2−13 談笑と勉強会

 つまみを口にして稼いだ時間で、俺は言葉を纏めた。

「以前恩人にな、「俺に感謝するなら、その分他の誰かを助けてやってくれ」と言われたのさ」

 脈絡のない嘘に呆気なく騙される程、彼女等は素直な質ではないようだ。むしろ、この程度で騙されるようなら彼女等には冒険者の才能がないと呆れるべきかも知れないが。

 向けられる疑いの視線に、俺は苦笑する。

「それに、何の益もないという訳ではない。彼女等は——というかその長女を俺は当初少年だと思っていたんだが、とにかく——継ぐ家がない以上、独り立ちしようとすれば才能を求めて冒険者を目指す公算が高い。そうすると、恩を売っておけば多少なり縁のある俺がパーティ交渉で有利だろう。斥候専門のソロには限界を感じていたからな」

「うわー、良い話かと思ったら凄く消極的な理由ね。そんなにパーティメンバーが欲しかったなら、私に声を掛ければ良いじゃない」

 呆れを隠そうともせず嘆息するリリーと、半目を向けてくるスィーゼ。

 その態度が演技ではないとも限らないが、ここで薮をつつく意味はないので俺は肩を竦めた。

「おいおい、斥候専門へたれのアデルさんに女性にパーティ申請するなんて高難度ミッションを要求しないでくれ」

「でも女の子3人纏めて宿に連れ込んだんでしょう?」

「だから、長女を男だと思っていたから妹達の世話は全て任せるつもりだったんだよ。日も暮れきっていたしな」

「女の子だって発覚しても追い出さなかったんでしょう?」

「夜中に女の子を外に追い出すくらいなら、俺が部屋を出るわ」

「でも、出なかった」

「斥候だからって常に冷静でいられるとは限らね—んだよ」

 この女、絶対いつか泣かす。人を一方的に揶揄って心底楽しそうに笑う女魔法使いを前に、俺は心の内でそう誓った。

 そんな俺に、先のパーティメンバーで最も幼い容姿の少女が。

「小さい娘、好き?」

 絶句する俺と、腹を抱えて机を叩くリリー。首を傾げるスィーゼ。

 混沌とした状況に、ギルド員の視線が痛い。

 何故こんな状況になったのか、俺が聞きたい気分だ。


 スィーゼの中では既に彼女は俺に弟子入りした事になっているらしいとか、スィーゼに問題がなければ次の遠出にも俺を誘おうかという話がパーティで出ているらしいとか、交わした会話は多数有るのだが、下手をすればソロ探索以上に疲れる1日だった。

 時間があるという事なので、リリーに魔法を教えて貰ったり、スィーゼと一緒に鍵開けの特訓をしてみたり、冒険者らしい活動も有るにはあったのだが。それらが全て些事に思えるくらいの疲労が、ただの雑談によるものだというのだから恐ろしい。

 前回の遠出から今日で3日。そろそろ次を考える頃間という事で、俺も翌朝ギルドに集合する様、リリーから命令を授かった。


◇◆◇


 ちなみに。

 魔法応用の才能にも魔法使用時の疲労感を低減する効果はあったようだ。

 今の所劇的な改善という程ではないが、数回の試行で疲労感を、十回も連続すれば吐き気を覚えていた以前よりは大分楽で、リリーから実技指導を受けるのには十分に役に立った。

 生活に便利そうな着火や乾燥などの魔法は既に独自に使えるようになっていたので、今回は魔法を主体とした攻防について教わる事となった。

 具体的には、何故相手に直接魔法で干渉できないのか。時間経過とともに魔法効果が失われるのは何故なのか。実際に魔法による攻撃を魔法で効率よく防ぐにはどうすれば良いのか。

 そんな具合に、理論的な話から実践的な話まで、以前説明を受けた魔法系統には影響されない原則的な部分に関する指導だ。

 才能を取得できたおかげも有るかも知れないが、彼女の説明は俺の中にスムーズに入って来る理解しやすい物であり、密かに彼女に師事できた幸運を感謝した。……彼女に感謝するのは先の事もあって釈然としなかったので。


 話の根幹は、「常在の魔法」という概念に基づく物だった。

 世界が元に戻ろうとする還元力が別途存在するという説もあるが一旦それは横に置いておくとして、「常在の魔法」とは術者自身を含むすべての知生体による「こうであるはずだ」という常識・認識が微弱でありながら断続的な魔法として機能し、世界への他の魔法による干渉を修正し続けているのだという考え方だ。

 そしてこれは、知生体本人に対する干渉には特に鋭敏かつ強力に作用し、並みの術者による干渉は魔法の基礎を収めていない者でも軽々撥ね退けてしまうという。魔法による直接干渉のみ撥ね退けるのは、物理的な連続性がないからだ。つまり、「あり得ない」という強固かつ無自覚の認識が原因で、逆に言えば、間接的な――例えば同じ魔法による怪我でも炎の矢ファイヤアローによる火傷や裂傷については無意識のうちに「納得」してしまうので無効化できない、という理屈らしい。

 あくまで、数ある説の中で今最も有力とされている説、という話ではあるが。

 逆説、相手の自己認識魔法を突破できるだけの干渉力があるのならば、直接魔法を掛けることは原理的に可能であるはず――そういった非人道的人体実験も、重犯罪者などの刑期短縮を引き換えに人体実験が行われているらしい。

 そもそも、人権は剥奪されうるものであるのがこの社会であるからして、彼女はこの説明をする際に特に違和感や忌避感を覚える様子はなかったが。

 そんな説明を受けながら、俺は『戦闘による痛みを軽減する幻惑魔法』もとい『戦闘をキーに自分自身に痛みを軽減する幻惑魔法を掛けさせる催眠魔法』の仕組みもそこにヒントがあるのかと考えた。つまり、痛みを拒絶するのは生命であれば当然の反応で、そこに抵抗は薄いのだろうという考えだ。無意識の――本能に近い拒絶が直接干渉の障害であるというのなら、本能や無意識に寄り添う形の魔法はいかにも効果的に思える。

「――ということは、本能的に無意識レベルで受け入れるような魔法は、直接干渉の中では掛けやすい部類ということか?」

「理論上は、ね。例えば、理論的には回復魔法は攻撃魔法より掛けやすいとされているけれど、実際「炎で攻撃する」魔法と「生命力を増幅する」魔法を比較すれば直接燃やす方が簡単、という実験結果が出ているのよ。これは、掛けやすさの問題ではなく発動難度の問題だと言われてるけどね」

 素人の質問というのは、専門に勉強している者にとって常識レベルの事である事も珍しく無く、専門に勉強しているものからすれば、逆に案外対応の難しいものだ。そんな俺の疑問に淀みなく答えるリリーは、よく勉強しているのだろうことが伺える。

 俺は口には出さないながらも、しきりに感心するばかりだった。


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2018/09/21 誤字・編集ミスによるルビ化の失敗を修正

2018/09/21 文の接続がおかしくなっていたので加筆修正(ストーリーに変化なし)

2018/09/30 無意味な重言表現の修正 魔法説明の文意が伝わり難かったので修正(ストーリーに変化なし)

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