1−11 魔法使いと希少性

 蘇生の奇跡があるのだから、病毒や怪我を祓う奇跡もある。

 しかし、そういった奇跡を代行できる高位の僧侶プリーストの数はそう多くなく、当然、冒険者なんてやっているはずもない。

 いないものを求めても仕方がないので、冒険者はまだ現実味のある回復魔法使いヒーラーをパーティに求めのだが、これもまた希少な存在だ。

 どれくらい稀少かと言うと、国や軍さえもが常に欲している程に希少だ。自然な流れとして、引く手数多の彼等はどこに行っても好待遇が約束されるので、冒険者をやっている事はあまりない。

 それでも、僧侶の冒険者よりはまだ可能性がある。僧侶は教会で祈りを捧げて信仰する神々の代行として奇跡を行使するのに対し、回復魔法使いはあくまで個人的な技能を保有しているに過ぎないのだから。

 回復魔法使いとしてまだ未熟であるとか、富を投げ打ってでも就きたい仕事があるだとか。……普通に考えれば有り得ないが。

 あんまりに希少なもので、回復魔法を使う為には独特の感性を求められるだとか、才能や資質を持っていなければ使えないだとか、様々な噂が流れている。

 結局の所、現実味はないのだ。幾ら冒険者に夢想家が多いと言っても、いもしない回復魔法使いが颯爽と現れて治癒の魔法を施してくれると妄想する程の馬鹿はいない。パーティに回復魔法使いが加入してくれる事を夢見ながら、冒険者達は薬草や魔法薬を主な治療手段としていた。


 しかし、居る所には居るもんだ。

 同行していたギルド職員さんその人である。

 彼女の魔法はあまり強力な物ではなく、薬草や魔法薬の効能を高めたり自然治癒を早めたりする程度が精々だというが、れっきとした癒しの魔法には違いない。

 俺だけでなく、パーティメンバー皆して彼女が負傷していた2人に魔法を行使する所を野次馬になっていた。

 その視線に耐えきれなくなってか、ギルド職員さんは言う。

「そんなに大した物ではないですよ?」

「他人に直接干渉する魔法は、ただその1点だけで十分にとても高度な物よ。……もしそんな事が簡単に出来たなら、殆どの攻撃魔法は廃れるでしょうね」

 しかし、魔法使いとして、リリーが強く反論した。

 それは、魔法の使い手としての矜持か。ちょっと殺気が込められてるんじゃないかと思う程、彼女はぴりぴりしている。

「ええっと……。先程も説明しましたけど、これは直接干渉している訳では無くってですね?」

「そんなのは屁理屈よ。肉体・精神体の内側に干渉する魔法を、直接干渉って言うの。作用している対象が薬効でも肉体でも、同じ事よ」

 雰囲気に飲まれているのか、誰も口を挟めない。もとより他の面々は魔法に関して門外漢だ。どうフォローすれば良いのかなんて、判るはずもなかった。

「大体,自然治癒促進も出来るんでしょーが!」

「なんで治療してくれてるのに怒ってるんだよ……」

 理不尽だろうと指摘されれば、きまり悪気に彼女は視線を彷徨わせる。

 その間に、ギルド職員さんは治療を終えて「後は安静にして下さいね」と告げるとそそくさとテントに逃げていった。

「後で謝っとけよ?」

「……うん」

「ところで。直接干渉が高度な魔法なら、『戦闘の痛みを軽減する幻惑魔法』も相当高度な魔法だと思うんだが?」

 それは冒険者になる時、誰もが掛けて貰える魔法。

 蘇生する教会を登録する儀式の際に、纏めて掛けられたのか、いつの間にか掛け終わったと告げられて困惑したものだ。その持続時間についてもよくよく考えれば異様に長く、更新感覚は年1回でいいというのだからその術の規模は想像もつかない。

 直接干渉が困難であるというのなら、同じく直接干渉する魔法である所の短い時間しか作用しない回復の魔法と、1年もの間作用し続ける幻惑の魔法のどちらが高度な魔法なのか。

 そんな疑問が涌いてくる。……遠隔地から死者を呼寄せ蘇生する奇跡さえ行なう教会なのだから何でもアリな気がしなくも無いが。

 俺の質問が余程頓珍漢だったのか、リリーは変な顔をした。

「……良く勘違いされがちだけど、幻惑魔法というのは子供騙しなのよ。回復魔法とは比べるまでもないわ」

「子供騙し?」

「そう、子供騙し。魔法なんて言ってるけど、あんなのは暗示とか催眠術って言った方が良いわね」

 おうむ返しに訪ねる俺に、彼女は先生の顔になる。四大属性魔法の基礎を俺が教わった時の顔だ。

「大雑把に仕組みを説明するなら、『戦闘を条件に痛みを軽減する魔法が発動する』という暗示と『その為の魔法式』を被術者の無意識に刷り込むの。後は被術者自身が『痛みを軽減する魔法』を戦闘の度に無意識に使うってわけ」

「ふうん? 対象が魔法を使えなくても問題はないのか?」

 殆どの冒険者は魔法を使えないのだからこんな質問はするまでもないのだが、それでも気になってしまうのは止められない。魔法を使えない人間にも魔法を使わせる技術があるというのなら、それこそ、自己治療の魔法でも使わせれば良いと思うのだが。

「この方法で痛みを軽減できるのは、自己減痛の幻惑魔法がとても簡単な魔法だからよ? 1度受けた傷を治すとか、受けてない傷を負う、なんてややこしい魔法を使わせることは出来ないわ」

 良くある勘違いというだけあって、俺の考えは筒抜けのようだ。

「何が簡単で何がややこしいのかは判らんが……、なるほどな」

 とりあえず、そういう仕組みなのだと納得するには彼女の説明で十分だった。


///////////////////////////////////

2018/10/04 誤字修正

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る