4−9 新しい収入源

 フェーリンが仲間になったおかげで、俺の収入源が1つ増えた。

 宿屋や酒場で踊る彼女のアシスタントしての臨時収入だ。

 というか、臨時収入とは言うものの、彼女、1晩での稼ぎが半端ない。お捻りだけでも俺への分配が冒険者として遠出した時の日当を超える程で、その上に事前交渉により報酬を得ているというのだから驚きである。

「お客様を自ら招待する際に、道中の娯楽として中途半端な供を着けては辺境伯の名折れですから」

 とは伯爵嬢の言葉。辺境伯が呼びつけた相手にわざわざ宛てがう供なのだから、一流に決まっているだろうと。自信満々の様子である。

 そんな一流の踊り子フェーリンは、踊り終えて火照った身体を惜しげも無く衆目に晒しながら、毎回俺の隣の席に帰ってくる。俺の存在は虫除けを兼ねているという事なので仕方のない事だと頭では判っているのだが、周囲から向けられる視線は俺にとってあまり嬉しく無い物だ。

 ちなみに、踊りに付随する魔法効果は高揚感向上と疲労回復。酒場であれば更に悪酔いをある程度防止する効果も付けてのだとか。

 そのおかげで、俺は思いつくままに疑似プラネタリウムやら炎の龍と水の龍の決闘やらを、彼女が休んでいる間の場繫ぎに絶え間なく演出し続けても、あまり疲労を意識しないで済んだ。

 そんな俺の演出には、彼女のダンスマジックと違って何の特殊効果もない。ただのオマケだ。

 だと言うのにしっかり報酬を確認の上半分を計算して渡してくれるのは、真面目さからなのか優しさからなのか。

「そんなに?」

 と最初の俺の取り分に驚いたら彼女は不満そうな表情をしたので、その場は適当に誤摩化して、この件については極力触れない事にした。楽団の看板娘を勤めていた彼女にしてみれば、この程度のお捻りではまだまだ物足りないのかも知れない。


◇◆◇


 そんな旅路、「もし冒険者をしていなければ、フェーリンと楽団をするのも悪く無いかも知れないな」なんて益体もない事を考えるようになった頃の事。休息に使う有り触れた宿場村で、俺は奴隷商人を見かけた。

 いや、正確には奴隷商人の隊商か。例の貴族の馬車とは違って、堂々と、奴隷を閉じ込めた檻を馬車に積んでいる。

 俺がそちらへ関心を向けた事を察して、伯爵嬢が解説してくれた。

「奴隷商人の隊商ですね。あの商紋は……ベリゴール商会の物でしょうか。という事は、乗せているのは犯罪奴隷では有りませんね。あの商会は犯罪奴隷を取り扱いませんから」

 そんな気遣いも右から左。俺はその光景から目が離せなかった。

 涙無く、それどころか商人に笑顔を振り撒く夫婦と。

 無表情の奴隷商人と思しき男と。

 痣だらけで泣きじゃくる子供と。


 俺はその光景に、言葉を失っていた。

 奴隷というのは生き方の1つだと俺は割り切っていたからだ。労働の対価の庇護だと理解していたからだ。他に仕様が無く、あるいは自己の責任の下、奴隷になるものだと考えていたからだろう。

 あれは恐らく、売る為に子供を作ったのだろう。そう、確信できた。

 証拠などどこにも無く、制度上問題も無く。ただそれでいて許されざるべき所行に思えた。

「——解放ですね。あの手の人間から子供達を救うのも、奴隷商の勤めです」

 静かに、伯爵嬢は言う。

 その言葉は、視野が狭くなっている自覚のある俺の耳にも届いた。

 なるほど、制度の有無に関わらずあの手の輩は現れる事だろう。闇に取引されるか、表舞台で公正な扱いを受けるかの違いだ。前者の方がより悲惨な未来が待っている事は、想像に難く無い。

 理解は出来ても、食欲の失せる光景だ。


 少し冷静に考えれば、「売る為に生んだ」というのは幾らなんでも俺の思い込みだという事はすぐに判る。奴隷の市場価値から見れば、生み育てる費用の方が圧倒的に高くつくからだ。

 しかし、そう考え直した所で失った食欲は戻らない。

「どうしても気になるなら、年金もでるんだから買って上げれば良いんじゃない?」

 昼食が進まない俺に、リリーが言う。

「年金?」

「貴族年金。準貴族の騎士爵だってあるでしょ」

「アデルさんは尉官第3位級騎士爵なので、金貨7枚半ですね」

 金貨半分って何だ。習慣的な表現なのだろうから、伯爵嬢に突っ込みを入れるのは野暮なのだろうが。普段貨幣の枚数ではなくエル単位で話をするので少し理解に時間が掛かる。

 金貨1枚で10kエルなので、換算すると75kエルという事か。1日の生活費を500エルとすると、150日分の生活費が労せず手に入るという計算になる。

「本来の騎士はそれに加えて給与が出る訳か」

「そうなりますね。ちなみに、貴族爵位を得た後も騎士爵は失われないので、貴族年金は重複しますよ」

「その代わり、いろいろ責任とか付いてくるけどね」

 と。リリーが肩を竦めながらコメント。

 縁のない豆知識を得た所で、料理が残っているのは俺だけになっていた事に気が付いて、俺は慌てて食事に集中する事になった。

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