幕間

0−1 ありふれた悪夢

//閲覧注意

/////////////////////////////////////////


 またこの夢だ。不定期に見る、悪夢。

 無力を痛感した、事件の記憶。

 男女2名ずつの、4人パーティに参加させて貰っていた時の事だ。


 ◇◆◇


 悲鳴が聞こえた気がして、俺はパーティ達がいる待ち伏せポイントに引き返した。

 森の中、息を殺しての事だ。それなりには、時間が掛かった。

 間に合わない可能性が高い事は百も承知だった。

 それでも、可能な限り強く早く地面を蹴った。


 森の中の少し開けた場所。

 濃厚な鉄の匂いが、視覚より先に惨劇を教えてくれた。

 吐き気と舌打ちしたい衝動を堪えて、それでも結末を見届けなければならない使命感で、俺は木々の間から様子を伺った。

 そこには、血の海に沈む男女4人の俺の仲間達と、それを取り囲む男達の姿があった。盗賊だ。彼等の武器と身体に掛かった返り血が、それを在り在りと示している。

 このパーティの斥候は俺で、彼等の接近に気が付かなかった責任はつまり俺にある。

 己の未熟さを呪った。


 何が隠密の才能か。

 何が危機感知の才能か。

 何が、幸運の女神の加護か。


 俺の戦闘能力は皆無だ。彼等が完全に油断しているとはいえ、ナイフ1本で3人の賊に勝てる筈もない。

 地面に倒れしている痩身の剣士の胸部に矢が刺さっている事から、斧と剣で武装する彼等3人の他に姿を隠している敵がいる事も伺われた。

 舌うちをしたい気分で、とにかく俺は息を殺した。少しでも多くの情報を持ち帰る事。それが、生き延びた俺の使命だ。無駄死には出来ない。


「あーったくよぉ、手こずらせやがって」

 賊のうちの1人が、そんな悪態をつく。

「そう言うな、久しぶりの女じゃねぇか」

 吐き気のする様な慰めを、別の男が口にした。

 もう1人は、既に己のズボンに手をかけている。

「弓矢でも持っていれば」とこれほど強く願った事は、単身で活動している時でさえもない。

 血がにじむ程歯を食いしばる俺の前で、矢を受けて死んでいた筈の痩身の剣士が、ゆらりと起き上がった。

 倒されたふりをして油断する機会をうかがっていたのかと思えば、違う。仲間の筈のそいつは、賊達と同じ種類の笑みを浮かべていた。


 裏切りだったのだ。

 初めから、彼等はここで待ち伏せをしていたのだ。

 誘導は簡単だったろう。裏切り者は、パーティリーダーなのだから。

 そうして斥候の俺がいなくなるのを待ってから、事を起こした。

 弓の使い手など初めからおらず、弓矢による奇襲があったと錯覚させつつ、余計な緊張を強いた。存在しない第4の敵を幻視させ、精神を消耗させるとともに手札を封じ、かつリーダー不在の混乱を作り出す。そんな、罠。


 新入りの俺1人、逃げ帰ろうが目撃証言をしようが、どうとでもなると考えているのか。痩身の剣士はパーティのリーダーで、冒険者登録をしたばかりの俺とは発言の信用度が違うだろう。

 逆に、斥候の俺が彼等を填める為にここにおびき出したのだと主張される恐れもある。

 巫山戯た話だ。

 状況を看破した俺は、強く奥歯を食いしばった。


 俺が己の無力を痛感するうちに、しかし、男達は何やら言い争いを始めた。

 取り分がどうだの、誰が1番に手を出す権利があるかだの。

 要するに、「女を使う」順番の話だ。


 蘇生の奇跡は、死んだ時点の状況で蘇生される。

 腕や足を失っていれば、失った状態で。

 五体満足で死ねば、その後モンスターに食われても問題なく。

 それは恐らく、賊達の情欲の捌け口に使われたとしても、変わらないだろう。

 だから、今我を失うのはただの馬鹿だ。何の益もない、愚かな行為だ。


 改めて自覚する。俺は馬鹿だ。


 賊達は言い合いを続けながらも、女性冒険者のインナーを剥がしに掛かる。

 蘇生の奇跡が代行されるまでの短い時間を惜しんでか、乱暴な手付きだ。

 性欲の捌け口——物としてしか見ていない、反吐が出る振る舞いだ。

 クソッタレ。


 俺は、吹っ切れた感情に突き動かされる様にして、ポーチから取り出した油壷を投げつけた。

 ついで、トラップ用の発火剤も投入する。

 森は瞬く間に火の海に包まれた。

 空気の乾燥した時期ではないからそうは燃え広がらないだろうが、始末書は避けられない。冒険者としての経歴にも傷が付くだろう。だが、そんな事はどうだってよかった。

 彼女達の身体を燃やしてしまう事が出来れば、それでいい。

 どうせ、死体を焼いた所で五体満足で蘇生できるのだから。

 巻き込まれた4匹の盗賊が火達磨になって悲鳴を上げていたが、俺はただ嘲笑うだけだった。いや、もう1つ油便を投下したかも知れない。余り詳しい事は、覚えていない。


◇◆◇


 夢は、がらりと場面が切り替わった。

 その翌日、俺が町に帰り付くと、冒険者ギルドには先に死に戻っていた3人と、『倒されたふりをして最後まで抵抗を試みたが残虐な仕打ちを受けた大火傷の英雄』が待っていた。

 俺を迎え入れた彼等は、ギルド内酒場で、俺への尋問が執り行なわれた、その場面。


「——で、お前には裏切りの嫌疑がかかっている。何かいい分はあるか?」

 大火傷の男が踏ん反り返って——というか火傷の所為で真っ直ぐ座れないらしいが——俺に侮蔑ぶべつの視線をくれた。

「リーダー、あんたが起き上がる少し前から見ていたが、よくもそんな白々しい嘘がつけるな? 反吐が出るぞ、下衆」

「……立場を考えて物を言え、新人」

 沈黙で睨み合う時間は、長く無い。

「大義がそちらにあるというなら、証明してみせろ。最初の矢が致命傷ではなかったと言うなら、その傷は蘇生による治療の対象外の筈だ」

 焼けた顔は表情を写さないが、その沈黙は彼の信用を地に落とすには十分だった。

「……全身大火傷なんだ。見せる傷も塞がっちまってるさ」

「なら、医者でも呼ぶか? 焼き塞がれただけの傷くらいは、見破ってくれるだろうさ」

 死ぬまでに受けた傷の殆どは、蘇生されても残る。蘇生の奇跡が取り消すのは、死ぬ直前に受けた傷や、死因となった元凶だけ。

 だから、彼の火傷は生きているうちに負った物で、それが矢を受けた時より後だというのなら、矢が刺さった跡が残っていない筈がない。

 仲間達3人の視線は、俺とリーダーの間を行き来した。

「……用意周到なお前の事だ、その医者を抱き込んでいない保証がない」

 あくまで、白を切り通す大火傷男。


 夢は、いつもどちらを信じれば良いか判らないという様な3人の顔で終わる。


 ◇◆◇


 目が醒めると、まだ辺りは暗かった。

 あの悪夢にももう慣れた物で、呼吸が乱れているとか、変な汗をかいているといった事もない。ただ、多少の不快感が残っているだけだ。


 結局、火傷男も俺も、義を証明できなかった。問題が大きくなりギルドが医者を手配するよりさきに、彼が火傷ごと治療の奇跡で傷を全て消してしまったから。

「なぜ死に戻った当日に治療しなかった」と問えば、

「お前がいかに非道な振る舞いをしたか皆に知らしめる為だ」と悪怯れもせずにいう。

 しかし、パーティーリーダーである彼への不信を持ったまま、パーティとして活動を続ける事ができる者はいなかった。同時に、彼等は最後まで半信半疑で、広まった悪名はむしろ俺の方が大きい。

「どちらが裏切ったにせよ、専門斥候を名乗っているくせに潜伏を見逃した時点で無能」

 と言う評価だけは、揺るぎない事実なのだから。


 冒険者になって最初に入ったパーティが、異常だったのは判っている。後に何度か臨時で組んだ連中は、気に食わない部分もあるがあれよりはよっぽどましだ。

 しかし、どうしても俺は「本当は何を考えている?」と疑いの目で見る事を止める事が出来ない。それは、俺自身がきっと斥候として必要な事なのだと自分に言い聞かせているからだ。俺が盲目でいては、傷付く者がいるかも知れないと知っているからだ。

 それが俺の役目。笑うべき奴が、笑っていられる為の役目。手の届く限りは、手を伸ばしたい。相変わらず本音では諦めきれない自分の馬鹿さ加減に、暗闇の中で1人、俺は声を出さず自嘲した。


 俺は、大馬鹿者だ。


///////////////////////////////////////

どこに置くか迷い迷った結果こんな所に。

そのうち動かすかもしれませんが、どうかご容赦下さい。

2018/10/13 衍字・誤字の指摘を頂き、修正しました。

また、蘇生の奇跡に関する情報の欠如を補完するため、一文を追記。それに伴いワンテンポ遅れるリズムの補完の為、強い感情の発露を追記。ご迷惑をおかけします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る