4−10 獣人少女の秘密

 噂をどこから聞きつけて来たのか。

 探りを入れるのも推察するのも難しい事ではないのだが、気にしないという選択肢がお互いの精神衛生上最善だろうか。というか、彼女の場合、自前の耳で壁の1枚や2枚物ともせずに聞き分けているかも知れないし。


 ルーウィがその話を持って来たのは、リリー達と奴隷についての雑談を交わした翌朝の事だった。

「……私の妹が、今、奴隷になっているんです」

 いつものまったりとした様子はどこへやら。不退転の覚悟を瞳に宿して、彼女は朝食のテーブルでそう切り出した。

 それは中々に衝撃的な告白だったが、奴隷になる理由なんてそれほど多くは無いだろう。人攫いに拐かされるなんて言うのは基本的にレアケースの筈だし、どんな大病も大怪我も、蘇生の奇跡がある世界だ。延命だけなら蘇生の奇跡があるのだから、時間をかければ何とかなるだろう。それでも血縁者を奴隷にしなければ成らない様な事態と成れば、自ずと状況は限られる。

「妹さんが?」

 一応問い返しはしたものの、彼女の口から告げられる言葉には予想がついていた。

「はい。……ウチは農家なんですが、不作が続いて借金が返せず……」

「働き手になれなかった妹さんが、と」

 事業に失敗して借金。それは、よく聞く話だ。突然の不況や気象現象、災害の類いに就いて誰に責任があるとも言えない理由で、蓄えのない家から生きる為に身を売る者が出るのは、話としては珍しいたぐいでは無い。

 田舎村出身の者に聞けばこの手の話に事欠かず、口さがない連中などは「金さえあれば侍らせた上玉だった」なんて酒の肴にする持ちネタにしていたりする。実態や信憑性は兎も角として、有り触れた話なのだ。

「……」

 言葉は無く、しかし彼女は肯定を見せた。妹に対する罪悪感があるのだろう。揺れる瞳には、覚悟に反して迷いが見て取れる。

 俺は、そんな彼女の様子に慰めの言葉は無駄だろうと判断した。

「他の家族は元気にしているのか?」

「……はい」

 返答には、短く無い間があった。まだ生活が苦しいのか、それとも状況が回復しても妹を迎えに行けないのが心苦しいのか、そんな所までは俺には判らない。故に、掛ける言葉は無く、彼女の次の言葉を待った。

「……アデルさん。妹を買って頂けませんか?」

 まさかこのタイミングで懺悔気味な思い出話ではあるまいと思っていたが、彼女が俺に告げた言葉は予想の斜め上だ。

 彼女は、いつも身に付けているふわふわなカチューシャを外して、握りしめる。強く、強く。押さえ付けられていたまるっこい獣耳が、静かに存在を主張した。

 少なくともこれまでの振る舞いから、彼女は自分が獣人である事を吹聴したく無いのだろうという事は察していた。——隠しきれていなかった、というのは兎も角として。お互いに、話題に上げた事は1度もない。

 俺に向けて「妹を買え」と言うのも謎だが、彼女のこの心境の変化も疑問だ。

「そろそろ、教育を受け終わった妹が売りに出される時期だと思うんです。ですが、私の稼ぎでは借金の返済もあって、遠く届きません。……養っていける保証もないです」

 俯いて、首を振る少女。

 ようやく、とりあえずの状況を飲み込めた俺は、根本的な問題を口にする。

「力に成ってやりたいとは思う。しかし、収入の面では、俺も大差ないんだが」

 ルーウィの方がパーティで長く活動していた分、貯蓄も彼女の方があるのではないかと思う。そんな彼女が「遠く届かない」というのであれば、俺も手が届くとは思えない。

「アデルさんには踊りの副次アシスタント収入と年金があります。騎士爵があれば分割払いも認められると思いますし……」

 少し目を泳がせて。

「私の貯金と……私自身も売れば、足りないという事はないと思います。……私は、獣人の血が入ってますから」

 つまりは、交渉の最後札。彼女は下手な駆け引きを持ちかけてくる。


 奴隷の販売価格は奴隷商に売った時の価格に教育費と生活費、成長具合によるプラスαなどに奴隷商の利益を加えて決定されるらしい。奴隷商の仕入れ値自体が容姿や成長性を加味した価格なので、それを元にちょっと詳しい人間に相談すれば大体予想がつくのだとか。

 ルーウィが独自に調べた所、妹の予想価格は500kエル前後。大判金貨5枚という、一般庶民には中々お目にかかれない大金だ。俺とルーウィの所持金を併せて300kといったところで、分割支払いの頭金だけ手元にあるといった状況にある。

 ルーウィの身柄を売る事で無理矢理急場を凌ぎ、その後彼女を買い戻そうと思えば、中々に火の車だ。


 ルーウィが俺にこの話を持ちかけて来たのは、時期的な問題だけでなくベリゴール商会の隊商が今日この町にやって来る事も大きな要因だった。この商会が、彼女の妹の所有権を持っているのだとか。

 要するに、「妹が売りに出される」という期日が迫り人知れず焦っている中で、すぐ目の前に副次収入や地位を手に入れた俺と、タイミングよく妹を保有している商会の商紋を見て、運命的な物を感じてしまったらしい。それでも切り出すまでに一夜悩んだようだが。

「……他のメンバーには相談したのか?」

「このパーティは死なない為に装備に全力を費やすパーティじゃないですか。以前全滅もしましたし、貯金してる余裕がある人はあんまり……」

 彼女は口にしないが、下手にプレッシャーをかける様な事を言いたく無かったという思いもあるのだろう。

 俺は言葉を濁す彼女へのこれ以上の追求をしないことにした。

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