3−5 弓と魔法

 弓。射撃武器というのは、初速と発射角と風が物を言う。

 初速は弦の引き絞り具合で。発射角は構え方で。何れも、自分の意志でコントロールが可能だ。風については、風上風下というのは斥候に取って極めて重要な情報であるから、時期別・時間別に概ね把握している。

 要するに、弦を意図しただけ意図した角度で引く事が出来るようになれば、その射線はかなり自由が利く事になる。ある程度慣れてしまえば、地面や障害物を利用した変則的射撃も出来るのだろう。威力が激減する事は兎も角として。

 では、その初速と角度をどうやってコントロールできるようにするのか。身体で覚えるというのは正しく修行そのもので、習熟にかかる時間は果てし無い。得たばかりの小物作りの才能を活かして簡易スコープの様な物を作るという手も無くは無いが、射撃姿勢が大きく制限されるし、やはり修行の難度はそれほど変わらないだろう。


 そんなわけで、俺が今出来る事として思いついたのは、自己催眠型の幻惑魔法だった。

 本能に沿った幻惑魔法ではないが、同時に反する事もない。なにより、掛けるのは自分自身だ。使用時間も弓を引いている間だけで、且つ認識操作であって事象改編まではしないのだから難度・疲労度共に大した事はないだろうという考えである。

 弓の引き方でその射線と威力を線と色によって視覚的に認識する魔法。長いので、「射線視認魔法:レイズサイト」としておこうか。

 弓の引き具合と魔法効果をすりあわせるのに殆ど丸1日を要したが、真っ正直に修行する事に比べれば遥かに容易い結果に違いない。


 そんな話を、夜営の準備をしながらリリーに話すと、呆れられてしまった。

「あなたねぇ……。普通、認識を操作する自己催眠なんて怖くて掛けられるように修行するだけで何年も掛かる物よ?」

 と。夜営の為と明日の活動の為の全員分の水を容易く生み出す歳若い魔法使いに言われると、あまり実感が涌かないのはなぜだろう。

「それはたぶん、減痛魔法が自分で無意識に発動させられてるだけの物だって理解してるからだろう。つまり、それを教えてくれたリリーのおかげだな」

 ついでに、害を及ぼす魔法に対しては生命は無意識のままに抵抗するという知識も。

 それでもまだ足りないなら、自己認識改変に対する恐怖を抱かない程の馬鹿か、価値観の違う世界で人格形成されてたが故のズレか。いずれにせよ、あまり自分の口から言う事ではない。

「ま、あまりこんを詰め過ぎない事ね。あなたの役回りは斥候で、戦闘員は他に幾らでもいるんだから」

 リリーのその言葉は非常に有り難い物だったが、俺は愛想笑いを返しながら慰めに対するお礼を言う事しか出来なかった。

 今回は幸運な事に彼女達と行動を共に出来ているが、これはあくまで臨時での加入だ。男女間トラブルなり何らかの不都合が生じた際、1番に切られるのは異物であり部外者である俺になるだろう。

 そもそも、次回も行動を共にするという保証は無く、現在の関係が自然解消される可能性は十分にある。

 なにより、彼女達自身それぞれ目的あって冒険者をしている訳で、一生を冒険者で終えるなどまず有り得ない。例えば目的の才能を得ただとか、例えば開業資金を確保しただとか、例えば結婚相手を見つけただとか、例えば骨を埋める土地を定めただとか。いつ失うか判らない支えを当てにし続けるのは、破滅が確定した博打ギャンブルと同じだ。

 口に出すべきではない事を思って、俺は内心で溜め息を吐く。


 そんな雑談の所為か、今夜の見張り番の相方にはリリーが名乗り出て、彼女の体力的問題から逆に俺の見張り時間がずらされる事になった。

 ちなみに、リリーの次に体力的不安が有るスィーゼは出来るだけ睡眠時間を確保できる様2番目の配置である。スィーゼ本人は元剣士であるのだから体力に不安はないと主張するのだが、周りがそれを認めなかった。「剣士の時も短期決戦型だっただろう」とか。

 とりあえず、俺に取って1番の朗報は水の魔法使い様が夜間俺と2人きりという状況にトラウマを覚えていない事だった。——いや、あの夜は何もなかったのだ。何も。

 俺が密かに自分の記憶を抹消していると、リリーは俺に並んで焚き火の前に腰を下ろした。俺発案の、木々の間に縄を張って布をたらすだけの簡易テントの確認はもう十分らしい。

 ちなみに、森林火災を懸念してせめて野晒しの焚き火ではなく石で囲う竃にしようと言う方の俺の主張は、このリリーさんの「どんな規模の火事も私に掛かれば一発よ」とのお言葉で粉砕されている。

 そんな訳で、見張り時間を使った天災水魔法使いリリーさんによる魔法勉強会だ。

「自己幻惑で1番気をつけなきゃいけない事は、例えば視覚系なら『見たい情報』と『見るべき情報』を混同してしまう事よ。現実性のない希望的観測の幻を自分に見せてしまうかも知れない。それが、意識的に幻惑魔法を掛ける際によく有るリスク。幻惑使いは「幻に飲まれる」なんて言ってるわ」

「はー。専門じゃないのによく勉強してるなぁ」

 彼女が得意なのは水の魔法のはずで、他にも四大属性魔法関連は扱っている所を見た事は有るが、幻惑魔法だとか四大属性魔法では対処できない様な魔法——例えば光を直接生み出す様な——は使っている所を見た事がない。しかし今の話を聞くに、理解は深いらしい。

「そりゃあね。少し使えるだけでも便利だし、魔法使いで冒険者って言えば探究心の塊みたいな物でしょう?」

 俺が気付いていなかっただけで、彼女も自己幻惑の魔法を活用しているという。胸を張って応える彼女に、俺は「なるほど」と納得した。

「参考までに、どんな自己幻惑を使ってるんだ?」

「1番便利に使ってるのは、自分の精神疲労を可視化する魔法ね。うっかり気絶なんてしちゃったら、お荷物どころじゃないでしょ? 他にも魔力を見分ける魔法や見た魔力からの逆干渉を防ぐ魔法、あとは確度は高く無いけど認識できている相手から視線を受けたとき肌で理解する魔法とか」

 時々思うのだが、彼女は知識や技術の流出を防ぐ必要性を意識していないのではなかろうか。俺に対して余りに開けっ広げすぎると言うか、少しはイシリアの警戒心を別けてもらって欲しい。

 冒険者に取って伏せた手札と言うのは文字通りの生命線で、野良のパーティでは必要最低限の事しか共有しないのが暗黙の了解だ。今回は俺の方から訪ねたとはいえ、彼女は情報開示を躊躇する気配すらなかった。

 おかげで俺はいつも、俺の方で一方的にどこまで深入りしていいのかと考えながら距離調整しなければならない思いをしている。理不尽だ。

 だからといって、彼女の善意或は好意を全て受け止められる程、俺の度量は大きく無いのだけれど。

 気が付けば血縁的身内にカウントされている様な、そんな事態を危惧して俺は明日の準備が有るからと話を打ち切った。


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進捗纏め


1日目:村まで移動+弓を受け取る

2日目:森へ+弓を扱いきれない

3日目:森探索+射線視認魔法:レイズサイト開発

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