4−8 新たな波紋
侍女や護衛などへ少しばかり聞き込みして調べた所、辺境伯は隣の領主が貴族の信用を失墜する様な事件を起こした事に対して責任を問われているらしい。辺境伯と言えば押すに押されぬ大貴族というのが一般認識だが、同格や、やや格下の政敵から見れば先の一件は糾弾するに十分な失態だったようだ。
なぜなら、彼はこの地方の実質的支配者として地位と権力、それに相応の責任を負っているのだから。近隣領主は、辺境は国とって政治的にも軍事的にも、小さく無い手札だったのだろう。
俺を——事件の中心人物を抱え込む事には、今回失った手札を多少なり確保するという意味だけでなく、配下に対する牽制の意味もあったのかも知れない。配下の混乱と政敵の糾弾を同時に相手取るのが難しいのは、門外漢の俺でも想像に難く無い二面戦争の構図からも明らかだ。
事情が判ったからといって、俺の感情に整理が付く訳ではないが。
◇◆◇
帰り道は、10人が乗れる大型馬車が用意された。
俺達の他に踊り子さんと領主嬢が着いて来た形である。
というかこの踊り子さん、暇を見つけては俺に楽団を組もうと誘ってくるので少々面倒くさい。楽師が居ただろうと指摘すると、旅楽座の雇われだったのだが、低賃金でセクハラも多く、辞める機会を伺っていたのだと言う。
「そうは言ってもな。俺は冒険者であって芸人ではないんだが」
「貴方の光魔法は達人級の曲芸でしょ」
リリーが横から何か言ってくるが、それは無視だ。無視。
「仮に町に居る間踊りに付き合うにしても、それ以外のとき君はどうするんだ?」
「これでも元冒険者よ? 貴方の冒険に付き合うわ」
「元冒険者ってことは、踊り子さんになるって目標を叶えたんだろう? なら、俺に付き合っているより肌に合う楽団を探したらいいじゃないか」
「そう思っていたこともあるわ。けど、ダメね。みんな自分の技術を高めるより私で稼ぐことばっかり考えて。終いには「いいよな、若い女は楽に稼げて」ですって。失礼しちゃうわ」
丁寧な口調で、しかしはっきりと憤慨して見せる彼女に、領主嬢を除く7人が深く頷いて同意を示す。男1人のこの場では、非常に肩身が狭い思いだ。
「そりゃあきっとあれだ、男が不器用過ぎて伝わらなかったんだ。あんたが美人だって言いたかったんだろう」
「馬鹿にしたような態度で口説かれたって、ちっとも嬉しくないわ」
「そりゃまぁ……そうだろうが」
もともと本気で庇い立てするつもりもなかったが、彼女の口調に鋭い物が込められたように感じられ、俺はこれ以上の反論を諦めた。
そこから始まったのは、元を含めた女性冒険者8人による男性に対する愚痴大会だ。時々話を振られるのが尚辛い。
愚痴大会の中心人物は踊り子さんなのだが、リリーの間の手も中々
自発的な発言はないが、コメントを求められた際のイシリアの切って捨てる発言の威力は高く、普段物静かなメルも口数が多めだ。鬱憤が溜まっているのか。
ナンシーの「その気はないのに勝手に勘違いするのが困る」という発言には踊り子さんを除く皆が微妙な顔をしていたが、彼女の素行を知らない踊り子さんはこれに大いに同意して、周りの空気に気付く事無く盛り上がっていく。
そんな熱気を引っ掻き回すのがリーダーで、おもしろがっている様子なのが質が悪い。
ルーウィとスィーゼは積極的な発言こそしない物の、時折端で聞いているだけで愛想笑いも凍り付く様な毒舌を口にする。
女性ってのは怖いもんだ。俺はその認識を新たにした。
◇◆◇
なし崩し的にと言うか、パーティメンバーと意気投合して、踊り子さん改めフェーリンは彼女達のパーティに加わる事になった。それはつまり、俺も今後同行する可能性が高まるという事だ。
お手柔らかに願いたい。というか、俺は帰路1日目にして将来に大きな不安を抱える事になってしまった。主に彼女達の内心での俺に対する評価的な意味で。
ところで、この期待の新メンバーことフェーリンはダブルナイフまたは棒術スタイルでの戦闘が得意だと言う。「槍は?」とリーダーが聞けば「使えなくは無いけど」という微妙な返答であったが、最前線で戦うメンバーは人数比で飽和気味であったことから、槍を持って貰う事になった。
その他の特技として、発動に時間を要する・本人が疲労するという欠点を持つものの、踊りにより感情を揺さぶる事で様々な魔法効果を与える直接干渉系支援魔法も使えると彼女は胸を張る。曰く、このダンス・マジックを十分に体得したので冒険者を引退したのだとか。
「踊りで皆を幸せにする」のが彼女の夢らしい。
微笑ましい夢だ、なんて言ったら怒られるかも知れないので、自重しておく。
その自己紹介に対する返礼の形でそれぞれが自己紹介する中で、彼女に1番驚かれたのは俺が斥候役だった事だ。
反論の余地がないので俺は苦笑する他ない。
「まぁ、まだ才能を得て1ヶ月少々だからな。要練習ってことで頼む」
「普通、才能を得られるだけの経験の中で、練習は十分にしてるわよ?」
ごもっとも。
俺はその言葉に諸手を上げる事に異存はなかったのだが、それより早くリリーが横から口を挟んだ。
「でも、アデルは自力で自己幻惑魔法を会得しちゃうくらい凄いのよ?」
「自己幻惑?」
首を傾げるフェーリン。判りやすい攻撃魔法や自分が目指した分野以外は明るく無いのだろうか。
そのまま、夜まで終わる事のないリリー先生の魔法講義が始まった。
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