4−11 願い

 理由も無く出発を1日延期するなんて不可能だ。

 旅にトラブルは付き物なので宿の予約は問題にならないのだが、皆を納得させるに足る理由が必要になる。


 そんな訳で、俺はルーウィに付き添う形で皆に包み隠さず事情を説明した。

 ルーウィの妹をベリゴール商会から買い取る為の商談をするため接触したいと。

 そこらの行商人と違って、奴隷商の隊商を預かる人物は相当の権力を持っている事は想像に難く無い。動かす額が額である。故に、契約に漕ぎ着けるのは難しくとも商会に話を通してもらう糸口にはなるだろうと。

 ベリゴール商会は辺境伯爵家の令嬢の耳に名を届かせる程の大商会だ。そこらの支店に話を持って行っても、妹の居る支店まで取り次いでもらえない可能性は十分にあった。

 そんな懸念からの相談に、

「では、こちらで取り次ぎましょう」

 と申し出てくれたのは伯爵嬢。正直な所かなり意外な申し出で、俺は思わずまじまじと彼女の顔を見つめてしまった。彼女の方から視線を逸らすまで。

「それだけ、貴方方の活躍に期待しているという事です。ですが、私が手助けしてあげられるのはそこまでですよ?」

 つれない態度をとる貴族のお嬢様というなんとも悪戯したくなる属性盛り合わせな彼女だが、俺は何とか態度に出さずに済んだと思う。主に、勢い良く頭を下げてテーブルにぶつけたルーウィのおかげで。


 余談だが、ルーウィが自身の事を獣人であると皆に明かすと、皆の反応はかなり薄味だった。正面からでも注意深く見ていれば判るのだ。長く行動を共にしている彼女達が気付いていないはずもない。

 当人は隠し通せていたつもりだったらしく、大きくショックを受けていた様子ではあるが。

 もとより、相手が秘密にしたがっている事を無理に問いつめたり白日の下に晒したりしないのは、冒険者同士での暗黙の了解だ。保身の為に裏を取る位の事はしても、それを面と向かって告げる様な事はあまりない。


◇◆◇


 取り次ぎの問題が解決したので、俺達は拠点にしている町リーフルードの最寄りのベリゴール商会支部までは予定通り移動する事になった。要するに、拠点リーフルードの隣町だ。

 明日には早馬で前触れを出してくれると伯爵嬢は言う。

 しかし、それらの問題点が解決したと言っても200kエルの不足は依然として変わらない。他の面々も装備を更新したばかりという事で持ち合わせは心もとないらしい。

 皆から合計で50kの融資を受けられるとしても、残り150kをどうするか。そんな話題で1日が過ぎる。


「アデルが冒険者を辞めて楽団を始めるって言うなら、150kくらい貸してもいいけど」

 とのフェーリンの助け舟には、他ならぬルーウィが反対した。

「そこまでアデルさんに迷惑をかけられませんよっ」

 思いがけなく強い語調に、居合わせた皆の視線が集まったまま数秒の沈黙が場を支配した程の反発だった。周囲に秘密にしていた事を告白した後の反動故か、或は無理に塞ぎ込んでいないと強調する為か、いずれにせよあの日以来、彼女は若干情緒不安定気味だ。

 大げさだと思う。2人とも。

 これを機に楽団を始めるというのならそれはそれでありだと思うし、迷惑だとは思わない。なにより、俺にそこまでの価値があるかどうか。

「……そんなことより、ルーウィが自分を売ってまで妹をっていうなら、俺が冒険者を辞めるくらいわけないさ」

「それは困りますねー。妹は年齢だけでなく才能の面でも稼ぎを期待できなかったから身を売る事になった訳ですから。アデルさんが冒険者を辞めるとなると、妹は才能を得る機会がぐっと減ってしまいます」

「カンパを受けてルーウィが買い戻したら良いんじゃないの?」

「姉妹で主従って、どう考えても辛いと思うんですよねぇ」

「なら、リーダーに任せるとか」

「ダメですよ、玩具にされちゃいます〜」

「その理屈だと、異性の俺が一番不味いと思うんだが」

「アデルさんに悪戯をされる場合は、半分お嫁さんみたいなものですし、いいかな〜と」

 俺は脱力感に苛まれつつも粘ってみたが、ちょっと彼女の価値観は共有できそうに無かった。まるで、本意は別にあって、はぐらかされている様な気さえする。

「いやいや、ルー? それ、将来的にアデルに買ってって言ってる貴女自身にも言える事よ?」

 と、横からリリーが突っ込みを入れるのだが。

「ウチは貧乏ですからー。こういう形でも、大切にしてくれる人が居るって幸せの形があってもいいじゃないですかー」

 価値観はそれぞれだとは思うけど、彼女はもう少し高望みしてもいいんじゃなかろうか。少なくとも、異性に不自由する様な容姿ではないと思うのだが。

 彼女の告白に思わず身を引く俺だが、周囲の空気は彼女に同調的だ。彼女達には、ルーウィの心の内が理解できるのだろうか。だとすると、それは男女の差か、はたまた世界の差か。それを察するには、俺の経験は不足しているらしい。

 しみじみといった様子で頷く者、同調の意を口にする者、「応援するよ」と背を叩いて励ます者。初めから傍観者の辺境伯嬢を除くと、俺1人が浮いている。

 旗色は既に明白だった。


「奴隷、ね」

 誰に向けるでも無く、俺は呟く。

 やいのやいのと盛り上がる皆は、気付く様子がない。

 ルーウィやその妹の境遇には同情する。なんとかしてやりたいとも思う。

 しかし、本質的には異物でしかない俺が、何を出来るというのか。

 俺は目を閉じて、天井を仰いだ。


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2018/10/12 ルーウィの口調に違和感があるとの指摘を受け、強く感情表現をしている理由(を主人公が推察する描写)の追記を行ないました。

また、主人公が困惑する描写を追記し、価値観の相違について若干触れました。

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