2−7 手を討つ

 それに気付けたのはタイミングの問題だ。

 勘定は食後ではなく料理の提供と同時なので、適当に切りのいい支払いをして習慣に倣って釣り銭を断った。あまり細かい額に拘るとせせこましい客と見られサービスの質が低下する可能性もある。

 早速食事にありつこうと椅子に座り直した時、背後から伸ばされた腕を、予定通り捻り上げる。

 この手の警戒は、財布を出す時は常にするようにしていた。スられる方が間抜け、なんて言葉もある位だ。自衛意識は高く無ければやっていられない。

 もし財布を意識する前か、もう少し時間が経ってからの犯行であれば俺は反応できなかっただろう。そういう意味で気付けたのは幸運であり、危機感知の才能のおかげでもあった。


 犯行に及んだ人物は子供だ。捕まえる前は小人や小柄な亜人かとも思ったのだが、華奢な腕と幼さの残る悲鳴が俺の想像を否定した。

 カウンターには料理が並んでいるので叩き付ける様な真似はできないし、何より食事処であまりドタバタしたく無い。

 子供だからといってそんな理由で盗人を許すつもりはなかったのだが、痛みを訴えながら涙目で見上げて来る様はなんだかこちらが悪い事をしているかの様な気にさえなってくる。

 周囲が演奏と踊りに魅了される中で、俺達2人は奇妙な静寂に包まれた。

 スリを捕まえた場合、衛士に突き出すのが一般的な対処方法だ。窃盗罪は利き腕の切断と定められている。片腕しかない場合は犯罪奴隷落ち。年端もいかない子供が背負うには重すぎる業だが、死者蘇生の奇跡もある世界である。四肢欠損位はどうとでもなるし、痛みと治療(費)までを含めて贖罪とされているのだ。

 彼の為にも社会の為にも、情けをかけるべきではない。そうは思うのだが、彼の腹の虫が鳴る音で俺は気を削がれてしまった。

「……食うか?」

 顎で料理を指すと、彼は何も言わず、しかし視線は料理に釘付けだ。


◇◆◇


 彼が犯行に及んだのは初めての事ではないらしい。

 食事をしながら、涙を零して彼は罪を告白した。

 主たる理由は、食うに困って。おまけで、女に鼻の下を伸ばしているだらしない顔が気に食わなかった、と。

 ちなみに、年齢による飲酒制限はないし、そもそも食事処の8割が酒場である都合から立ち入りを制限すると様々な問題が生じる。故に彼が酒場にいた事については、俺の主観的違和感以外の問題はない。

「家族は?」

「親はいない。妹が2人」

 更に話を聞けば、以前詐欺にあって遺産と家を失ったらしい。

 孤児院を頼らないのかと聞いてみると、何だそれはと逆に訪ねられてしまった。

 周囲の大人達は誰も助けの手を差し伸べてくれず、生き抜くため彼は仕方がなく犯行に及んだ。と、それが彼の事情。

 どんな制度・救済措置があろうとも、知られていなければ意味がない。溜め息を吐きたくなるが、俺はそれを飲み込んで彼に告げる。

「妹達を連れてこい。1食くらいくれてやる」


 このまま罪悪感から逃げるならそれまで。

 そう思っていたが、彼は妹を連れて戻って来た。あまり食事処にくるのを奨められる様な格好ではないが、皆大らかな気分になっているのか苦情は飛んで来ない。

 少女2人を伴った彼がバツの悪そうな顔で俺の所までやって来たので、空いたばかりのテーブル席に移動して自由に注文させてやる。

 程なくして運ばれて来た料理に目を輝かせる少女達を前に、少年へ声を顰めた。

「「もう馬鹿な真似はしない、一生懸命働く」って言うなら、お前が一人前になるまで面倒を見る事を考えてやらんでもない」

 衛士に突き出されて手討ち・・・か、真面目に働くと約束するのか。殆ど脅しの様なものだとは理解しつつも、俺は彼に提案する。俺程度に捕まるのだ。そう遠く無いうちに別の誰かに捕まっていた事だろう。

 子供3人を養うとなると少々出費がキツいのだが、不可能ではない。

 妥当な選択肢は孤児院送りなのだろうが、ファンタジーな世界のその手の施設を信用できないのは俺の個人的な業だろう。本気で裏で人体実験や人身売買に関与しているなんて思っている訳ではないのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る