冒険者の野望

4力と立場

4−1 異世界人

 異世界人というのはどうしても、目立つ。

 例えば常識がないという点にしても貴族の隠し子では通じない程に常識が通じないし、環境や境遇に対する反応も他の人々と大きく異なる。

 俺自身、こちらにやって来た当初は周りの目をかなり気にしながら振る舞っていたが、それでも「相当変わっている」との評価を受け入れざるを得なかったのだ。

 食文化や住居、風呂、排泄あたりに関しては流石に異世界という感じで、俺が真っ先に諦めようとして、しかし諦めきれずに生活費が高くついてしまっている理由であった。

 もし本人に隠す意図がなければどうなるか。

 答えは簡単、半日もせずに衛士のお世話になる事になる。


 同郷とは限らないが、興味が涌いたと言うか。

 似た様な境遇に同情したとか。

 理由は幾らでもでっち上げる事が出来るが、目撃情報から同年代の同性らしいという事が一番大きな判断材料だったのかも知れない。

 衛士の詰め所へ行って、俺が彼に面会したのは。

 要するに、俺は不釣り合いな程魅力的な女性に囲まれて、疲れていたのだろう。


 金髪碧眼の青年だった。この世界では貴族以外名字なんてまず持っていない、とまず傍目に可能な限り不自然でないよう配慮しながら説明した上で先に名乗ると、彼は「マイク」と名乗った。

 身なりはこちらに来た当初の俺と同様に、明らかに浮いた装いだ。裁縫の技術レベルが違い過ぎて、少し目端が利く者であれば思わず警戒心を抱く様な、そんな技術格差がある。

 彼は『治療魔法の才能』『射撃の才能』を持っているという事で冒険者として活躍できると考えていたらしいが、いきなり捕縛されて憤慨している様子だった。

「いやしかしだな。才能の有無は確かに大きいが、才能が有る事と技術や経験が有る事は同義ではないからな?」

「東洋人はどうだか知らないが、僕は銃を撃った経験だってあるし、サバイバル訓練だって受けているんだぞ」

「銃なんて持ってるのか? 魔法以外なら投石か弓だぞ、この世界。それにサバイバル知識だって、実際に猛獣なんかより遥かに危険なモンスター蔓延はびこる森の中で通用するのか?」

 彼は俺が面会を求めてから比較的落ち着いた様子だったが、未経験という俺の指摘に自尊心を刺激されたらしい。俺以上に価値観の相違があるこの世界の人達との交流で、彼が盛大に空回りしていた様子が目に浮かぶようだ。

 しかしそれでも俺の指摘を受け入れる程度の冷静さは保っていたようなので、大きな感情の発露は感情の暴走というより習慣的な身の振り方、パフォーマンスに近いのかも知れない。舐められては終わりと考える冒険者達の中には同様に大きなリアクションを示す者も居るので、溶け込めるとまでは言えないが、異質すぎると言う程でもないか。

「でも、才能は有るんだ! 機会をくれれば有象無象より役に立ってみせるさ!」

 今更だが、俺が無意識のままに使ってるのは多分この世界の言葉で、彼が使っているのもこの世界の言葉なのだろう。意識的に変えているつもりなんてないのに。最初は簡単な掲示も読めなかったのだが、言葉が通じるというのは有り難かったものだ。

「赤の他人に機会を与えてやる義理が、どこに有る? 将来役に立つから投資しろ、なんて何の実績も信用もない奴が主張して、誰が信じる?」

「それは……」

「社会保障も健康保険も、それどころか碌な戸籍登録もないんだ。身を護る手段がないなら、もう少し慎ましく生きた方が良い。奴隷になりたく無ければね」

「奴隷!? なんて野蛮な!」

「能力もなければ向上心もない、或は著しく社会的信用のない奴が生きていくには、そういった制度も必要なのさ。まさか、魂が壊れるまで餓死と蘇生を繰り返せなんて言えないだろう?」

 彼が俺と同じ世界線から来たのかは知らないが、どうやらそれなりの社会制度が保証された文明の中で生まれ育った事は間違いがないようだ。

 しかし、俺の知る史実の中でも奴隷とひとことに言っても様々な形態があるのは判明していて、必ずしも悪の歴史かというと否だ。すくなくとも、社会と相対してみた福祉や生活水準が、犯罪奴隷を除外すれば現代サラリーマンの平均を上回っていると評価できる時代・文明なども珍しくないのだから。

 これを野蛮と避難できるほど優れた文明が、どれほどあるというのか。

 生まれも育ちも不明、実績もなし、態度だけデカく周りに迷惑をかける。そんな在り方では下手をすれば軽犯罪でも大仰に引き立てられて奴隷に落とされる可能性もあるだ有ろう。そんな俺の指摘を、どこまで彼は理解したのか。

「なら、奴隷制度なんか辞めて社会保障を充実させるべきだ! 犯罪者は刑務所に叩き込めば良いじゃないか!」

「碌に戸籍登録もないのにどうやって社会保障を充実させるんだい? 不正の温床になるだけだと思うが。刑務所にしたって、維持運営費は誰が出すんだ。戦争がない程、追いつめられてるんだよ? この世界は」

 人の済む領域、所謂人界は常にモンスターの脅威に脅かされているのだ。蘇生の奇跡なんていうぶっ飛んだ後方支援があって尚、拡張が覚束ない程に。それどころか、近代まで人界はむしろ拡張するどころか縮小していて、消滅した国も有るらしい。

 言い過ぎただろうか。それとも時間を置いて自分が置かれた状況への理解が追いついて来たのだろうか。

 彼は暗い表情で沈黙したまま、椅子に腰を下ろした。

「マイク。君はこれから、ギルドの運営妨害に対する賠償として短期の強制肉体労働を架せられる事になるだろう。——といっても、普通の土木作業だ。悲観する事はない。多分君がイメージしている様な過酷な環境ではないよ。その中で、少し冷静になってこの世界を見てみると良い」

 もう少し冷静になっても貰わないと、俺や周りの人間に被害が及ぶようでは助けるに助けられない。これからも騒動を起こすようなら、俺は彼を切り捨てる事に躊躇いはなかった。

 それもまた、諦めだ。これまで幾度と無く繰り返して来た、感情整理だ。

 残念ながら、俺の手の届く範囲には限りが有る。いつ爆発するか判らない爆弾を抱え込む事は、出来ない。



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2018/10/02

1万PV記念に幕間に投降しようとしていた番外編を投降するより先に2万PVがやって来てしまったので、番外編集『形無き宝石』を始めました。更新頻度は保証できかねますが、もしよろしければそちらも併せてお楽しみ下さい。

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