2−12 人脈

 スィーゼは軽戦士から斥候に転向した、俺と違って戦える斥候だそうだ。

 察するに、専門ではないという点に負い目を感じているのかも知れない。

 ぽつぽつと、資料を読みながら独白のように彼女は自分のことを教えてくれた。


 パーティに入った頃は軽戦士だった事。

 中々長期パーティを組める斥候が見つからなかった事。

 斥候の才能を得られることが分かり、転向を決意した事。

 軽戦士としても斥候としても中途半端。斥候装備故に前線に立つのも難しく、しかし斥候として動けば軽戦士の経験はほとんど活かせない。

 堂々巡りの自己否定で不安定になっていたところに、専門斥候の俺が来た事。

 彼女にとっては戦力外通告にさえ聞こえたそうだ。

 唯一の男という事で、これまでも度々あったように不祥事を起こすかと思えばそんなこともなく。経験は浅いと聞いていたが事前情報通り皆が頼りにするほど優秀で。

 それは単に才能の有無だけではなく、知識量の差だった。

 事前準備の差だった。

 覚悟の差だった。

 僅か1週間で、そう思い知らされた。


 そんな彼女の独白は、返答を求めての話ではなかっただろう。

 しかし、その話の後の沈黙は何かを求められているようだった。

「いざというとき戦えるというのは明らかな利点だと思うが……」

 俺の感想なんて求めてはいないのだろう。ファイルから顔を上げず、しかし視線だけで抗議の意をくれた。

 ……小柄で童顔なので迫力が足りなさ過ぎるというか、むしろちょっと可愛い。

「俺の場合は、冒険者登録する時点で戦う才能が皆無だと言われてな。それでも足搔いた結果がこれだ。戦えず、それでも生き残るには息を殺して、情報を集めて、アイテムを惜しまず、逃げ回った挙句の他人任せだ」

 情報もアイテム運用も、スィーゼはこれから覚えればいいだけの話。伸びしろは彼女の方が上だろう。

 考えると気が滅入るが、彼女の告白に釣り合う話と言えば自ずと話題は限られる。

「仲間がいないと中々悲惨だぞ? 命懸けで逃げなきゃならん。予め罠を張ってるなら兎も角、不運な遭遇戦ではまず勝てないからな」

 弓でも持とうかと思った事もあるのだが、ただでさえ出費が激しい俺のスタイルでは矢の消耗まで手が回らないと言う結論に至った。今日からはアイテム作成の才能も得られた事だし、ある程度自作しても良いかも知れないが。

 ひと通り俺の事情を話し終わった所で、彼女はファイルを閉じた。

「終わったか」

「うん。……南は今、罠を張るには絶好の機会。でも、ライバルが多過ぎて非現実的。同士討ちも危険。他方面の調査報告が少ないから、情報需要はある」

 それだけ読み取れていれば十分だろうと思うのだが。

「安全に探索したいなら、どこへ行く?」

「……南?」

「俺なら北だな。南は同業者しかり、狩場の荒れ具合しかり、読めない状況が多過ぎる。俺が盗賊なら、確実に南を襲うね」

 この判断の差異は後手に回るのを嫌う専門斥候の俺と、対応できると踏む元軽戦士の彼女の違いだろう。

 俺の発言に、彼女は思案顔で視線を下げた。

 俺なりの解釈も添えたから、彼女の要望には沿えたと思う。

 そろそろ彼女に断って退室しようかと思った所で、再び資料室の扉が外から開かれた。

 閑散としている様子だったのに、随分と資料室の利用者が多いものだ。と思ったのも束の間、そんな思考は掛けられた声に吹き飛ばされた。

「迎えに来たよー」

 明るく無邪気で無遠慮な、俺がスィーゼ達とパーティを組む事になった原因である女魔法使いである。

 前回の遠出では彼女も臨時のパーティメンバーだったらしいが、こうしてスィーゼを迎えに来る辺り、親睦を深めているようだ。

 振り返れば自然、目が合った。

「およ? 誘拐組織ブレイカーアデルさんじゃないですか」

 何か良い事でもあったのか、ハイテンション且つ随分と馴れ馴れしい態度だった。

「誰が誘拐組織ブレイカーか」

「えー? このタイミングで街中の事件に関与する、ソロ冒険者で斥候系技能持ちってアデルくらいでしょ?」

 彼女の人脈はいったいどうなっているのだろう。

 匂い玉冒険者なんて呼ばれるのは御免であるし、自慢する程の功績でもなかった。そのため、秘密にする事ではなくとも自分から言い触らすつもりも毛頭ないというのに、彼女は躊躇い無く俺だと見抜いて断言した。

「なんで俺がろくすっぽ利益にもならん誘拐組織駆除に関与せにゃならんのだ。しかも、ソロで組織に挑むなんて馬鹿みたいじゃないか」

 俺は否定を試みるが、彼女は勝利を確信した様な、抑えて抑えきれず漏れた様な笑みを浮かべていた。嫌な予感がする。

 中途半端なその表情は普通なら間抜けな顔になりそうなものだが、目鼻立ちが整っているおかげか怪しい美しさがある。……個人的には泣かせてやりたいような表情だが、こんな所で言葉攻めにする訳にもいかない。

「利益しか見ない人は、路頭に迷ってる3姉妹を助けたりしないでしょ。ノノに聞いたよ? 同居人が増えたって」

 彼女も冒険者だ。魔法薬店に頻繁に出入りしていても何の不思議もない。しかし、数ある魔法薬店の中からこのタイミングでノノの店を選ぶとは。

 いや、もしかしたら以前から知り合いで頻繁に利用していたのかも知れない。「魔法薬師さん」ではなく「ノノ」と個人名を呼び捨てだ。幾らリリーでも、気まぐれで入店した店の店主をいきなり呼び捨てにするとは、考えにくい気がしなくも無い。多分。きっと。


 事情聴取という名目で、3人連れ立ってギルドの酒場エリアに移動した。

 いつも美味い仕事はないかと言いながら吞み潰れている連中もいないので、広々としている。

 ギルド職員以外の耳目も気にする必要がない程だ。

 これだけ静かだと、逆に聞き耳を立てられそうで怖いが。

 まぁ、さして重要な話をする訳でもない。

 適当に飲み物と摘める程度の料理を注文して、それらが出揃ったところでリリーが雑談を切り上げて本題に踏み出した。

「で、どうなのよ。自称リアリストのアデルさんは、どうして縁もゆかりもない女の子達を保護したのかしら?」

 中途半端な釈明をして変な誤解を受けるのも面倒だ。が、どう説明したものか。



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2018/09/18 冒頭、主語が判り難くなっていたので若干整理。内容にはほぼ変化なし。

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