2−5 チェックメイト
奇襲しか取り柄のない俺に、直接対決という選択肢はない。
故に、一旦1階に戻った。
入って来た勝手口に鍵を掛け、簡単に開けれないようにつまみを破壊する。
表通りに面した酒場側の大扉は鍵が掛かっていることを確認するに留めておく。
そうして下準備を終えると、窓からカーテンに隠れて表通りへ匂い玉を投下。
さらに酒場のホールから裏手の廊下に移動して、ホールにも匂い玉を投げる。
これで異常は直ぐに感知されるだろう。
匂い玉は匂いに敏感なモンスターの嗅覚を麻痺させるアイテムである。人間に悪影響はないものの、不快な異臭であることには違いない。当然、表通りにそんなものを投下すればしょっぴかれて厳重注意ものだ。
複数種類の相性の悪い香水の瓶をぶちまけるようなものなので、前科が付くというほどの犯罪でもないが、衛士隊に通報されるのは避けられない。
これでもう、後戻りはできない。
再び地下に移動して、騒ぎが大きくなるまで息を殺すことにした。
人通りの多い日中である。
もしかしたら俺が投擲した場面を目撃した人もいたかも知れない。
騒ぎが地下に聞こえてくるまで、それほど時間を要することはなかった。
息を殺していて体感10分程度なので、実時間はもっと短いかも知れない。
程なくして、衛士が扉を叩く音が響いてくる。続いて、呼びかけの声。
ともあれ、俺はその騒ぎに合わせて件の部屋の前で匂い玉を使う。
その匂いが広まる前に、1階目掛けて聴覚に優れるモンスターに効果抜群の威嚇用爆竹玉を投げ、酒樽の裏に息を潜める。
連続する爆発音。
異常を感知した衛士達が応援を呼ぶ声。
ようやく騒ぎに反応して慌てる男達の声。
程なくして、件の部屋の扉が内側から開かれた。
先頭はエプロン姿の男。この酒場のオーナーか。
続いて人相の悪い男が2人。
「何処の馬鹿だ、こんな悪戯を……」
不快気に表情を歪めたオーナーの悪態に、付き添う2人は答えない。衛士の存在を警戒して、声を殺しているらしい。
彼らは視線で短いやり取りをした後、2手に分かれた。
強面1人が部屋に戻り、他の2人が上階へ。
俺は少し間をおいてから部屋の中の様子を伺った。
人の姿は1つだけ。被害者はまだ奥の部屋のようだ。
背を晒している男に忍び寄り、ナイフの柄で殴り倒す。
念のためにさらに腹に蹴りを入れ、防御反応がない事を確認した。
小さくない音を立ててしまったが、誰かが気付いた様子はない。
奥の扉に駆け寄って慎重にその向こうを覗くと、酒蔵を改造したらしい地下牢がそこにあった。見張りの姿はなく、囚われている人の姿が3つ。
彼女達を開放するのは優先事項ではないので、俺はそのまま放置して引き返す。裏口へ急いだ。
そこでは予定通り壊れた鍵に悪戦苦闘している男がいて、これも殴り倒す。腹を蹴ると抵抗の様子があったので、さらに頭にも蹴りを入れる。
地下と違って戦闘音が表通り側まで響いたのだろう。衛士の「何だ今の音は!」と怪しむ声が聞こえてきた。
表に回ってみると、酒場のオーナーが衛士と対面して悪戯の被害者だと主張していた。
「大方、今の物音も悪戯の犯人が逃げた音でしょう。裏口の方から聞こえたようですから」
「……なるほど、その裏口まで通して貰っても?」
衛士の言葉に、エプロンオヤジが背後から見ても満足気に、余裕綽々の態度で頷いた。
「ええ、勿論です。私としましても、このような悪戯の犯人を野放しにされては困りますからな」
おそらく、俺の口元は笑みに歪んでいることだろう。
「困るのは家探しされることだろう? 誘拐犯さん」
暗がりから投げかけた俺の言葉に、エプロンオヤジが慌てた様子で振り向く。衛士の視線も俺に向けられたが、同時に彼らは確保を想定した臨戦体制に移行した。
「……何を言っているんだ君は。この悪戯をしたのは君かね?」
俺をまっすぐに睨みつけながら、それでもエプロンオヤジは怒りを押し隠した口調で俺を糾弾する。
「ご明察。衛士を呼びに行く隙に被害者を別の場所に移送されても困るのでな? 少々周りに迷惑をかけることにはなるが、少しばかり手荒な通報手段とさせて貰った」
不敵に、不遜に、声色を作って俺は彼の言葉に応じる。動揺を見せず確信をもって、どちらを取り押さえるべきかを悩んでいる衛士達に対してアピールする。
「何を馬鹿なことを。酒場に異臭騒ぎなど、立派な営業妨害だぞ!」
「安心するといい。お仲間たちは今頃夢の中だ。地下牢も逃げないし、あんたが今日以降酒場を開くことはないよ」
激高した彼が俺に襲い掛かるより早く、衛士に取り押さえられたのは言うまでもない。衛士の前で暴力沙汰など、無謀もいい所だ。
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2018/10/03 衛士の振る舞いに対する若干の補足を追記。ストーリーに変化なし。
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