4−6 謁見

 道というのは必ずしも真っ直ぐとは限らない。

 時には大回りが有り、時には明らかな無駄が有り、それでも新たに魔物の住まう領域を開拓するよりは、今のままを維持する方が安全確実でコスト面でも優れているとされている。

 伯爵領首都と隣の領地の拠点にしていた町の距離はあの馬車で飛ばして7日程、定期便なら乗り合わせの都合なども含め20日近くは掛かるが、直線距離は案外大した事ない筈だ。

 そう思って脳内マップに意識を向ければ、やはり道はぐねぐねと直線距離の倍近い無駄を孕んでいた。まぁ、尺度問題——フラクタル的な解釈をすれば、その倍率をどう捉えるかは人それぞれだが。


 そんな益体もない思考に思いをせてしまったのは、屋敷の中に飾られていた地図が、俺の記憶と食い違う物だったからだ。

 よくよく考えてみれば、この時代、詳細な地図は軍事物資なのだろう。冒険者の間で出回っている地図だってかなり曖昧なもので、情報と実地での擦り合わせが必要な小さく無い要因である。

 そんな地図を俺が見上げていると、いかにこれを作り上げるのが大変だったか、苦労の歴史とその価値を伯爵嬢が語ってくれた。まさか誇らし気に語る彼女に間違っているなんて言う訳にもいかず、俺は愛想笑いで応えるのみだ。

 まぁ、もしかしたら、これは客人に見せる為の更新が止まったレプリカあるいはダミーなのかも知れない。何せここは客人用の館なのだから。俺はこの件について深く考えない様にする事にした。


◇◆◇


 辺境伯様との面会は、首都に到着した翌日の昼一になった。

 招かれた側だという事を考慮に入れても、辺境の主とも言える大貴族がそう簡単に庶民との面会に時間を割けるとは思えないのだが。というか、統治に必要な庶務やら会議の時間を使ってまで面会を早めて欲しいとは思わない。それどころかうっかり忘れてなかった事にして欲しいというのが本音であるのだが、そうは問屋が卸さないらしい。

 案内されたのは、講堂とでも形容したくなる広い部屋だった。アーチ上の天井を支える長い柱毎に騎士が配置されているのも、儀式の場らしき雰囲気を醸し出しているような気がする。


 辺境伯の第一印象は、温厚そうな爺さんというところだ。

 公園で毎朝武術の真似事でもしてそうな、老いて尚引き締まった肉体である事はその伸びた背筋からも伺えた。しかも、彼は貴族きっての軍人。暗黒領域の侵攻を防ぐ辺境軍の指揮官その人であり、個人としての戦闘能力も極めて高いと聞く。

 元気な白髪のじいちゃんという見た目に反して、その年齢は150を超えるらしい。高レベルな人は老化が遅いと聞くので、その影響なのだろう。ちなみに、逆によく死ぬ人は寿命が短いのだとか。教会の蘇生の奇跡も、万能ではないようだ。

 そんなスーパー爺さんに、リーダーが代表して挨拶を述べる。

「不躾な冒険者ですので、直立のままの不敬、お許し頂きたい。私はパーティリーダーを務める——」

 下手によく知りもしない畏まった態度を取ると、それが逆にとてつもなく侮辱的な振る舞いだと解釈される事も有るらしい。どこかの流儀に則った正式な挨拶が出来るなら兎も角、基本的に冒険者は改まった振る舞いはしない方が良いとはギルドで教わっていた。精々、言葉尻を真似る程度にしておくべきだとかなんとか。

 そんな訳で俺達は8人揃って直立姿勢だ。ひざまずくなんて仰々しい真似はしない。

 もとより、冒険者は実力と信用の世界。礼節を求められる事はそうない、筈だ。

 リーダーからの紹介を受けて、俺達はそれぞれ会釈をする。

 並び順は最前列に代表発言者としてリーダー。

 中列に俺、リリー。その左右を護る様に、メル、ルーウィ。

 後列にイシリア、スィーゼ、ナンシー。

 ひと通りの紹介を受けて、人界防衛の要人は呵々かかと声を上げた。

 いったい何が可笑しかったのか、こちらが問いかけるまでもなく、彼は俺達を鋭い視線で一瞥いちべつしてから口を開く。

「急な呼び立てに応じてくれた事、まずは礼を言おう。冒険者アデルとそのご友人方。しかし、そう警戒されるな。何もとって食おうという訳ではない」

 俺達は現在特に武装している訳ではないのだが、百戦錬磨の御老達から見れば誰がどのような役回りかは一目瞭然なのか。それとも事前に調べがついていたのか。

 確かに、彼が間接的に指摘する通り、俺達の今の並びは全方位警戒態勢だ。代表を前に置いて中列4人後列3人の並びはそれほど不自然ではない筈だが、彼の目は誤摩化せなかったらしい。

 とはいえ、指摘されたからと言って並び順を変えるというのも変な話なので、仕方なく、名指しで呼び出された俺が1歩前に進み出てリーダーに並ぶ。

「俺達は冒険者ですので。周りにこれだけ武装した人間がいて、警戒するなは無茶な注文かと」

 それは、習慣の様な物だ。脅威となりうる存在には意識しないままに対応してしまう。そんな言い訳。

 面と向かって信用していないという俺に、老人は楽しそうに笑った。

「これは手厳しい。流石は、我々が何年も時間をかけて尻尾を掴めなかった鼠をただ数回の邂逅で一網打尽にする冒険者だ」

「流石にそれは過分な評価です。慎重に事を進めなければならなかった公の組織とは違い、俺は自分の身に降り掛かる火の粉を振り払っただけの短絡的な冒険者ですから」

「あくまで、個人と組織の性質に依る違いだと言うのかね?」

「多少の幸運も有りますが。大筋ではそのとおりですね」

 少々疑わしいが、此方人等こちとら幸運の女神の加護持ちで有る。その導きがないとは言えないだろう。

 俺の返答に、辺境伯は口を閉ざした。

 もとより、俺達は衛士や領軍より優れた調査能力を持っている訳ではない。組織力もなければ影響力もない、一介の冒険者だ。盗賊紛いの暴挙あんな手段を取れたのも、公的組織ではなく背負う物のない冒険者だったから。

 辺境伯の手腕より優れているなんて、間違っても思わない。


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2018/10//07 『教会での蘇生の奇跡』の設定を忘れている人がいるかも知れないとのご指摘を受け、『教会の蘇生の奇跡も、万能ではないようだ』を追記。

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