2−2 反省と休息

 全1週間の行程は、冒険にしては比較的短い方だ。

 ダンジョンに潜るなどの『遠征』となると倍以上の長期行程も珍しく無い。それでも1週間で切り上げた理由は、俺の冒険者ランクにある。

 冒険者ランクというのはつまりギルドからの評価であり、活動実績の指標だ。それはそのまま冒険者の信用にも直結するので、金銭の融資であったりその他何らかのサービスの利用を含め様々な場面で意味を持つ情報になる。

 今回何が問題だったかと言うと、ランク1冒険者の宿の部屋のキープ期限が10日までという制約だった。これはトラブル防止の為に一律で定められているので、宿屋の主人と個人的に仲良くなったからと言って融通してもらえる事でもない。少なくともそう言う事になっている。

 盗まれるとは思わないが失うのは惜しい大荷物とか、ギルドの貸し倉庫にいちいち預けるのも面倒な小物類とか、宿の部屋をキープする意味は家を持たない者達にとって案外大きい。

 そして何より、旅路で疲れた身体を引き摺って空いている宿を探すのは大変なのだ。


 大型のモンスターを倒すと、モンスター達の縄張りに空白地帯が出来る事になる。これを求めて小動物が移動し、小型モンスターが移動し、中型が移動し、と連鎖的な大移動が起こるので、その同行を確認してギルドに報告するまでが今回の冒険になった。

 遠出5日目(縄張り熊テリトルベアー討伐の翌々日)辺りからは調査専門の冒険者も近くに拠点を張ってのちょっとした騒ぎになっていたが、大型が狩られたと聞けば便乗して小銭稼ぎをする精神は俺にもよく分かるので、特に文句を言うつもりはない。

 遺品ロストアイテムの回収は4日目に出来たし、上々だった。

 主にリーダーが事ある毎にセクハラして来るのが、印象深かったくらいな物である。

 例えば、遺品を発見した際には発見者(及びそのパーティ)に所有権が認められるという原則があるのだが、ロストした時点(=全員女性の6人パーティ)ではパーティにいなかった俺の取り分をどうするかという話になり、「肌着でも良いかい?」などと言いながら女物の肌着を見せつけて来たり。

 例えば、後から来た男所帯の調査パーティに見せつけるように腕を絡めて来たり、わざとボカした話題振りをして「夜は大変だ」とアピールしてみせたり。

 悪のりして来る他のメンバーも相まって、少しばかり居心地が悪かった。

 女性ばかりのパーティが治外法権の郊外で自衛する為の必要な措置なのかも知れない。そう理解すれば、邪険にも出来なかった。

 気分を害したなんて事はないし、役得な部分もあったが。


◇◆◇


 何はともあれ、疲れた。

 ギルドへの報告と討伐報酬や採取品の売り払いを終えて、持ち込んだアイテム消耗具合を加味して清算をして。戦闘で役に立ってないのだからそれを差し引いていいだろう、なんて高圧的に言われる事も無く。

 儲けは近場の森へ1人で探索に行った時と比較すると日当4倍程。遠出をした甲斐のある、十分なリターンだ。

「また機会があれば声を掛けてくれ」

 と告げた別れの言葉は、嘘偽りのない本音だった。

 ……食事も全て美女美少女の手作りだったし。

 スケベ野郎とか思われてるのかと思うと、気の重い話である。

 一期一会、2度とない機会かも知れない。互いに冒険者なのだから。


 そんな別れが、昨日の話。

 宿に帰って日課の持ち物検査をして、ベッドに倒れたらいつの間にか日が昇っていた。

 毎夜毎夜の深夜番だ。意識しないうちに疲れが溜まっていたのだろう。もし『遠征』をするのなら、もっとパーティを充実させる必要があるのだろうか。

 ベッドに転がったまま益体のない思考をしてしまうのは、身体がまだ起きる事を拒んでいるからだろうか。とはいえ、生活リズムを崩すと後が辛いのは重々身に染みて知っている。

 今日も今日とて、日課をこなそう。


 冒険の後は、女性魔法薬師ポーションメイカーの下へ冒険で入手した上質な薬草を届けるのが俺の恒例行事になっている。彼女の方でも在庫がダブつき気味なポーションを割引してくれたり、市場の動きであるとか商売する上で耳にした噂であるとかの情報を回してくれたりと、持ちつ持たれつな関係だと思う。

「久しぶりだね?」

 彼女の店に入るなりかけられた言葉は、心なしか刺があった。

「1週間、外に出てたからな」

 冒険者なら珍しくも無い話だ。美味い話を聞けば拠点を移す事だってあるし、狩場が肌に合わないとか腕が足りないとかいう理由でもいつの間にかいなくなっている事は珍しく無い。

「ふーん? ウチは君が買い支えてくれなきゃ潰れるんだから、他所には行くなよ?」

「美少女魔法薬師ノノちゃんの新規開店魔法薬店……って結構繁盛してるくせに」

 ギルドで聞き耳を立てていれば結構耳にする話題だ。その様子を思い出しながら指摘すると、彼女は嫌そうな表情で苦笑した。

「美少女もノノちゃんも止してくれ。……ナンパ目的の人は来るけど、ポーション買って行ってくれる客さんはあんまりだね。何度も買いに来てくれる人って言ったら一握りさ」

「魔法薬の品質が他所と劣ってるとは思わないが? 品揃えが悪い訳でもないようだし」

「そりゃあね。私も才能持ちだし、早々引けを取るつもりはないよ。けど、女を売り物にするつもりはないんだ」

 セクハラ発言でもされたのか、不機嫌そうに彼女は眉をしかめた。

 掘り返してもどうしようもないので、俺はこの話題は打ち切る事にする。

「わざわざその歳で独り立ちするくらいだもんな」

 とりあえず、いつもの様に薬草類を査定用のカウンターに乗せると、彼女も俺の意図を察してそれ以上話題を掘り下げようとはしない。

 短く無い付き合いだ。互いに無言で過ごすのも、もう慣れた。

 ノノが薬草をいじる音だけが店内に響く。

 いつも思うが、なかなか居心地のいい空間だ。紅茶でも出れば言うことがない。

 いつもより倍はある山が目に見えて減ったころになって、息抜きがてらといった感じでノノが口を開いた。

「そういえば、縄張り熊が倒されたそうね」

 どこで取れる薬草かくらい、薬師の彼女に分からないはずもない。もちろんそこでしか取れない草なんていう物はそうあるものではなく、この中にもないが、組み合わせや取ってきた割合から狩場を絞り込むくらいはできるだろう。

 また、特に隠し立てをする必要のある事でもない。

「あぁ、俺はそのパーティに同行していてな」

 山積みの薬草がバランスを崩していくらか床に落ちた。

「おっと、すまない。しかし、君にしては珍しいね? 利益の大きい博打より安全確実を好むと思っていたが」

「人生は長いんだ。刺激もなきゃ退屈だろう?」

 作業を続ける彼女の代わりに膝を着いて薬草を開いつつうそぶいてみたが、悲しいかな、様にならないのが自分でもわかる。

 有難いことに、ノノは笑わなかった。

「エルフ生まれでなくてよかったね」

 そんな切り返しに、笑わされたのは俺の方である。

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