3−9 制裁

「これはこれは、受付嬢に37回告白して全部振られてるハンクさんじゃないですか。お久しぶりです」

 とりあえず、ショボ暮れた坊主呼ばわりしてくれたお礼を送ると、彼は既に赤かった顔を更に赤くして興奮してくれた。

「あんだおめぇは!? 男に用はネェンだよ!」

 感心を俺に向けられるなら願ったりだ。下卑た視線を向けられて彼女達が不快な思いをするよりは、もともと個人的に恨みのある相手から俺が嫌われる方が万倍ましだと思う。

「用があるか否かでいうなら、つい先月町の女商人に手を出して衛士の世話になったハンクさんに、用がある女性もいないかと」

「ありゃぁあの女が悪ぃんだ! 気の有るふりして金を巻き上げようとしやがって!」

「商人が笑顔で接客する事なんて、余程うとまれでもしていなければ珍しくも無い事でしょう。彼女から聞きましたよ? 普通に接客してただけなのに、いきなり宿に誘われたって」

 このやり取りは中々に周囲の耳目を集めていたらしく、あちらこちらで爆笑が沸き起こった。

 形勢不利を悟ってか、彼は誤摩化すように声を荒げる。殆ど裏返る勢いだ。

「んな昔のこたぁどうでも良いんだよ! おめぇヒョロガキの癖しやがって女侍らしてご満悦たぁ良いご身分だなぁ?」

「ええ、貴方の所で顎で使われていた時と比べれば、雲泥の差ですね。依頼クエスト報酬も貰えませんでしたし」

「……おめぇあんときのガキか! 巫山戯ふざけやがって、碌に戦力になりもしねぇ癖に報酬だけ寄越せたぁどう言う了見だ、クソが! おめぇの所為で俺たちゃあランクダウンまで喰らったんだぞ!」

「俺の案内で1度も戦闘せずに終えた採取依頼についてまで戦力外だから報酬なし、は納得できませんって。討伐依頼だって巣まで案内して、罠張って、炙り出したのも全部俺なのに無報酬。消耗品の費用もなしってそりゃあないでしょう」

 どうやら俺の告発で冒険者としての信用を大きく損なっていたらしい。自業自得というやつだ。

 いい気味なので鼻で笑い飛ばし、折角なので彼に抱いていた不満をぶつけられるだけぶつけながら、詰められるに応じて距離を取る。酔った上に怒りに駆られて視野の狭くなっている実力評価レベルのそう変わらない冒険者に捕まるようでは、斥候は勤まらないだろう。

 そんな追いかけっこは、最初に話題に上がった女性達によって止められた。物理的に。

 足を掛けられた男が盛大に転け、いくつかの椅子とテーブルを巻き込んでの大騒ぎだ。いくつかの食器が床に落ちて、心臓に良く無い断末魔を上げる。

 足を掛けられた当人すらも何故転けたのか分かっていない様子なので、正面から見ていた俺とグルになっている女性陣以外からは、酔っぱらいが酒場で暴れようとして転けたようにしか見えなかっただろう。

 先程から止まない嘲笑が、一際大きくなった。

 悪態をつきながらのろのろと立ち上がるハンク。しかし、彼が俺に迫るより先に、その肩にギルド職員の手が掛けられた。

「困りますね、ギルド内で暴れられては」

 ちっとも困った風に聞こえない、落ち着き払った、それでいて威圧感の有る声。

 俺はあまり縁のない、というかたまにしか見かけない男性職員だ。言い換えるなら、荒事担当職員。衛士には及ばずとも、俺達の様な三流冒険者くらいであれば制圧できる戦闘力が有る……という噂の御仁である。

 ハンク表情が固まったのは、勝てない相手に目をつけられたからか、今更制裁措置ペナルティのリスクを思い出したのか。

 そんな2人を観察していた俺にも、背後から声が掛けられた。

「アデルさんも、ダメですよ? 今回は被害者という事で目を瞑りますけど」

 半身になって振り返ってみれば、声の主は以前パーティーに同行してくれた受付嬢がいつもの穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

 俺の視界の端で、リーダーがそちらへ顔をやって意味深な笑みを浮かべると、受付嬢も力こぶを作る様なジェスチャーで答える。その様子はまるで、初めから打ち合わせていたとでも言う様な雰囲気で、彼女等を敵に回す恐ろしさを暗に見せつけられたようだった。

 正直な話、俺は別にギルドランクが下がった所で痛くも何ともないのでパーティに迷惑がかからないのであれば受け入れるつもりだったのだが、どうやらその覚悟は無駄になるらしい。

 奥に連れて行かれる酔っぱらいを無感情に眺めながら、俺は肩から力を抜いた。

 職員達の登場で一斉に誰もが我関せずを決め込んだ白々しい空気に徐々に喧騒が取り戻されていく中で、背後の受付嬢に改めて向き直る。

「ご迷惑おかけしました」

「このくらいはお安い御用です。でも、庇うにも限界が有りますから、あまりオイタはしないで下さいね」

 一礼して、彼女は呆気なく持ち場へと戻っていく。今度疲労回復の魔法薬でも差し入れしようか。


 そんなドタバタも過ぎてしまえば酒の肴だ。

 再開された打ち上げは、予想に反して盛り下がる事はなかった。


◇◆◇


 結局、その日解散となったのは月と星明かりに頼らざるを得ない夜中になってからの事だった。

 俺に纏わり付くナンシーをリリー・スズ・ルーウィ・メルの4人掛かりで引き剥がしてもらって、それをリーダーに揶揄われながらの別れの挨拶は、どうにも締まりがない。ちなみに、ナンシーをけしかけたのもリーダーである。困った人だ。


 明かりの魔法ではなく、開発段階の自己幻惑魔法:猫目キャツアイで視界を確保して、俺は夜の街並を歩いた。

 猫目は自分の視界しか確保できないが、単身での行動には便利な魔法になる——予定である。急に光源などを見てしまうと眩しくて数瞬視覚が機能しなくなるのが、現在の問題点だ。

 逆に最大の利点は、星明かりが有れば光源要らずで昼間と大差ない程に視界が利く事。

 光源不要というのが特に大きく、モンスターを無用に刺激せずに済むのは単独行動が多くなりがちな斥候に取って中々にあり難い。

 そして、そんな利点は、必ずしもモンスター相手だけに働くとは限らない。

 地味な所では、夜中の軽作業でいちいち灯りを必要としないのは助かるし、眠っている誰かを起こしてしまうリスクも最小限で済む。星明かりを木々に閉ざされた夜の森の中でも仲間達の寝顔を見れる、というのも個人的には嬉しい点だ。

 そしてそれは例えば、夜闇に乗じた犯罪者を相手にする場合にも、こちらの存在を気取られるより遥かに早く、より遠くから一方的に視界を確保できるという事でもあった。


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2018/09/30 誤字修正、ルビ追加

2018/10/30 誤字・誤記修正

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