4−2 認識の違い

 時空間魔法という概念が有る。

 極一部の強力な魔法の使い手による時空間魔法は、転移だとか植物の成長促進だとか加速だとか、原理不明の魔法のオンパレードになるが、大半の魔法使いに縁が有るのはもっと基礎的な概念だ。

 魔法の作用空間・作用時間を定義する事で、例えば「空中に火を灯したまま術者はその場を離れる」なんて事が出来る。この概念の最大の利点は、術者が1つの術に拘束されない事にある。

 寝ながら魔法を発動し続ける修行なんてしなくても魔法を維持しながら休めるし、断続的に消費する訳ではないので精神的負担も軽くなると、活用できれば良い事尽くめの概念とされている。最終的な消費魔力量についてはそもそも魔力の消費という概念について様々な説が有るので判断の難しい所では有るが、これに熟達すれば転移魔法などに繋がるかも知れない『時空間魔法の才能』を得られる可能性があるというだけでも積極的に使っていく価値が有るのだとか。


 毎度の如く俺に説明してくれるリリーは、何故か今回は幾分興奮気味だ。

「リリーは時空間魔法の才能が欲しいのか?」

「そりゃあ欲しいわよ。魔法使いなら誰でも欲しがるんじゃない? それだけでも一生安泰間違いなし、解明できれば歴史に名を刻む偉人間違いなしの魔法の深奥よ!?」

 なんて彼女は言うが、そもそも彼女ほど水魔法を使えるのであれば一生安泰だと思うのだが。多分、本気で攻撃に転用すれば1度の発動で町1つの範囲を制圧できるんじゃなかろうか。手札は洪水だけではなく、風化とか、崩落とか、地理地形に合わせたやり方は幾らでもある筈だ。

 それでありながら冒険者を続ける彼女は、金銭等ではない何かを求めている1人なのだろう。そう考えると、彼女のこの態度は引っかかる所が有るのだが、俺は毎度の如くその点について指摘しない事にした。

「そういうものなのか。……で、四大属性魔法の基礎の基礎くらいしか知らない俺にその概念は有用なのか?」

 彼女に教わった魔法で出来る事と言えば、暑さ凌ぎの風を起こしたり、なけなしの飲み水を生み出したり、砂地を固めて足場を安定させたり、火を起こしたりといってしまえば少し便利なだけの冴えない魔法だ。あと、分類は6属性魔法になるが手元を照らせる程度の光の玉を召還する事も出来るか。

「次々に自己幻惑魔法を開発しちゃってる人が言う台詞かなぁ」

「自己幻惑は要するに、自分を騙すかイメージを補完するかだろう? 新しく魔法を開発しているというよりは、たった2つの魔法を応用しているだけだと思うんだが」

 俺が唯一持っている魔法関係の才能はズバリ、魔法応用の才能なのだ。開発の才能ではないし、リリーの水魔法の様に属性魔法や幻惑魔法の才能を持っている訳でもない。

 しかし、リリーは俺の言葉に首を振った。

「魔法に何より大切なのは、出来るってイメージなのよ。理論なんて、そのイメージを補完する材料に過ぎないってよく言われる事だし。アデルは魔法の開発を出来てるの。だから、属性魔法だってやろうと思えば出来る筈だわ」

 そんな励ましの言葉に、残念ながら俺は素直に頷けない。『自分を騙す』とか『イメージを補完する』のは現実の改変を伴わない分想像しやすいのだが、物理法則を超越する一般的な魔法には未だに苦手意識が有るのだ。

「一応、薬草を乾燥させるくらいは出来るようになったが」

 というか、正直な所それが一番便利に使っている魔法である。その他の便利魔法は大体リリーがやってしまうからだ。

「風化とか鎌風も使ってたじゃないの」

 以前道を崩落させる為に使った魔法や、ロープを切ったり痛んでいる車輪に最後の一押しをした魔法を、彼女は指摘する。

 それはあまり人の耳が有る所で話題にして欲しく無いし、本当に数回しか使っていないのだが、儲け話に飢えた荒くれ共の巣窟ギルド内酒場でも彼女はお構いなしだ。

「そもそも、発明なんて全部既存技術の応用から生まれる物じゃない? 私は貴方の可能性が楽しみなの」

「期待してくれるのは嬉しいが……」

 将来時空間魔法の才能を得て、その結果貴族に縛られる人生というのは個人的に嬉しく無い。貴族に対してあまり良いイメージを持っていないのが問題なのかも知れないが、低ランク冒険者に貴族との縁なんて有る訳がないので改善する筈もなかった。


 件の事件から半月、珍人物と出会うなどのイベントもあったが、ようやく100kエル溜まるという事もあって装備の更新を考え始めた頃合い。2人ペアで近場の森に入った夜の習慣で、俺は彼女に魔法を教わっていた。

 パーティ全体で遠出しないのは完全に俺の都合に付き合ってもらっている形なので申し訳ない気持ちも有るのだが、アトリエ:ノノ襲撃事件あんな事があった以上、もうしばらく報復がない事を確認したい気持ちが強い。

 ましてや、前回喧嘩を売ったのは下部組織の実動部隊ではなく、領主貴族だ。既に失脚したとはいえ、どんな手を使って来るか判らない。

 本来彼女達まで付き合ってくれる程の義理はない筈なので、言葉にできない程有り難い話だった。


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2018/10/03 脱字修正

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