4−4 姦しい道中

 馬車というのは、一般的に、歩くのより多少早く荷物も積めるが、乗り心地の良いものではない。乗り馴れていないうちは舌を噛むので会話もままならない程だ。

 しかし、貴族御用達の高級馬車となれば事情は多少ましになり、柔らかいソファーと板バネのサスペンションが衝撃を殺してくれる。護衛が全て騎兵で、馬車を引く馬も複数ともなると、その機動力は徒歩の倍を優に超える。

 そんな高級仕様の馬車に美女美少女7人を侍らせて……とまるで住む世界の違う贅沢な状況かと思えば、6人掛けの馬車に8人乗りだ。言うまでも無くぎゅうぎゅうであった。

 幸い、スィーゼやルーウィ、ナンシー、メル辺りは小柄だし、リリーも胸以外は細身なので誰か1人が俺の膝の上に座るなどすれば、多少余裕が有る。俺がリーダーの膝の上に座るよりはましだ、と思いたい。そんなリーダーの提案に乗った日には、何をされるか判ったものではない。他の皆も同じ見解なのか、リーダーの上に誰かが乗るという意見は、全員が嫌な顔をしたのでそもそもなかった事になった。

 彼女達が全員ついてくるのは辺境伯の使者にも予想外だったようで、本来同乗する筈だった方々は馭者台や護衛との相乗り、定期便で後追いなど迷惑をかける形となってしまった。


 ところで、辺境伯が住む伯爵領までこの馬車で3日の旅だ。そこから更に首都までとなると1週間弱掛かるらしい。

 つまり、この馬車の速度で情報伝達をしても領主が粛正されてから俺を捜していたのでは時間計算が合わない事になる。もちろん、騎馬隊だけならもっと早い移動が可能だろうが、馬を休ませる事も加味すればどうしても上限は見えてくる。

 まぁ、変な事件が相次いだとなれば調査くらいはするだろうが。

 優秀な人材が多いのか、遠距離通信を可能にする魔導具が有るのか。いずれにせよ、出来るだけ面倒な事にならない様、祈るばかりだ。


「おや、また窓の外を見て。そんなに彼女が気になるのかい?」

 俺の肩に撓垂しなだれ掛かる様にしながら、リーダーが悪戯な口調で俺を現実逃避から呼び戻した。日に日に加速するこの人の悪戯を相手にしたら負けな気がする。

「いえ、皆さんを巻き込んでしまった事を後悔しているだけですよ」

「私達を巻き込んでいなければ、隣には彼女達が座っていたんだしねぇ?」

 いつもなら俺の言葉をするりとかわしてサバサバとした態度を見せるというのに、今日はやけに粘着質だ。肉体的接触もそれに輪をかけて、物理的逃げ場がない事も相まって非常にやり辛い。

 リーダーが言う「彼女達」とは、同道する予定だった文官と楽師を除いた女性陣で、内約は辺境伯の娘、高級娼婦、踊り子という綺麗どころだ。片道10日の旅路を退屈させない為の配慮なのだろうが、彼女達の肉体美を鑑賞する余裕など今の俺にはない。7人の視線はかわそうとして躱せる物ではないのだ。

「リーダーの方が美人ですよ? そういう事ではなく、大事になってしまって申し訳ないと言う話です」

「美人……と言いつつ君は手を出そうともしないじゃないか」

「恋人じゃないんですから。単なる仕事仲間に手を出したりしませんよ」

 どうにも、話題転換に乗ってくれる気はないようだ。俺は内心溜め息を吐きつつ、彼女のセクハラに付き合うのだった。


 ◇◆◇


 職業理念と言うかプロの意地と言うか、既に前払いで金を貰っているのに技を披露しないのは彼女達の沽券に関わるらしい。

 らしいというのは食事の度に俺の隣に押し掛けて来て、それが無理となれば口移しの奉仕をしようとする娼婦さんの言葉だからだ。その積極的過ぎるやり方に、食事時の俺の左隣は彼女の指定席となった。とりあえずそこに座らせておけば、リーダーとナンシーを足して嗜虐しぎゃく性を引いた位の大人しさになるので。

 彼女も商売なのだと思えば割り切ってしまえたので、リーダーやナンシーを相手にするより気楽な物である。

 対して、踊り子の方はというと食事時などの暇を見つけては踊りを披露してくれるのだが、ゆったりとした調子の踊りは音楽がないとどうにも間延びして見える。正直に言えば、盛り上がらない。楽師がいないので調子が出ないというだけでなく、そこから生まれる焦りが悪循環の元になっているようだ。

 しかし、踊り子に注意を向ければ娼婦さんが相手をしろと主張してくるし、どちらにしても仲間達からの視線が痛い。この状況がもし『幸運の女神の加護』の結果だというのなら、幸運の女神は邪神に違いない。いや、そんな不敬な事を考えているから天罰を与えられているのだろうか。

 そうやって積極的にアピールして来る2人と比べると、伯爵の娘さんは印象が薄い。俺に話しかけようという意思は感じるのだが、俺の周りは常に視線という名の針の筵だ。気が引けるのは仕方がない。

 道中の宿の部屋割りも本来は彼女達と同室になる予定だったらしいが、7人も飛び入りすれば多少事情は変わってくる。貴族御用達の高級宿だけあって7人程度追加で泊まれないという事はないが、彼女達を従者用の部屋に押し込んでおきながら自分だけ巨大ベッドでゆったり、なんて俺には出来なかった。

 一応、既に早馬は出していて、明日からは解決するらしいのだが。

 そんな訳で俺達8人は「客室」に泊まる事になった。宿に泊まっている貴族を訪ねた客の為の部屋であって、宿の客という意味ではない。高級宿独特のややこしさだ。


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2018/10/05 誤字修正

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