2−3 贅沢の価値基準
日当たり4倍の稼ぎが1週間分、つまり大雑把に84kエル程が今回の収入なのだが、ナイフを特注するにはまだ足りない。金を稼ぐというのは本当に大変だと思う。
とりあえず80kエルについてはギルドの方で預かって貰うとして、1kがいつも通り次回探索の準備費に消える。手元に残るのは3kエル。大判銀貨2枚と小銭多数だ。必ずしもつり銭が用意されているとは限らないのが辛いところで、端下金はチップにしてしまうのが客としては面倒がない。
3kエルもあると6日間贅沢に暮らせる。
まぁ具体的には、いつもの宿、いつも通りの朝食昼食夜食、いつも通りの衝動買いといった具合だが。そもそも昼食をとるというのが既に庶民一般には贅沢らしく、ランチをやっている店自体が少なかったりする。
しかし、贅沢とはいえいつもいつも一人飯というのも面白くない。そんなわけで、査定待ちの暇つぶしがてらノノに尋ねてみた。
「1人でも楽しく飯を食える店を知らないか?」
仕事中の彼女を誘うわけにもいかないし、そもそもつい先ほどナンパな奴ばかりで困るという話を聞いたばかりだ。ここで彼女を誘うほどの勇気は、俺にはない。
「……人がお腹減ってる時に、そういうことを言うのはずるいと思う」
半目になって睨みつけてくるノノ。
しかし、庶民は1日2食が一般的だ。まだ昼にもなっていない今からお腹を空かせていると、後は相当辛いのではなかろうか。
「お、おう。悪いな」
俺は口頭では謝罪しつつも、内心では首を傾げてしまうのは避けられない。
そんな思いが顔に出ていたのだろう。彼女はひとつ溜息をついて、俺の疑問を解消してくれた。
「あのね? これでも私はひとつの店の主だよ? 身嗜みだって気を使っているし食事も3食バランスよくとってるさ」
なるほど、店を維持していられる事それ自体が、何より彼女の経済力の証明だった。
どう謝罪したものかと悩んでいると、彼女は手を止めて俺に顔を向ける。
「そうだね、謝罪ついでに奢ってくれるなら許そうか。お奨めの店も案内するよ」
「オーケー、乗った」
それで良いのかと思わなくは無いが、それで許してもらえるなら万歳だ。
◇◆◇
昼食とは基本的に贅沢なものだ。
ランチをやっている店は多く無いし、割増料金なのも理解できる。
しかし、それにしても1食1人頭200エルは中々の高級店ではなかろうか。
比較するなら、今俺が泊まっている宿部屋の朝食付きと同額、俺が普段ストックしている魔法薬より1段階上の魔法薬と同額、あまり豊かではない家庭の1日分の食費の平均と同等か或はやや高めといった価格である。
デートの為に奮発したと考えれば妥当な金額かも知れないが、俺のリクエストは1人でも楽しく食事できる店だ。ちょっとこの価格帯の店に1人で入る勇気は俺にはない。所詮最下級冒険者と店を切盛りする店主の金銭感覚は違うという事だろうか。
食事中ノノは楽しそうにしていたし、量も味も満足のいくものだった。店の雰囲気も悪く無く、堅すぎず騒がし過ぎずといった所。総合的に見れば不満はないのだが、引っかかるものがないと言えば嘘になる。
こんなときに何を話せば良いのか判ろう筈もないので話題は完全にノノ任せで、ハーブティーの美味しい入れ方だとか、薬草の適切な保存方法だとか、昔やってしまった失敗談だとか、そんな話題に終始した。
よくよく考えれば、俺は彼女の事を殆ど知らない。店主と客の間柄なのだから当然と言えばその通りだが、この世界で1番言葉を交わしている相手だというのに、好きな色も食べ物もアクセサリーや服の趣味だって何一つ知らない。昼食に出るだけなのに、「折角出かけるのに仕事着なんて面白く無いだろう」とわざわざ着替えにいってしまうなんて思わなかったし、その間店の奥のプライベートエリアに通されるとも思わなかった。
口調と態度からは想像できない程ドレスを着慣れている様子で、黙っていれば正しく良いとこのお嬢さんだ。いや、素材が良いのは判っていたのだから意外でも何でもないのだが、彼女が自分からそんな格好をするのは予想外だ。
食事を終えた帰り道、わざわざ服を着替えて来た彼女を真っ直ぐ送り返すのも失礼かと考えて、ほんの少しだけ回り道をした。
それは市場を抜けるルートで、道も馬車が抜けれる程度に整備されているので歩きやすい。食後の運動程度にゆっくり、急がず焦らずの歩みに、ノノも歩調を合わせてくれた。
市場と言っても所詮は中規模程度の物で、賑わいもそこそこだ。行列のできている店なんて見当たらないし、露天商の呼び込みも意識を向けると応じて来る程度。市広場などの大規模市と比べれば大人しいもので、トラブルも少ないのか衛兵の姿もない。
露天商というのはつまり、まだ店を持てない商人達だ。その点においては行商人と同様だが、どちらの方が冒険かと言うと俺には判断がつかない。折角なのでその道の人に聞いてみる事にした。
「露天商と行商人って、どう違うんだ?」
「うん? 行商人の主な客層は個人ではなく商館だ、って所かな。個人を相手にする時は一時的に露店を開くから、商売をしていない人間から見ると同じ様なものに見えるかも知れないけど」
唐突すぎる俺の話題振りに、彼女は不快感も示さずスムーズに応えてくれた。
「リスク面では?」
「難しいね。旅の危険はもちろんあるけど、店を持たない商人は安定した商売ができるとも限らない。リターンとの比率で言えば、客商売のリスクは、下手をすれば野盗の危険より大きいかも知れないよ。……商人を目指す気になったのかい?」
悪戯な笑みとともに投げられた言葉に、俺は微苦笑して「可能性を模索しているだけさ」と応えるのだった。
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1日の探索
=生活費4日分(宿賃200エル+他300エル)+次回冒険用準備費1kエル
=3kエル
日当たり4倍の稼ぎ*1週間=3k*4*7=84k
銅貨 1エル 大判銅貨 10エル
銀貨 100エル 大判銀貨 1kエル
金貨 10kエル 大判金貨 100kエル
白金貨 1mエル 大判白金貨 10mエル
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2018/09/19 意図せず入っていた改行を削除
2018/09/30 誤変換修正
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