3−8 花と喧嘩

 件の大型級の存在以外は、異常なし。

 それが、長期探索を終えた俺達による、ギルドへの報告だった。

 残り5日の行程は、当初の予定通り森の探索を行ない、特に異常がない事を確認した。

 戦闘を出来るだけ避けて広域探索と採取活動に注力したおかげで、お土産の量は上々。

 俺自身の収穫としては、弓の扱いに多少慣れた事と幻惑魔法の応用を他にいくつか習得した事か。脳内マッピングやひと目で大きさや距離を測れる魔法は、地味ながら便利だ。

「冒険者辞めたら魔導師になれば良いんじゃない?」

 とリリーは言ってくれるが、魔法研究者であるところの魔導士になろうと思うと各種資格の取得や後援者の確保など面倒事が山積みだ。一応の選択肢、程度に留めておくのが無難だろうか。


 町に戻ると、冒険者ギルドは以前の賑わいを取り戻していた。

 察するに、真新しい情報も手に入らなくなって南の探索が美味しい仕事では無くなったのだろう。もとより戦闘するには人が密集し過ぎて同士討ちのリスクが高く、採取にしても競争率が高過ぎて話にならない。もしかしたら、ギルドの方から禁止令が出ていた可能性もある。

 いずれにせよ、彼等はそう遠く無いうちに次の仕事を求めて行動を開始するに違いない。そうなれば北の大型級に対処しようと連合レイドパーティを組む者も現れるだろうし、原因調査の為に森ダンジョンへ挑む者も出る筈だ。

 そう予測が立てば、採取物を卸すタイミングを少し見測ろうという話にもなる訳で、一旦それらはリーダーの預かりとなった。

 情報空白地の調査および大型級の痕跡発見の報、少しばかり狩ったモンスターの売却額を山分けしだところ、日当は1人で森を探索している時と同程度。合計約30kエル。メイン収入である所の採取物売却がまだなので、上々と言えるだろう。


 報告を終えたその足で俺達はギルド内酒場に移動して、探索の成功を祝う。

 10日全てでは無いにしても森の中を歩き回った疲労は相当な物の筈だが、リリーやスィーゼを含めた全員が参加した。

 リーダーの音頭で乾杯を交わして、互いを労う。

 引っ込み思案っぽいルーウィなどは気後れするのかと思いきや、早速料理に手を伸ばして頬を膨らませていた。楽しんでいるようで何よりだ。

 女性7人の中に俺1人という構図は、端から見れば目を引く事だろう。俺自身、何度と無くそれを意識して来たし、様々な、あまり心地よく無い視線に晒されて来た。しかし今このとき、お祝い気分で気が緩んでいたのは否めない。

 周囲は皆冒険者ばかりで、互いの名前を知っている者だって少なく無い。何より面倒毎を起こせば制裁措置ペナルティ待った無しの冒険者ギルド内だ。まさか自分からトラブルを引き起こす様な真似をするとは思えなかった。

 ……やや呂律の怪しくなった声を掛けられるまでは。

「おう、ねぇちゃん達。そぉんなショボ暮れた坊主の相手してねぇで、こっち来て酌してくれや!」

 声のした方から、多数の笑い声が起こる。

「揃い揃って顔は良いのによぉ。ひょろひょろじゃねぇの! 碌に食わせてもらえてねぇんだろう! 捕まえた女肥やしてやるのは男の甲斐性だってのになぁ」

 俺の好みが変わっていると言われる最大の理由は、やはりこの感性の違いなのだろう。場違いにも、俺はそんな事に思考を取られてしまった。

 腹回りのふくよかな女性を、母性的であるとか包容力に溢れているとして性的魅力を感じるのが一般的らしい。石器時代の土偶価値観と同じ様なものかと初めて聞いた時は思ったのだが、時代や文化が違えば美男美女の像が変わるのも当然なので納得は早かった。

 蘇生の奇跡を持ってしても『生まれる前の死』に抗う術はなく、医療技術自体もまだまだ未熟なこの世界的には、「骨盤が開いているように見える事」「実態は兎も角見るからに栄養的・体力的な不足がない事」は大きなファクターなのかも知れない。

 いずれにせよ、そんな声をいちいち相手にしては不愉快な結果しか待っていない事を皆理解しているようで、示し合わせる事も無く全員がその声を無視した。

 しかし、酔いが回って気が大きくなっているらしい男の方はその態度がお気に召さなかったようだ。テーブルを殴りつけながら立ち上がり、途中の椅子を蹴飛ばしながら……躓きながらこちらへとやってくる。

 視線をやってみれば、知っている顔だった。以前俺をパーティから蹴り出してくれた男である。

 クエスト報酬を俺に分配せず一方的に追放した事でギルドから制裁措置を受けていた筈だ。そんなに問題ばかり起こしていると、その内資格剥奪されるのではないかと気になるのだが、大丈夫なんだろうか。

 とりあえず、目が合ってしまったので挨拶する事にした。

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