3変化

3−1 備え

 翌朝。

 冒険者ギルドは騒然としていた。

 その中心では、おそろいの粗悪な質の布に身を包んだ一団が、ギルド職員達を相手に白熱した様子で報告をしている。

 いかに強大な敵であったか、いかに自分たちが必死に抵抗したか、どれだけの異常事態であったか、過剰なまでに感情と力を込めた報告である。しかし、その粗悪な質の布は、死に戻った際教会で施される服代わりの布だということは有名で、つまり彼らは素っ裸の上に布を巻いただけの格好でギルド職員を取り囲んでいるのだ。

 端から見るに、なかなか間抜けな絵面であった。本人達は冒険者としての評価に響くので必死なのだろうが、女性職員を捕まえてほとんど全裸の男共が興奮している様は見苦しいと言わざるを得ない。一旦宿成拠点なりに戻って替えの服を着て来れば良いものを。

 ギルド職員の方も慣れた様子なのが、なんとも呆れを誘ってくれる。

 俺はそんな一団から距離を取って、リリー達を待つべく酒場エリアのテーブルに着いた。

 待っている間に話に耳を傾けてみれば、曲刀のような牙と角を持つ虎系大型モンスターと毒針の尾を持つ獅子系大型モンスターに同時遭遇したとか。三曲刀虎トリノ・サーベルタイガー毒刺之獅子マンティコアだろう。

 同時遭遇は確かに災難と言えば間違いなく災難だが、どちらも縄張り意識の高い大型モンスターだ。一時撤退し、上手く2頭に争わせれば、そして初めから全滅前提の装備をしていなければ、漁夫の利で討伐の目もあっただろうに。

 そんな冷めたことを考えていると、待ち人がギルドに姿を現した。

 7人共私服姿で、もしこれが冒険者ギルドでなくても、目を引く一団だったに違いない。いや、某女魔法薬師によれば俺の美的感覚はこの世界の一般からずれているらしいので、もしかしたら注目したのは俺だけかも知れないが。

 スィーゼは昨日に引き続きワンピース姿、リリーは少し凝った風のドレス、リーダーをはじめとする前衛組は動きやすそうな形状のミニスカート姿だ。女性冒険者の肌の露出が多い理由はいくつかあるが、普段着までそうである必要は果たしてあるのだろうか。

 一瞬そんなことを考えてしまったので、声を掛けるのは向こうが先だった。

「あ、いたいた。やっほー!」

 精々10メートルそこそこの距離で、そんな大声を出して貰う必要はないのだが。

 俺は、とりあえず手を上げることでその声に応じる。幸い、ギルドへ報告している連中はそちらに忙しいようでこちらには注目していない様子だ。


「まずは、急な呼び出しに応じてくれた事、感謝する」

 リーダーの、珍しくリーダーらしい発言から打ち合わせは始まった。

 場所は少し移って、冒険者ギルド内の会議室だ。密談には向いているが食事は基本禁止なので会談には向いていない、冒険者ランク3以上から利用可能なサービスである。名義はリーダーだ。

「いえ。ちょうどそろそろ次の冒険を考えていたところですから」

 硬い対応をされると、こちらとしても砕けた態度は憚られる。

 それは意図した効果ではなかったのか、リーダーは一瞬眉をしかめた。

「あぁ、楽にしてくれ。ここには周囲の煩わしい視線もないしな」

「別に周囲の視線を意識しての事では……。いや、改めて世話になる」

 たった4日前の事なのに、どんな砕け方をしていたのかうまく思い出せないのがもどかしい。

「世話になるのはむしろ私たちの方な気もするが、さて」

 そこで一旦言葉を切って、彼女は一同を見回す。

「……君の実力は、今更疑うまでもない。君の方も、私たちの力量はある程度把握してくれていることだろう。その上で聞こう。この8人でなら、今の情勢下どこに行くのが適切だと君は考える?」

 反発の意見も、身を固くする気配もない。おそらくは、事前にこの質問をすると皆に通達してあったのだろう。先程の視線には、最終確認の意味もあったのかも知れない。

 俺は彼女達の視線を意識しつつ、少し考えた。

「……やはり、不確定要素の少ない北がベストかと」

「なるほど。その心は?」

「8人と言っても斥候2人と火力担当後衛1人で、前衛は5人。内盾役担当が3人です。ややアンバランスな中規模パーティというのが俺の認識だ。斥候と魔法使いは特に脆いから、バックアタックの懸念される混乱の渦中には飛び込みたくない。加えてその混沌としたフィールドでの拠点防衛も考えれば、バランスだけではなく人数が足りないとも言えるだろう」

「根本的に人数が足りない、と。……それでもその混沌に挑むならどうする?」

「拠点維持・防衛パーティを別に雇うか、諦めて拠点を持たないか。結局無用なリスクや出費を背負うことになるかと」

「いずれにせよ、今は時期ではないと。では、しばらく時間が経過してパーティを雇える程度に他の冒険者たちが落ち着き、それでもなお森の中でモンスターの縄張り争いが続いていた場合は、その案で行こう」

「理解頂けて助かりますよ。……無いことを願いますが」

 そんなに長期間森が荒れているというのは、余り想像したくない。一部魔法薬の生産や物流にも悪影響が出ていそうだ。

 それよりも、ライバルが南に集中している今こそ、他方面での稼ぎ時だと俺は思う。

 南については既に第一報および第一陣という形で利益を上げられたわけだし、これ以上薄利に固執することもない。

「そうだな。しかし、君の口癖のように、状況は思う方には転んでくれないものだ。これくらいの対応は想定しておくべきだろう」

 口癖と言われるほどに彼女の前で口にしたセリフがあっただろうか。

 少し記憶を漁ってみると、「何事も不測の事態は付き物だ」と言うような事を口にしていたように思い当る。そう自分に言い聞かせていただけなのだが、付き合いの薄い人からは口癖だと思われる程の頻度だっただろうか。

「……まぁ、備えるに超したことはないな」

 その考え方に否はない。碌な準備もできないまま緊急招集スクランブルを掛けられても困る。

 肩を竦めて同意の言葉を口にした俺に、リーダーは満足気な様子だ。

「そこでだ。私達は西から出て北を経由し、東へ。途中の村のギルド支部で採取物を預け、物資を補給する形で広域移動探索を行おうと思う。南の状況がもう少し安定していれば、10日程ダンジョンに潜ることも考えていたのだがな」

 昨日のスィーゼとのやり取りは共有済みなのか、彼女の提示した計画は俺の意見を予め知っていたと言うような内容だった。現状は多くの冒険者が死に戻り前提の探索を行っているため魔法薬などの高騰は起きていないが、状況次第ではありえない話でもない。

 何より、南で異常事態が発生したとき他の方面の状況がほとんど掴めていないというのは町として脅威だ。避難することもできやしない。

 目先の利益ではなく一歩先の安全のために。と、俺の性格に合わせたような立案に、思わず唇が歪んだ。


///////////////////////////

2018/10/03 誤字脱字修正

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る