3−4 できること、できないこと
村で1泊。
道中で消耗した食料を補給し、軽く情報収集もして、街道を外れて森へと挑む。
計画通りで順当な滑り出しだ。昨夜、またしてもナンシーが俺の膝枕で眠ってしまった事以外は。彼女はいつも誰かに引っ付いて眠るのが常となっているようで、他の6人は焦る様子も全く無く呆れた様子だった。
男女トラブルの主原因はもしかしたら彼女なのだろうか。元々彼女とは付き合い方を考えるべきだとは思っていたが、密かに警戒レベルを上げた俺である。
森は多少モンスターの移動の跡は見られたものの、激しい縄張り争いの痕跡は無く、落ち着いた様子だった。この様子なら、大型モンスターは縄張りを変えていないと思われる。少なくとも、他所から大型モンスターがやってきたならば、ここの主と大規模な争いになっているはずだ。それを見逃すことはない。
薬草や魔法薬素材の採取は順調だった。人工栽培の研究もされているが、自然界における繁殖力の謎は未だ究明されていないらしい。土か、水か、空気か、魔力か。ともあれ、現在の所要研究という事で費用対効果に見合う人工栽培技術の確立は不透明だ。
やがて人工栽培が可能になっても、人類が保有する土地面積を考えれば冒険者がこの仕事を失うことはないだろう。
そんな既得権益に胡坐をかいている連中の鼻を明かしてやる事ができるなら楽しそうだが、今のところその蜜を吸っている俺がどうこう言う話ではないか。
モンスターは何度か遠目に見かけ、威嚇代わりに矢を放ってみた。間違って当たってしまった事もあったが、追い払う事には成功したので良しとしておく。
問題はそんな事より案外音が大きいという点で、聴覚と敏捷性に優れたモンスターなら距離次第では完全に不意を討っても避けられる懸念が有った。まぁ、狙って当てられる腕がないので、今は大した問題ではないのだが。まずは足下の状況に左右されず真っ直ぐ打てるようにならなければ、戦力としてはカウントできないだろう。
要練習だ。
しかし、練習しようにもやはり五月蝿いので夜間の見張り番の際に、という訳にもいかない。休憩時間に幹を撃ったり、これからも威嚇代わりに繰り返し使っていく必要が有るだろう。
結局のところ、当面は俺自身に戦闘力らしい戦闘力はないということでもある。
それは分かり切っていたことで、しかし再確認すると多少の落胆のある事実だ。俺は女の子達に守って貰わないと満足に夜も越せない、という状況がまだまだ続くということである。
1人、夜闇に吐いた溜息に、応じる声があった。
「それだけ役割を果たせても悩みはあるんだな?」
イシリアだ。
俺にとって彼女は、ある意味で1番付き合いやすいパーティメンバーである。
事ある毎にセクハラを迫って来るリーダーに対してはやや苦手意識が有るし、斥候仲間のスィーゼや影薄い組仲間のメルや避けられている感の強いルーウィとはまだまだ打ち解けているとは言い難い。そして、ナンシーは異常に距離を詰めて来るため下手に近づけずにいる。本人がドジなのかなかなかの頻度で小さな失敗を起こすリリーに関しては、彼女の名誉の為になかった事になった例の一件もあって、普段の街中なら兎も角こういった隔絶された環境では顔をあわせ辛い事も有る。
そんな中で彼女イシリアは警戒しながら付き合ってくれるという、このパーティには珍しく、しかし利己的な者が多い野良パーティでは有り触れた関係性を維持してくれる。慣れている分、程よい距離感に感じられ取っ付きやすいのだ。
そんな彼女をわざわざ俺と同じタイミングの夜番にとリーダーが指名したのは、端から見て関係性の改善にテコ入れが必要だと見えたからか。それとも、彼女相手が1番気を使わずにいられるという俺の内心を見抜かれているからか。
相変わらず深夜の見張り番なので、不要な心労を避けられるのは有り難い話だ。彼女の方としても、他の面々が彼女にとっての警戒対象である俺に対して、あまり警戒を抱いていないまま夜番を任せるという事が不安材料になる恐れも有る。
これがさり気ない配慮なのだとしたら、なかなかリーダーの目配りは大したものだ。
ナンシーとイシリアがリーダーに魅かれて合流した事がこのパーティの発端だというのだから、やはりその素質あっての事なのだろう。適材適所、ということか。
「……いや、出発時に弓を渡されただろう? 確かに近接戦を身に付けるよりは現実的かも知れないが、その方面で役に立てるようになるには、どれだけの時間がいるだろうかと思ってな」
「そんな事か。真面目に取り組めば、その経験は才能に繋がる。いい加減な惰性での訓練なら、いつまでも身にはつかない。それだけの事だろう」
彼女は呆れたように、いや、ただ淡々と。俺に向けていた視線を警戒に戻して口を動かした。
「そして何より、才能を得たからと言って無条件で使いこなせる訳でもない。結局は、覚悟と努力次第だ。それともお前は、才能だけで斥候をこなしているのか?」
事前の情報収集にしろ、アイテムの準備にしろ、周囲警戒にしろ、現場での痕跡調査や他者の存在そのものの利用にしたって。それは才能が有るからできるという訳ではなく、才能がないからといってできない事ではない。
誰にでも出来る事の積み重ねだ。「俺のやっている事は所詮その積み重ねでしかない」と常日頃から俺は自覚している事だ。それは、剣術にしても魔法にしても、当然弓の扱いにしても同じ事なのだ。
才能が有るからするのではなく、出来る事をしっかりと積み重ねた結果なのだ。
改めて彼女に指摘されるまでもない事ではあるが、彼女なりの慰めか、或は励ましなのだろうと考えれば有り難い言葉だ。
なにより、いつ役立てれるようになるのか、なんて考えているうちは役立てる事が出来る筈もない、ということを改めて思い出させてくれた。考えるべきは、今の手札ではどう役に立てる事が出来るのか。将来的にはどう役立てたいのか、そのためにはどういった準備が必要なのか。考え、調べ、腕を磨く。その積み重ねを怠らない事なのだと。
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