1−10 裏切りと血の結末
たどり着いたのは、森の中に有る狭い洞窟。
奥まで行くとまた別のモンスターと遭遇する事になるが、背に腹は代えられない。血袋を投げ込んで、出て来ないように威嚇するに留めた。
撤退といっても冒険者は考えなしに走る様な事はしない。そんな事をして体力が切れた所を襲われては、抵抗の余地がないからだ。体力の有無に関わらず初めから抵抗の余地がない程の格上と遭遇したなら話は別だが、今回はその限りではない。
所詮は大型の中では殆ど最底辺に近い、
「随分歩いたな?」
イシリアの言う通り、結構な距離を休みなしで歩いた。
歩きにくい森の中だ。もとより体力の少なそうなもう1人の斥候だけでなく、臨時の荷物持ちも疲労の色が見える。
緊急時なので俺は言葉を取り繕う事はしなかった。
「縄張りを抜けても追って来たんでな。相談をする余裕はなかった。悪い」
何せリーダーは最後尾である。折角嗅覚を誤摩化しながら逃走しているというのに、声を張り上げる訳にもいかない。
「まだ追って来てるのか?」
「すぐ来るかと」
確認を終えて、彼女は洞窟の入口に警戒の目を向けた。
それは他の面々も同様だ。
俺以外は。
俺が目を向けたのは、肩で息をしているもう1人の斥候。スィーゼという名前らしいが、発音がややこしいので皆はスズと呼ぶ少女だ。
俺の視線に気付いた彼女は、リーダーの顔色を伺った。質の悪い事に、今回の悪戯の主犯はパーティリーダーらしい。
今問いただしている余裕はないし、そんな事をすればパーティの士気に関わる。俺は溜め息を吐いて、縄張り熊の迎撃準備に取りかかった。
冒険者が冒険者を裏切る意味はあまりない。十中八九失う信頼の方が痛手だからだ。
死んだ冒険者は教会で蘇生される。裏切りの報は確実かつ迅速に伝わる。
故に、普通は後ろから切られる心配なんてする必要はないし、そもそも彼女は前衛だ。
他の2人の前衛が縄張り熊の攻撃を食い止め、槍を持つ彼女が攻撃を受け持つ。
俺が用意した油壺トラップの出番はなかった。
大型モンスターとはいえ、相手の縄張りから引き摺り出しその特色である挟撃を封じてしまえば与し易い相手だ。大型最底辺と呼ばれるだけの事はある。そのパワーも、他の熊系モンスターの方が断然上。しっかり対策をしていれば、どうという事のない相手だ。
結局オスは現れず、親子2匹の討伐は、殆ど作業の様なものだった。
俺はただ後ろから見ているだけの。
大型のモンスターを仕留めると、それ以上の探索は難しくなる。
その場で解体するのが難しいからだ。かといって放置するには勿体ない。
有り合わせの道具で運搬の為のソリを作っていると、リーダーから声を掛けられた。
「君は本当に優秀な斥候だね」
いったいどんな皮肉なのだろうかと、手を動かしながら考えてみるが答えは出ない。
「この熊はね、以前私達が挑み、全滅した相手なんだ」
撤退でも半壊でもなく全滅。オール・ロスト。
全員死に戻り。
失った装備がどれほどの物か知らないが、安くは無いだろう。少なくとも、ここは支給品装備で足を運ぶような場所ではない。
「そうか」
大変だったなと労うべきか、適当な慰めを口にするのか。少し迷って、俺はそのどちらも口にしなかった。
少しの油断が、不測の事態が、命取りになる。冒険者にとってそれは常だ。
1台目のソリが出来上がるまでの間、彼女は何も言わなかった。
「……騙し討ちの様な形になって悪かったね」
2台目に取りかかってしばらく。絞り出す様な口調で、リーダーが言う。
「ただ、拠点を護ってる2人は無関係なんだ。彼女達の事は悪く思わないで欲しい」
つまり、今この場にいる5人は、以前縄張り熊に全滅させられたメンバーという事か。
「気にしちゃいないさ。ただ、報酬は弾んで欲しいね?」
いきなり想定外の逃走劇である。しかも、もう1人の斥候がリーダーの指示で縄張り熊を呼寄せていた様子だ。消費したアイテムは少なく無い。
素っ気ない俺の言葉に、リーダーは短く息を吐いた。
「あぁ、もちろんだ。君の活躍は、私の想像を超えていた」
「できることをしただけだ」
実際、俺の戦闘能力はそこらへんの村人より弱い。直接戦闘では戦力外だ。
「君がいれば、以前の私達でも勝てただろう。それくらいの活躍なんだ、誇って欲しい」
俺の謙遜は、かつての彼女たちへの侮辱になる。リーダーは微苦笑でそう言った。
世の中というのは、いつでもままならないものだ。
モンスターの血の匂いは、それだけでその種より弱い他のモンスターを追い払う力がある。
長期間続けば逆に弱っていると勘違いされて肉食のモンスターを引き寄せてしまうが、大型モンスターの血は帰り道の安全のためには非常に有益だ。
それは例えば、回収部隊の安全確保の為にも使われる事で有名で、だからこそ、
案じるまでもなく拠点まで無事帰還を果たした俺たちは、リリーの出してくれた水で体を洗う。「洗ってやるよ」なんてリーダー達に揶揄われたのは、笑って流す他なかった。
そうしている間に余計な血の浪費を抑えるため、リリーが死体の傷口を焼き固めて、今日も彼女はしっかり活躍しているようだ。
「私も参加してれば特別報酬が……!」
なんて冗談を口にしていた彼女だが、拠点での活躍を考えれば別途ボーナスは出るだろう。
「さて……まさか偵察のつもりが倒してしまうとは思わなかったが、ひとまずは乾杯としようか」
そういって、リーダーが非常用という名目で持ってきた酒樽に手を付けようとして、同行していたギルド職員に止められた。
「ダメですよ? 傷に障るでしょう」
彼女が手ぶりで指し示すのは、縄張り熊の攻撃を受け止めていた2人。
先程までは返り血で目立たなかったが、どうやら怪我を負っていたらしい。流石というか、ギルド職員は冒険者をよく観察しているようだ。
////////////////////
2018/09/30 変換忘れ修正
2018/10/03 第0話との矛盾を発見したので「後ろから切られる心配なんてする必要はない」を「普通は後ろから切られる心配なんてする必要はない」に変更。ストーリー上、設定上の変化はありません
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます