2−9 成長
「工房の下働きと言えば住み込みが基本だよ」
ということで、3姉妹はノノの店のプライベートエリアに同居する事になった。
「もちろん保護者のアデルもね」
何がもちろんなのかは不明だが。3姉妹で一部屋、俺にも一部屋与えてくれるという彼女の計らいを
「あ、でも。宿と違って女の子を連れ込む時は一言断ってね?」
そんな追加の一言には、余計なお世話だと言いたい。
結局引っ越しに1日を費やしてしまったが、3姉妹を食わせるのは基本的に俺の役目なのであまり本業を疎かにはできない。
とにかく情報を漁ろうと、俺は冒険者ギルドへ足を運んだ。
いつもと比べるとずいぶんと人気のないギルドは、ガランとした印象を受ける。
「あぁ、アデルさん」
掛けられた声に視線をやると、俺の冒険者登録を担当してくれた受付嬢だ。
声を聞くのも久しぶりだと思ったが、1週間冒険に出ていたのだから当然か。報告の際も顔をあわせなかったし。
「ご無沙汰してます」
頭を下げ、カウンターへ歩み寄る。わざわざ話しかけてきたという事は、用事があるのだろう。
「お久しぶりです。
「ありがとうございます。戦ったのは俺ではないですけどね」
丁寧に祝辞を述べる彼女に、俺は微苦笑して応える。
「アデルさんは主に斥候としての立回りですから、あまり直接戦う事はないでしょう。パーティの方や同僚からも、大活躍だったと聞きましたよ?」
「身に余る過分な評価に困惑するばかりですね」
「ギルドは貴方の活躍を高く評価していますよ? 今回の活躍を持って、ランクも2に上がる事になりました。更新作業がありますので、ギルド証を提出して下さい」
そういわれると仕方がないので、ポーチから手の平大のブローチを出す。邪魔になりやすいので、俺と同様身に着けない冒険者は少なく無いし、受付嬢も違和感無く受け入れている様子だ。
「はい、確かに」
彼女の目配せで他のギルド職員がよって来て、俺から受け取ったブローチを奥へ運んでいった。
「更新処理の間に、簡単なご説明を。まず、ランク2からはギルドより融資を受ける事ができるようになる事は、以前ご説明した通りです。融資額は一定では無く要相談となりますので、予めご留意下さい」
それは以前にも聞いた説明で、装備の更新であったり遠征の準備金であったり、場合によっては冒険者が定住に移る際などにも利用される制度だ。十分に実力のある冒険者は事業に失敗した所でその腕っ節で損失額を取り返す事ができるので、融資の認可が下りやすいらしい。
「また、冒険に縁深い所ですと、宿のキープ期間が15日となります。貸し倉庫の貯蔵量も倍に増えますし、消耗品相互融通システムもランク2区分のアイテムが利用できるようになりますので、ご活用下さい」
消耗品相互融通システムというのは薬品など使用期限のある物の予備を預けておく事で、必要とした人が必要とした時使える様融通し合うシステムだ。「資金的に余裕があったので買い置きをしたが、使わないまま長期間が経過して品質が劣化してしまう」といった無駄を低減できる利点があり、ある程度の在庫はギルドの方が確保してくれるため、滅多に在庫切れもないらしい。加えて、融通システムに預けた支部以外からでも引き出して使えるのも嬉しい所だ……と聞くが、俺はまだ利用した事がない。
「……まだ更新処理に時間は掛かりますが、レベルアップの確認はされましたか?」
冒険者にとって、レベルアップは何より重要な要素の1つだろう。あらゆる実績よりも確実に、当人の力となってくれる。冒険者が冒険をする、最たる理由だ。
とはいえ、レベルの向上とは存在の昇華と同義。そう簡単に発生することではない。褒められたことではないが、余り戦闘をこなさないスタイルである俺はまめな確認を怠っていた。
「いや、あまり期待しないようにしているんですが」
正直に内心を吐露するならば、諦めている。
少なくとも、今はまだ。
「では、いましばらく時間がかかりますので、教会へ行きましょう」
俺の内心とは対照的に、満面の笑みで受付嬢は提案してくれた。
ギルド証を預けている以上、余り行動選択の自由はない。つまり暇なので、その提案に乗るのは問題ないのだが彼女のテンションの源は謎だ。
◇◆◇
レベルアップの儀式とはつまり、経験を形にする儀式だ。その際には、どのような形にするのかという選択を迫られる。
というか正しくはレベルアップの儀式ではなく、才能昇華の儀式というのが正確で、才能に昇華した結果レベルという評価が上がるのだ。故に、レベルアップの確認とは、経験を才能に昇華できるか、昇華した結果評価が上がるかの確認である。
教会の一室、ギルド受付嬢共々通された儀式の間は、以前冒険者登録の際訪れた時と同様に静謐な空気に満ちていた。いや、俗世から隔絶されたかのような静寂は、むしろ落ち着きを奪う程の異様か。
少なくとも、この部屋で落ち着いて読書をできる気はしない。
正確な時計というものがないこの世界において『待たされる』というのは日常茶飯事ではあるのだが、その長さに互いの格の違いを反映させるのが貴族や富裕層での常識らしい。冒険者と教会の間にこの法則が成立するかといえば順当に考えれば否なのだろう。しかし、教会側としては冒険者に対して下手に出ることはできないであろうし、儀式をできるような人間は限られるはずだ。故に、例え余裕があったとしても意図的に待ち時間を作っている可能性はないとは言い切れない。
……そんな妄想ができるくらいに待たされてからやってきた神官の手で、俺の儀式は執り行われた。
「お待たせしました」
入室後、悪びれる様子無く謝罪を一言述べた彼は、「時間がありませんので早速」と早々に儀式に取り掛かる。儀式担当の神官が淡々としているのも以前と同様で、普段見かける柔和な笑みを絶やさない僧侶たちとはずいぶんと印象が異なる。
この儀式、俺がすることは特になく、祈だか呪いだかを神官が口にするのをただ立って聞いているだけだ。
呪文のような祈りの言葉が終わると、一息ついた様子の神官は俺に取得可能な才能の選択肢を提示してくれる。
・暗殺の才能※ ・徒手格闘の才能※
・奇襲の才能 ・魔法応用の才能 ・逃走の才能
・魔法薬作成の才能※
・調薬の才能 ・調合の才能 ・アイテム作成の才能
・脅迫の才能 ・交渉の才能
・罠設置の才能 ・鍵開けの才能
※付の才能を選択した場合は他に1つまで、その他だけの組み合わせなら3つまで、※同士ならぎりぎり可能とのこと。
鍵開けや脅迫が才能として取得可能な程の経験として自分の中に蓄積されていた事は驚きだったが、神官の口から暗殺だとか脅迫なんて言葉が飛んで来た驚きに比べればどうということはない。思わず何を言われたのか耳を疑ったほどである。
魔法の才能がないのに魔法応用の才能を取得できるというのも、なかなか面白い。
//////////////////////////////
2018/09/30 誤字修正
2018/10/22 バランス調整に伴い行なった変更が表記に反映されていなかったの指摘頂き、修正。ストーリーに変更はありません
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます