3−12 得難い日常

 怒りと復讐に取り付かれていた。

 そんなのは言い訳だ。後になって冷静になってみれば、俺がやった事はただの犯罪行為で、それが例え誰かを救う結果に繋がったのだとしても、巻き込まれたものに取っては慰めになる話では無いだろう。

 自己嫌悪と反省から、衛士の詰め所に「馬車を襲った」と自首した所、その事実は認められないので逮捕できないと追い返された。そもそも、大捕り物で忙しいこのタイミングで、小物の相手をしている余裕はないのか、相手をするのも面倒だとでも言う様な様子で殆ど叩き出された次第である。

 同様に、衛士から情報を収集する事も出来なかった。


 ◇◆◇


 誘拐組織に深く関与していた事が明らかな領主の家は取り潰しが確定。

 余罪及び他に関与した貴族がいないか、現在調査中。

 不祥事を起こした領主に変わって、今は王家から代官が派遣されているとの事。

 一介の冒険者でしかない俺に判る情報は、民間人が知る事の出来る情報とさして変わらない。事件の当事者であっても、それは同じだ。


 冒険者ギルドに張り出されていた号外に目を通した感想としては、「以外と大物だった」といった所だ。資金繰りに苦しい中小貴族の兇行かと思いきや、貧乏領主貴族ですらない。欲に目の眩んだ大物貴族の犯行だという。

 王名に泥を塗ったとか、貴族の信用を地に落としたとか、領主を任される程の貴族が護るべき民を脅かした今回の事件は、国内にかなり大きな衝撃を与える事になるらしい。ギルド受付嬢や警邏の衛士など、複数人から同じ話を聞いたので確度の高い情報だろう。

 そんな事件に巻き込んでしまった事を家主のノノに謝罪し、協力してくれたリリーを初めとするパーティメンバーにお礼を言って。その全員に笑顔で応じてもらえた俺は、しかし、自分を許す事は出来なかった。

 自己都合で第三者を巻き込んで、テロにも等しい無差別工作を働いたのだから。後味が悪い事この上ない。

「君は本当に、危なっかしいね。破滅願望が有る訳でもないのに、少し目を離すとすぐに無茶をする」

 そんなノノの言葉を俺はその場で否定したものの、パーティメンバーにも口々に似た様なことを言われてしまって閉口した。

「まぁ、頼ってくれたのは嬉しいんだよ?」

 とはリリーの談。

「そうだな。信を置かれるのはリーダーとしても嬉しい限りだ。……ところで、女の子6人に養って貰った感想はどうだね?」

 主犯を填める為のここ1月程、活動実績がまるでないと簡単に足がついてしまうので、カモフラージュとしてリーダー以下6名には近場の森の探索をして貰っていた。その合間に、見聞きした情報という体で噂を流すことで、より説得力の有る情報になるだろうという目論みもあった。

 工作や待ち伏せに専念できたのは生活面で彼女達が支えてくれたおかげだ。そうでなければ、作戦が長期化した場合3姉妹の生活費に困っていた事だろう。1日1人当たり300エルと概算した場合、俺の当初の所持金では3ヶ月も支えられなかった。

「役割が違うだけで同じ作戦に従事しているのだから」と、毎日のように森を散策して得た収入を回してくれたおかげで、所持金は微増。90kを超えている。

 遠出の時とは違って、採取の簡単な物を殆ど手当り次第に取ってくるという雑な方法ではあるが、彼女達は「人数と戦力」という暴力的な解決方法でそれなりの儲けを実現していた。

 一応、スィーゼが売れないレベルの物は取らないようにと配慮しているらしいが、6人の稼ぎにしては正直かなり少ない。いや、それで養われておいて文句を言える立場ではないのだが。

「どう、と言われましても。申し訳ない気持ちと有り難い思いで一杯ですよ。これからどうやって恩を返そうか、悩むくらいには」

 いつもの背筋にクる笑みを浮かべるリーダーに、俺は肩を竦めて返した。絶対、あの顔は何か企んでいる。

「ほほう、恩の返し方か。ところで話は変わるが、ノノちゃんは随分と綺麗なアクセサリーを着けていたね?」

「アルが送ったんだってー?」

 にやり、と嫌らしく唇を歪めるリーダーと、後ろから飛びついてくるナンシー。露骨に視線を逸らしながらも耳がこちらを向いているルーウィとメル。我関せずといった態度なのはイシリアだけで、スィーゼとリリーも興味津々といった様子だ。

「ええ、まぁ。あの時は経済的に多少余裕があったので」

「ほほう」

「つまり、余裕が有れば期待しても良いの?」

 とりあえず、ナンシーさん。色々薄布の向こうに当たっている感触があるので離れてはくれないか。

「7人分とか無茶ですよ? 装備だって新調しなきゃいけないですし」

「魔法を込めてない宝玉付きの首輪……女性から送ると貴方の色に染めて。男性から送ると私の色に染まれ。7人に送るアデル、大胆」

 視線を逸らしたまま告げられた、スィーゼの台詞が中々重い。

「いや、そんな深い意図があっての贈り物ではないんだが」

「期待しているよ」

 にんまり笑うリーダーは、取りつく島もないのは既に重々理解させられている俺であった。順調に調教されている、とは思いたく無い。


 そんな日常の彼方に、記憶は埋もれていくのだろう。しかし、迷惑をかけた事実は消えない。この件に関して、自分を許せる日は果たして来るのだろうか。

 必要な措置だったと割り切れる程、俺は大物ではないようだ。

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