4−5 招かれるままに
護衛付き10日の旅路というのは、優雅と言うか暇と言うか。
踊り子さんの踊りにあわせて光の玉に中を泳がせる魔法は2日目でそれなりに形になったし、3日目には複数を同時に扱えるようになり、5日目には玉ではなく魚や鳥、羽の生えた小人など様々な形を取らせる事が出来るようになった。
会話以外に出来る事が余りに少な過ぎて、全力で趣味に走ってしまった形である。
懸命にすり寄って来る娼婦さんや機会を伺い続ける伯爵嬢には申し訳ないのだが。伯爵が敵なのか味方なのかいまいち判らないので、彼女達の扱いにも困る。
その点、パーティが皆容姿に優れていたのは幸いだ。急に美人に擦り寄られればうっかり手を出してしまったかも知れないが、パーティメンバーが可愛いかったおかげで慣れが有る。
内心で苦笑しつつあしらえる程度には、俺の心には余裕があった。
この旅に何故彼女達はついて来たのか。
リーダー曰く、高位貴族と知り合う機会をみすみす逃す手はないとのことだが、友好的とも限らない面会だ。むしろ今回顔合わせをする事がマイナスに働く可能性だって十分に考えられる。
それにもかかわらず同道してくれるというのは、彼女達の好意なのだろう。俺は素直にそう受け取って、彼女達に感謝した。ますますもって、余裕ができ次第彼女達には何かお礼をしたいが、宝玉付きのネックレスは勘弁願いたい。
条件と継続時間を定義して、光を踊らせる。
感覚としては、脳内で行なうプログラミングだ。
俺の遊びがそんな域に到達したのは、伯爵領首都目前になった頃合いだった。
光だけでなく火や水まで細かく操れるようになって、休憩時間に見られる踊りは中々に華やかな物だ。メロディとまではいかずとも、風を操って正確なリズムを刻んでいるおかげか、踊り子さん自身の踊りも緩やかな中に切れの有る、それ単体でも十分に拍手を送れる物になっていた。
それらの魔法が何の役に立つかと言われると、返答の難しい所では有るが。モンスターをおびき出したり追い立てたりする程度には使えると思いたい。
「そんな精密操作、私にも出来ないんだけど」
とリリーは口を尖らせてしまったが。
◇◆◇
辺境伯領の首都は、流石の規模だった。
具体的には、地平の向こうまで人工物が続いているのだ。拠点にしている町とは比べるべくもない。
それでいて作り自体は変わらないと言うか、外へ外へと拡張していく都合上、どうしてもこういう形になるのだろう。町の中央に公的機関が集中し、いくつもの内壁を隔てて人々が暮らし、外壁を多くの衛士達が護っている。
領主館はその中央、都市のど真ん中にあるというのだからその重要度は推して知るべしというところか。
案内をしてくれる伯爵嬢はどこか誇らし気だ。伯爵領に入って以来、彼女の立ち位置は観光案内役に収まった。
というか、伯爵の令嬢を護衛の騎兵に相乗りさせて自分は馬車の中っていう状況の気不味さは、俺しか感じていないんだろうか。本人含め全員、気にしている様子を見せないのだが。
そんな気不味さとも後少しでお別れと思えば、少しばかり物寂しい気がしなくも無い。
都市に入っても馬車での移動だった。騎兵隊も変わらず。道中は通行人の方が避けていく。これが権力者の視点か、と俺は苦笑した。
町中では流石に馬を駆けさせる事は出来ない。移動に要する時間は、想像よりずっと長かった。速度を落としていて道もしっかりと踏み固められているので、乗り心地はかなり良い。慣れの問題も有るのだろうが、揺れを意識しないで過ごせるだけでも快適だ。
これから領主に会うというのに、疲労困憊というのはよろしく無いだろう。
そう思っていたのだが、俺達が連れて行かれたのは町の中心をやや北西に外れた貴族街だった。案内してくれる伯爵嬢が言うのだから、間違いはないのだろう。彼女に騙す意図がない限り。
伯爵家が保有する、来賓用の館である。
ちょっと何を言われたのか理解できなかったのは、俺だけではない筈だ。
流石に辺境伯様ともなるとスケールが違うらしい。同様の館を複数所有しているというのだから尚驚きだ。
よくよく考えてみればこの世界の時間の捉え方はかなり大雑把で、トラブルで到着が1日前後するとか、何らかの事件が起きて忙殺され、すぐには面会の時間が取れないという様な事も有るのだろう。辺境伯の地位にある者が自ら招く客といえば相応の地位や影響力を持っていると考えるのが妥当で、そんな相手に自ら宿を取らせる様な下手を打つ様ではその手腕が疑われたりするのかも知れない。
俺は感心したきり、案内されるがままにその館へ足を踏み入れた。
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