4−7 逃走不能

「……いいだろう。君はあくまで自己防衛の為に行動した。それが偶然民の生活を守る事に繋がったというなら、私はその働きではなく結果に相応しい報償を与えるまでだ」

 確かに褒美を与えるから取りに来いという話だったが。正直、嫌な予感がする。

 犯罪者の捕縛協力に対する褒美としては、ここまでの旅路に費やされているであろう資金をざっと見積もってみるだけでも相当な物だ。この上で何か貰えるというのなら、それがただの金品とは思えない。

「報償、ですか」

 俺と違ってリーダーは何も応えない。まず何を与えるつもりなのか黙って聞くのが、本来の作法なのだろうか。

「うむ。民を護る働きを認め、準貴族位『騎士爵』を我がサウスティナの名の下に与えるものとする。あわせて、開拓権と後援金として金貨1000枚を贈ろう」

 準貴族位を与える。つまり、配下に加えてやるという事か。更に開拓権と後援金を贈るという事は。

「暗黒領域への先兵となれ、と?」

 道を切り開き、村や町を起こす事を公的に認められる。それが開拓権だ。開拓に成功すれば、そこを自らの領地として主張する事も出来る町の近くなどであれば、開拓によって広がった開拓余剰地などもだ。

 冒険者としての実績を重ねていけばやがて得られる権利でもあり、初めからそれを目指して一国一城の主を夢見る若者も少なく無い。ありふれた吟遊の題材でもある。

 もし、俺がそうした若者だったならば、これは最高の褒美だったかも知れない。

「いや、何も開拓すべき土地は暗黒領域に限らない。我らが護る人界も、まだまだモンスターが蔓延はびこり人の住めない地が多く有るのだ。これを活用できる様開拓する事もまた、開拓権の使い道といえる。例えば君が拠点にしている町リーフルードも、もともとはただの宿場村だったところをある冒険者が周囲の森を切り開いて開拓し、その統治権を国に売り渡したことで今の形になった歴史がある」

 そんな辺境伯の説明になるほどと思う反面、「何故」という疑問は尽きなかった。


◇◆◇


 結局、一方的な授与に、俺の拒否権はなかった。

 国とか貴族に縛られるのは嫌だと、ダメもとで主張してみたがそれならむしろ今ここで騎士爵を受けておいた方が良いだろうと言う。市場に混乱を振り撒いた罪との相殺も聞き入れて貰えない。

 曰く、遠からず他の貴族達も領主家取り潰しの真相に至り、その中心人物の俺に干渉してくるだろうとのことだ。そのとき辺境伯の後ろ盾が有る騎士爵持ちとなっていれば、大抵の要求——貴族家に仕えるとか、後援者という名目で取り込まれたり——を撥ね除ける事が出来るとか。

「結果的にであれ偶然であれ、君が見せた力を無視できる貴族は居らんよ……ねぇ」

 なお、開拓後援金は開拓の為の資金なので、俺の一存で自由に使える訳ではなく、後援者の許可が必要になるとのこと。つまり冒険や生活費には使えないので、今は特に意味のない手形だ。

 ところで、リーダー達はとりあえず便乗して名前を売れたという事で満足らしい。むしろ俺が乗り気ではない事が不思議な様で、今も祝杯の音頭に俺の騎士爵授与を入れていいのか迷っていた。

 平和な悩みだ。


 俺は偉くなった所で自分で自分の身を護る術がない。

 無双系主人公的な活躍を願っていた頃なら、喜んで飛びついただろう。しかし、残念ながら今の俺には不意打ちくらいしか手札がないことは重々承知している。圧倒的地形優位を確保しなければむしろ足手纏いだ。

 そんな俺が変に成り上がるのは、自殺行為だろう。目を着けられたとき対抗手段がないというのに、モンスターの巣の目と鼻の先で昼寝をする様な暴挙。周囲に掛ける迷惑は多大な物になるだろう。俺自身、自分の手で解決できない程の荒事に巻き込まれる——いや、中心人物に引き摺り出されるのは御免だった。

 しかし、ここまで好待遇で迎えられておきながら、1度退けられ説得までされた相殺案をなお強調する度胸は、俺にはなかった。都合の悪い人間を闇に葬るくらい、出来ない地位ではない筈だ。


 乾杯を終えると、そのまま今後の指針についての会議が始まる。

 要は、活動拠点をこちらに移すか、町に帰るか。帰る場合は辺境伯が送りの馬車を出してくれる手筈になっている。

 辺境伯領首都の利点は、物と情報に溢れている事だ。物価はやや高いが、金を出して手に入らない物は領内ではまず手に入らないと言われる程。そして各地のギルドで解決できなかった依頼が回って来るので、大型討伐などの仕事であれば事欠かない。出張費も出るので安心だ。そう言った仕事が熟せずとも、都周辺の安全確保に繋がる探索には物価に応じたボーナスが支給されるので、案外収支は悪く無い。安全な仕事に限って言えば人が多いだけあって人足を求める声も多く、食いっ逸れる事は早々ないだろう。

「……とは言ってもねぇ」

「向こうにはノノちゃんがいるし」

「アルの妹達もね」

 順に、リーダー、リリー、ナンシー。

「いやいや、妹じゃないよ」

「でも、アデルさんは絶対戻りますよね?」

「斥候が私だけでは最近の稼ぎは無理」

「実際、選択肢はあってない様な物でしょ?」

 一応の反論を試みるが、それを口にするより先に、ルーウィとスィーゼが追い討ちをかけて来て、リリーが端的に締めくくった。

 メルが口を開かないのはいつもの事だ。

 そんな、話し合いというには呆気ない程の会話で戻る事が決定。

 7人からの生暖かい視線がむず痒い。


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2018/10/08 二カ所誤字修正。

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