の重鎮だ。状況と立会人が、彼に軽視を許さない。
「——まずは根拠を提示して頂きたい。貴方の案の実現性を証明するには、最低限どの程度の融資が必要になりますかな? 融資を検討するため、具体的な計画をお聞かせ頂きたい」
名目上1番の協力者。最も影響力の強い地位。大きなリターンに対して、失敗しても失うのは投資額だけ。そんな甘言だけでは、彼は交渉のテーブルに着かなかっただろう。
すぐ側に他の候補を用意できる存在が居るとあって、多少は冷静さを欠いていた面があるに違いない。
「計画をこの場で明かし、それを他所で転用されないと保証できますか?」
交渉の本題は、ここからだ。
「サウスティナ嬢は保証人には不足とお考えで?」
「私は浅慮な一冒険者ですので。大貴族と大商会——有力な2つの組織が裏で手を組み私を出し抜くのではないかと疑心を抱いてしまう訳でして」
彼等にしてみれば、なにも、スケープゴートは俺である必要はない。
そんな俺の指摘は、しかし、俺と辺境伯家の結託を疑っている者の目にはどう写るだろうか。
「……判りました。誓約書を
きっと、後ろで糸を引いてる辺境伯の案を、他に漏らさない為の安全策くらいにしか見えないのではないだろうか。
◇◆◇
それぞれが属する組織はこの場で俺から聞いた情報を無断転用しない——サウスティナ嬢と商会幹部2名の名が、誓約書に印される。俺はその効力の程を聞き齧っただけで詳しくは知らないが、奴隷契約程ではないものの相当に強力な拘束力があるらしい。
そんな安全を担保して、ようやく俺は口を開いた。
「では手始めに、長屋を1つ改装してみましょうか。それで、計画の実現性は示せるはずです。……最低必要となるのは既に長屋を管理している
必要になるであろう物資から人員まで、俺はつらつらと羅列していく。
住居問題。それは即ち、人口上限や労働力転用上限にも密接に関わる、最も結果が見えやすい改革だろうという魂胆だ。需要があるのは誰もが判りきっていて、それでも誰も手を出せなかった分野でもある。『辺境伯の目さえだまくらかした実績がある詐欺師』というスケープゴートを使うだけで話が進むなら、彼等に取ってこれほど楽な商売も中々ないだろう。
俺という肉盾を手に入れたベリゴール商会幹部さんは、水を得た魚状態だった。俺が示した危惧にはすぐに対応策を2つ3つ立てたし、俺の提案には利益を上げる為のサブプランをすぐさま立ち上げてくる。
このまま放っておいても彼が立案から実行までしてくれそうな勢いだった。
この際どこまでもやりたい事をぶち込んでしまおうという腹積もりなのかも知れないが、彼が注視しているのは俺ではなく俺の後援者の様で、勝手に独り相撲してくれるのである意味有り難い。——要するに、俺の発言は事前に決められた台詞以上の物ではなく、即興で交渉を交える技量はないと侮っているのだ。
しかし、世間に対するポーズとして、最終的には俺が指示したという名目が必要になる。故に、そこには交渉の余地が生まれる。
「そこで、連絡役として人手が欲しいのですよ。俺には、メッセンジャーとして頼れる家族などおりませんから」
案がひと通り出揃ったタイミングで、俺はそう切り出した。
「……その件につきましては、こちらで手配しましょう。商会に所属する行商人に、定期的にメッセージを預かる様指示をすれば、十分でしょう」
解決策を口にする彼の表情には、戸惑いがある。俺が辺境伯の手駒であるなら、本当に俺から指示を仰ぐ必要なんてないのだから。彼は俺に疑惑の視線を向け、次いでカレン嬢に困惑の視線を向ける。俺の名義を使った、辺境伯からの指示が届くと考えていた……そんな顔だ。
「そうですか? ところで、俺は冒険者ですから、常にこの計画に従事できるとも限りません。そこで相談なのですが、円滑な計画推進のため、最初の融資には彼女を指定したいのです」
それが、俺の提示する最低限。
ここで見せるべき表情は、懇願でも焦りでもなく、余裕。まるで、既にその契約は成立しているという様な——裏取引が辺境伯との間で交わされているかの様な。
カレン嬢をただ首を振るだけの代理に過ぎないと侮り、俺をただの
だが、きっとこの言葉さえも、彼は「利用される冒険者の取り分」程度にしか受け取れない。
「俺にとっては、全て副次的産物ですから。……難しい、という事でしたらやはり……」
ここで破談となれば、今交わした案の全てが、『俺と辺境伯』の間で利用されるのを彼は黙って見ている他ない。
これは、ただの詐欺だ。
◇◆◇
商会幹部は、短い黙考の結果、俺の要望を認めた。融資により、『計画推進に必要な為購入』という名目であるから、その出費は計画が進行し、利益を得られる様になったとき商会側に優先的に回収する権利があると定めて。
つまり、ルーウィの妹の扱いは、俺が利用される為に提示した報酬という様な背景事情を匂わせての、雑務処理兼側仕えという名目である。事実上俺は彼女に干渉するつもりはないが、対外的にはある程度俺の私利私欲を強調して道化を演じた方がいいかも知れない。
ちなみに、彼女がこの支部に身を置いていたのは、幹部さん曰く必然だと言う。「買い戻して欲しい」と言うのがベリゴール商会の考えなのだ。売りに出す直前までは、買い付けを行なった場所に最も近い支部で管理・教育するらしい。
彼女の身柄の代償として、「現段階提案している計画に付いては、融資を頂けるのであればその範囲内に置いて随時実行して頂いて構わない」という言質を取られたが、まぁ安い物だ。俺の財布は傷まないし、その計画の実行によって得られる利益は、融資額回収までは8割が融資者である商会、残り2割が俺の取り分になる。融資額回収以後は逆転する契約としたが、そんな端た金より改装計画を実現・実行した実績の方が商会には有益だろう。
……これでは、株式というより名義貸しだが、まぁ細かい事はいいだろう。融資された資金で人を雇い事業を成しているということに、対外的にはなっているのだし。
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2018/10/15 矛盾点修正「すぐ側に他の候補が居るとあって」から「すぐ側に他の候補を用意できる存在が居るとあって」
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