2−8 深緑の首飾り
少年かと思ったら少女だった。
発育については栄養面もあるので言及しないにしても、顔立ちも声も口調も少年的なのでてっきり男の子だと思っていたのだが。
「な、なんだよ。脱げって言ったのは兄さんだろ?」
素肌を晒し、不快気に、不満気に睨み上げて来る彼女を見ながら、俺は認識を改めた。
3兄妹ではなく、3姉妹だったらしい。
3人を宿に連れ帰り、まずは服と身体を洗う所からだと脱衣を命じたのだが、やや渋って見せた後、彼もとい彼女は気前の良い脱ぎっぷりでその肌を晒してみせた。中途半端に抵抗の様子を見せるくらいなら性別を主張してくれれば良いものをと思うのだが、まさか俺が彼女を少年と認識しているとは理解していなかったのかも知れない。
今更になって俺が動揺を見せても薮蛇なので、冷静を装う事にする。
「あぁ、いや。脱ぎ散らかすな。身体を拭いたら残り湯でしっかり服も洗うんだ。あと、妹達も手伝ってやれ」
指示がやや早口になっているのは気の所為だという事にしておく。
丈が合わないので俺の服だと彼女達にはワンピースの様になってしまうが、ズボンを履くのは尚難しいだろうから丁度いいかも知れない。腰紐に都合のいい物がなかったので、これは要購入だ。服も買ってやりたい所ではあるが、中古でも良い値段する事を知っているので、安請け合いはできない。
お湯が珍しいのか戯れる妹2人とそれに振り回される長女から視線を逸らし、俺は日課をこなす事にする。
冒険に出てはいないが、匂い玉3つと爆竹玉を消耗しているし、短い距離ではあるが走り回ったので割れているポーションがないとも限らない。……という現実逃避だ。
部屋に置いてあった予備から補給し、時間が余ったので匂い玉の作成もやってしまう事にした。
◇◆◇
事このような事態において、頼れる人物は限られる。
翌日昼一に俺が3人を連れて足を運んだのは、昨日もやって来た魔法薬店、アトリエ:ノノ。
「やぁ、随分と活躍したようだね?」
店に入るなりかけられた声は、彼女がご機嫌斜めであると語っていた。
昨日は帰り道にほっぽり出した形になるし、機嫌を損ねているだろうという予想はあったのだが、彼女以外の当てとなるとそういない。
「あぁ,その件についてはすまなかった。詫び代わりというのも何だが、これを受け取って貰えるか?」
仕方がないのでどうやって機嫌を直して貰おうかと、朝から3姉妹の生活雑貨を買い揃えながら悩んだ。様々な露天を覗き、アクセサリーや花や果物なんかにも目を通した。その結果、露天ではなく宝石店に趣いて買い求めたのが深緑の宝石をあしらったペンダントトップだ。彼女が昨日着ていた薄緑のドレスに栄えるかと思って選んだ逸品である。
その値段は20kエル。手形を初めて使った買い物で、地味に緊張したものだ。数日中に冒険者ギルドの預金から引き落とされる事だろう。
俺から受け取った小包を、訝し気な表情で紐解くノノ。これで気に入らないなんて言われると、表に出せないが中々の痛手になるのは間違いない。俺にとっては緊張の一時だ。
やや苦労して多重梱包を解き終えた彼女は、その小物と俺の顔を驚きの表情で交互に見ると、やがて溜め息を吐いた。
「……受け取っておくよ。君は本当に、常識という物を知らないね」
嬉しそうで不満気、という何とも微妙な感情表現を器用に熟してみせた彼女は、丁寧に再梱包してカウンターの下にそれを仕舞う。俺が常識知らずなのは今に始まった事ではないので、その辺りを理解したうえで受け入れてくれている彼女は有り難い存在である。
「で? 今日は連れがいるみたいだけど。君の娘かい?」
「いやいや、俺が何歳のときに作った娘だよ?」
そんな軽口を皮切りに、軽く事情の説明をする。
ひと通り話し終えた後のノノの反応は、
「ほとほと君は、お人好しだねぇ」
という物だった。
「それで私の所に来たという事は、冒険者をさせるつもりでもないんだろう?」
「察しが良くて助かる。碌に剣も振れない子供を冒険者にしても仕方ないと思ってな」
「君も振れないくせに良く言うよ」
「俺の場合は他に仕方が無かったというだけの話だ」
そんな、交渉とも言えない短いやり取りの末、彼女はわざとらしく肩を上下させて溜め息を吐いた。
「やれやれ。仕方のない人だ。まぁ、こんな物も受け取ってしまったし、君の願いを無下にはできないけど……」
「いや、負い目に感じるくらいなら突っ返してくれて良いんだが」
「返さないよ、絶対に。私は商人で、商人は欲深いんだ」
睨まれて、俺は首を竦めた。
「……いいだろう。下働きに使ってやる。でも、真面目にやらなかったら叩き出すからね」
「感謝する」
本当に、彼女には頭が上がらない。
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2018/09/30 誤字修正
2018/10/06 誤字修正、若干文脈修正。ストーリーに変化はありません
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