4−3 召喚
ほどほどに真面目に、適度に気を抜いて、テーブルを挟んで向かい合っていた俺とリリーだったが、ギルドの職員がわざわざ歩み寄ってくれば無視するわけにはいかない。ましてそれが、親身に相談に乗ってくれる登録を担当してくれた受付嬢となれば尚更だ。
「……アデルさん」
どこか申し訳無さげに、迷っている様な表情。それでいて引く訳にはいかないという覚悟の現れか仁王立ちで。
「少々、奥までお願いします」
ここでは話せない内容だと、彼女は言う。その言葉だけでなく、声色だけでなく、顔色も、態度も全て含めて深刻な話だと彼女は俺に告げていた。
「私も同席できる?」
普段の話し言葉よりやや強い口調で、リリーが割り込むように主張する。
「それは……。……そうですね。半ば固定パーティのような状況ですし、リリーさんもご同席下さい」
短く無い時間迷って、受付嬢はリリーの同席を認めた。その様子から、本来であれば同席が憚られる様な話であると伺える。ランク降格くらいの話なら、ギルドはもっと冷徹に対応する筈だ。しかし同時にそれ以外で深刻な話題を振られるとなると思いつかない。
いったい何事かと思う物の、拒否権など有ろう筈もなかった。
◇◆◇
以前作戦会議に利用した会議室より、広さも調度品の品質も数段上回る密室。
高ランクの冒険者や要人が利用する事を想定しているのであろう部屋に、俺達は通された。
下階の雑音などまるで届かない静寂。
こういう場に慣れていない俺としては無用に緊張してしまうのだが、隣に立つリリーは堂々と構えているのが頼もしい。
「お手紙です」
受付嬢はそんな言葉とともに、立派な装丁の封書を俺に差し出した。
皮紙ではない時点で高級紙に分類されるのだが、殆ど濁りも混ざり物も見られない封書は特に高級な品だと伺える。
ちなみに、製紙技術自体は高いレベルに有るのだが、魔法で無理矢理実現されているが故にどうしてもこの手の紙は高級なのだ。まるで、ゴールだけ示されて魔法で技術の不足を補完したかのように。パピルスと高級紙の間の科学的技術の進歩がごっそり失われている様な形である。
遺跡系ダンジョンから発掘されたロストテクノロジーだ、なんて言われているが異世界人の干渉に依る歪さだろうと俺は睨んでいた。
「手紙、ですか」
そんな高級な紙を使ってまで低ランク冒険者にメッセージを送るなんて、普通に考えれば有り得ない。それこそ、俺が貴族の家から逃げ出した道楽息子でもなければ。
もちろんそんな事実はないので、俺は訝しみながらそれを受け取った。
宛名が俺であるのは確かだし、裏返してみれば恐らくどこかの貴族の物であろう封蝋が押されている。光の玉を浮かべて透かしてみても、特に得られる情報はなかった。
「いったい
「辺境伯様からです」
堅い声で、受付嬢は俺の疑問に答えてくれた。
辺境伯とは、大雑把に言えば地方貴族のまとめ役。通常の伯爵より権威が強く、時には上位の
まぁ、そんな貴族同士での序列なんて物は、意図して調べようとでもしなければ庶民には全く耳に入らない様な話なのだが。
「そんな大者が俺に?」
あからさまに面倒臭そうな手紙だ。許されるならこの場で燃やして受け取らなかった事にしたい程に。
しかし、逃げ場はないらしい。
「はい。冒険者であるアデルさんが読み取りに苦慮された際に備えて、私も内容を伺っております」
硬い表情で釘を刺してくる受付嬢に、俺は肩を竦めた。
確かに、もう依頼票や報告資料などの冒険に関わる事務資料なら1人で読むに苦労はしないが、日常的に使わない言葉となれば話は別だ。まして、貴族特有の言い回しなどあろうものならお手上げである。
ここは、感謝しておくべきだろう。
「そうですか、助かります」
自分でも驚く程、感情のこもってない声に受付嬢も形だけの会釈。
気不味い空気の中、受付嬢はメッセージを口にし始めた。
その内容は、半分くらいが
要約すると、近頃の俺の誘拐組織との抗争を称え、感謝し、褒美を与える事にしたので取りに来い、という内容であった。最後の方に、副次的流通への被害は必要な事であったと目を瞑る旨も書かれていて、召喚に応じなければ国家反逆で捕まえるぞ、と暗に脅している体だ。
下部組織も貴族内部関係者への粛正も完了したが、庶民の不安を和らげるため、辺境白の私兵を半年間町に駐屯させる事にした、と。特に、以前報復を受けた俺の近親者——アトリエ:ノノであったり以前寝泊まりしていた宿屋等には特に注力してくれるらしい。
徹底して逃げ道を塞いで来ている。
なんとも、気の重い話だ。例の事件から半月も経っていないというのに、大した調査力である。というか、それを俺にではなく犯罪組織相手に発揮して欲しかった。
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