3−10 反撃

 夜闇の中、長い道路の突き当たり。アトリエ:ノノの玄関を破壊して侵入する賊の姿が、俺にははっきりと見て取れた。

 外での見張りが1人、中に入っていくのが3人。それぞれ武器を携帯していて、単なる物取りとは考え辛い。

 俺が迷わず弓を手に取ったのは、ここ数日で色々と堪っていたからだろう。10日も美女美少女に囲まれて、時に密着され、時にセクハラされ、よく耐えた方だと思う。これで何も感じないなら、そいつは男じゃないに違いない。

 そうして堪った欲求が、自分の生活圏——縄張りを脅かす者への攻撃衝動となって俺を突き動かしたのだ。多分。そんなのは武器を構えてから思いついた後付けの理由で、つるを引き絞る腕に迷いはなかった。戸惑いも、躊躇も無く。人を容易くあやめる事の出来るエネルギーを解き放つ。

 1射目は店の奥に消えようとしている男の足に。2射目で見張りの男の腕に。3射目はその足に。

 奇襲と同時に警告も無く、文字通りの矢継ぎ早で俺は彼等の反撃の機会を奪う。

 罠に掛かった獲物を仕留める時のように安全確実に。その感覚は、戦闘ではなくただ有り触れた作業だった。

 あるいは、この世界の命の軽さに、そろそろ慣れて来たのかも知れない。

 命を奪われる事よりも、心身の自由を奪われる事の方が遥かに悪辣あくらつである事は、知識としては理解しているのだが、感覚的にどれほど理解できているのかというと、正直な所、まだ咄嗟の判断は間違う自信がある。


 弓の射程にしては近すぎる——つたない俺の腕でも殆ど必中の、しかし近接武器での反撃には遠すぎる間合い。

 遮蔽物が無く、接近はおろか逃げるにしても長時間隙を晒さざるを得ない地形。

 魔法や道具がなければ星明かりに頼るしかない、見通しの悪い闇。

 さらには風向きから遭遇のタイミングまで。

 あらゆる状況が、俺に味方していた。

 幸運の女神に、心の中で感謝の意を捧げる。

 

 突然の襲撃に浮き足立つ賊達に、5、6、7と矢を射かける。最優先は足。逃がさないし、殺さない。

 残り8本。痛みを訴える声と、悪態をつく賊達の声。弦の音が夜の町によく響く。

 威嚇のため、矢を番えず弦を鳴らす。その回数が10を超えた所で逃げようとした賊が入口に姿を現したので、その両足を縫い射した。

 抵抗力を残しているのは2人。内1人は既に足を射抜いている。

「投降しろ!」

 今更ではあるが、一応、俺は声を張り上げた。

 近隣住民の通報を受けてか、路地を封鎖して距離を詰めて来ている衛士相手に「儀はこちらにある」と主張する意図が強い。彼等が諸手を上げて降参した所で、俺は容赦するつもりなど欠片もなかったのだから。

 所で、幸運の女神様に問いたい。

 圧倒的優位な状況で立ち会えたのは確かに幸運かも知れないが、先程からトラブルに巻き込まれてばかりなのはむしろ不運なんじゃないかと。


◇◆◇


 流石に街中で武器を振り回したと有れば逮捕もやむなしか。そう思っていたのだが、詰め所まで任意同行を実質強制された俺は、むしろ褒められた。

「民の代わりに剣をとるのが、冒険者の仕事だからな」

 とかなんとか。では何故以前誘拐組織のアジトに潜入した際は厳重注意されたのか、首を傾げても答えが得られない。

 ところで、今回の賊は以前の誘拐組織の関係者である可能性が有るとか、俺の事情聴取をする衛士は教えてくれた。

 応酬した証拠品や追加調査の結果から、関係者の炙り出しを行なっているらしい。犯罪者確定なら拷問肯定のこの世界、囮調査や潜入調査に躊躇いはないようだ。

 衛士の出動が早かったのは、俺に対する復讐が計画されている可能性を考えて警戒を高めていたからだとか。

 つまり、俺やアトリエ:ノノは完全に囮扱いとうい事になる。

「衛士の仕事は庶民の安全を守る事ではなかったのか?」

 そんな文句を口にしてしまうのは、ただの八つ当たりだ。俺の所為でノノが襲われたのだという自己嫌悪は、そんな誤摩化しでは消えてくれない。

「綺麗事で片がつくなら、それが1番なのですがね」

 言われ慣れているのか、疲れた様な笑みで肩を竦める担当衛士。

 俺はそれを受けて、溜め息を吐き捨てた。

「黒幕は判ってるんですか?」

「候補は挙がってるんだけどね。貴族を相手に切り込むには、余程はっきりとした証拠がないと動けないんだ」

「貴族?」

「街中で組織立って活動するとなれば……ね。権力の傘も無しに誤摩化される程、庶民の目は節穴ではないよ」

「逆説、権力の傘に誤摩化されてしまえば衛士は民の盾になる事も出来ないと」

「嘆かわしい事だがね」

「俺はそいつらのターゲットにされている訳ですが、怯えて暮らすしかないと?」

「君は協力者であり当事者だけど、民間に調査資料を開示したとなれば逆に付け入る隙を与える事になりかねないからね」

 衛士は苦い顔をしてそう言うが、「この町に影響力の有る貴族」という情報だけでもかなり黒幕は絞り込める。

 ——いや、それ以前に。そもそも、人を攫った後、殺すという選択を取れない誘拐犯達は被害者をどう扱っているのか。

「誘拐組織はまだ壊滅していないんだな?」

「ええ、残念ながら。根は深い様です」

「では,誘拐が起きた日時を判る範囲で教えて貰いたい」

「……また1人でアジトに乗り込む様な事はしないで下さいよ?」

 俺に釘を刺しながらも、少し調べれば判る事だからと彼は情報を呆気なく開示してくれた。それによれば案の定、誘拐は集中的に行なわれている。

 攫い、例の酒場の様な場所に監禁して反抗心や抵抗力を奪い、そして恐らくは別の町へ運び出しているのだろう。万が一知人に見咎められる様なリスクの有る町中には、いつまでも置いておかないだろうから。



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2018/09/30 誤字修正

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