5−2 詐欺師と哀れな羊

「要点を先に述べますと、人類は何故これほどまでに無力なのか、という話です。人類という視点に立ったとき、より大きな力を発揮するには、我々はどうするべきなのか、と」

 理想を語るのは簡単で、実現するのは困難を極める。

 俺の前置きに、眉を顰めてしまうのも無理はない。彼は大商会の幹部だからこそ、その乖離をよくよく理解している事だろう。

 だからといって、ここで怯んで言葉を止めるわけにはいかなかったが。

「貧困に苛まれている方々というのはつまり、日々の生活に追われその能力を十全に発揮できていない方々であるという見方も出来ます。これを解き放つ事こそ、今人類に出来る最も効果的な種としての力を得る手段だと俺は考える訳です」

「誰もが十全に力を発揮できる社会——それはさぞ理想的な未来像ですな。……目も眩む程に」

 返されるのは、皮肉。

 示すのは、理解。そして、否定。

「人に欲があり、リソースに上限がある以上、完全な実現は不可能でしょう。しかし、近づける努力は出来る。——今の在り方は余りに、無駄が多すぎる」

「既得権益を脅かすとあれば、有力者の反発は大きくなります。一国の王でさえ容易には切り込めない領域ですよ」

「損失以上の利益を示せば、少し聡い方は乗って来る事でしょう。そうやって1度流れを作ってしまえば、個々が既得権益にしがみついた所で大勢に狂いはありません」

「既得権益という安全札を捨てる損益以上の利益を生み出す腹案が、貴方にはあると?」

 変わらない語調は、それでいてどこか馬鹿にしているようで。

「国力の増大という点だけ見ても、支配者階級にとっては十分な利益だとは思うのですが……。より即物的にと言うのであれば、今と同じ土地面積で、2倍3倍の庶民が無理なく生活できる環境などいかがでしょう? また、1人当たりの生産力も最終的には倍以上に。生産力の向上は戦力の拡充にも繋がります。……人員的にも、物資的にも」

 そしてそんな大改革を計画し、実行し、さらに実現したとあれば、得られる間接収入や他の権力者への影響力は、容易には推し量れない程に大きい事は火を見るより明らかだ。

 そうやって生み出した余力で、教育を行なう。それは回り回って庶民の生活を潤す地盤となるだろう。そして、庶民の生活が潤えば、商人はさらに儲かる。

「もしそのような事が実現すれば……それはさぞ素晴らしい未来像でしょうな。権力を持つ者であれば誰もが夢描く偉業でしょう」

 子供の戯れ言をあしらう様な言葉で、彼は俺の話に相槌を打った。


 だがそんな、「大人な対応」を俺は鼻で笑う。

 ここまでは、想定通り。ルーウィに相談を持ちかけられて以来、ずっと考えて来たパターンのひとつだ。

「なるほど、誰もが夢描く、ですか。夢でしかないと思っているなら、道理で実現できない筈だ」

 余裕を見せつける様に1拍置いて。

「富裕層の私宅は4階建てなど珍しくも無いのに、庶民の共同住宅——長屋などは何故、平屋なのでしょう。貴族や大商人の子は人を雇ってでも教養を与えられるのに、それが重要である事を彼等は理解しているのに、何故庶民の子には与えないのでしょう」

 技術も知識もある。応用すれば簡単に解決する問題も多数有る。にも拘らずそれを実行しないのは、単に自己利益という狭い範囲にしか目がいかず、大局が見えていないからではないか。

「労無く与えられた技術や知識で、人の心は育ちません」

 返答は、聖句でも口にする様な穏やかな態度だ。

「では、貴族は人外だとでも?」

 俺は逆を問う。

「貴族は貴族である為に、重い責を担っているのですよ。庶民には理解し難い事かもしれませんが」

「モンスターの蔓延るこの時代に、そんな戦争ばかりしていた時代の定型句のような的外れな言葉を持って来られましても。——町の安全を守っているのかと思えば、人を攫って私腹を肥やすのが貴族のやり方だそうじゃないですか。大したものですね? 貴族の責とやらは」

 俺の皮肉に、彼は返答を一瞬窮した物の、すぐに口を開いた。

「……確かに、一部暴走する貴族がいるのは事実です。しかし、それは極一部の例外で、大多数の貴族は平時だからこそ、民の間の諍いに目を向けなければ成らないという面もあるのですよ」

 俺には、例の貴族の暴走を止められなかった者の言い訳にしか聞こえないのだが、上の地位にある相手——ましてや取引先を指して悪し様には言えないのだろう。辺境伯嬢の目もある。

 そこに、付け込む隙があった。

「通りです。趣味に金を使う余裕のある貴族と違って、庶民にはなかなか娯楽がない。抑圧されるばかりでは、反感も強くなるばかりでしょう」

 そこまで言って、俺は予定通り「なるほど」と呟く。合点がいったと言う様に。

「怖いのですね。民が。自分が被るかも知れないリスクが。溜まり溜まった鬱憤の矛先を向けられる可能性が」

 これまで余裕のあった商会幹部の言葉は、返って来なかった。

 庶民の力を軽視する発言は火に油。人を使う立場にある彼は、それをよく理解しているのだろう。しかし、立場上それを肯定する事も難しい。

「なら、話は簡単だ。騙されましょう。成功すれば大きな利益を得られ、失敗すれば投資額分だけの損失で済む、詐欺師に騙されたという大義名分はいかがですか?」

 貼付けた様な、わざとらしい笑みを作って、如何にもわざとらしい身振りまで加えて、俺は熟練の交渉人に相対する。


「……つまり、我々から借りた資金で、我々の持つ労働力やコネクションを利用し、事業を成そうと」

 実現プランまでは語っていないのに、理解が早くて助かる。

「ええ、その通りです。ただ、少し訂正をさせて頂きますと、協力を仰ぐのは貴方方だけではないという点が。後援金を出すのだからと何でもかんでもと口を挟まれては、どちらが糸を操っているかなど誰の目にも一目瞭然でしょうから」

 堂々と、傀儡には成らないと宣言する俺に、彼は笑顔を堅くした。

「別に、俺としては出資者や協力者が貴方方である必要はないんですよ。ただ偶然縁があった貴方方に、1番に打診してみたというだけで。……例えば、こちらにいらっしゃるお嬢さんの実家——サウスティナ辺境伯爵家を頼らせて頂くというのも、面白いのではないでしょうか」

 視線を向けると、彼女は特に打ち合わせをした訳でもないのに優雅な一礼を見せてくれた。それはまるで、俺と彼女達の間に密接な関係があるかの様に見える事だろう。利に聡い人間ならば、事ここに至って辺境伯家との繋がりを無視は出来ないに違いない。

 その援護射撃は必須でこそなかったが、同時に決して軽い物でもなかった。

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