1−9 狩人と狩人

 証拠不十分である。

 深夜、水の扱いを得意とするパーティたった1人の魔法使いが涙目で魔法を行使している場面が多数のメンバーに目撃されたが、昨夜何があったのかという具体的な証拠は地面のシミ1つ残されていない。

 ただ、念のため夜番は今日から2人1組で行なう事になった。それだけだ。

 何事にも、不測の事態というのはつきものだ。

 故に、冒険に身を置く者は柔軟な対応が求められる。

 どのような些細な事であっても、見誤れば死を招く恐れがある。

 そんな事は、誰もが知っている確固たる事実だ。


 今日の活動は、俺の考えとは異なり昨日狩場にした水場を中心に採取活動を主体とする事になった。

 モンスターが寄り付かないうちに採取活動に集中するという合理的な判断だ。

 あまり戦闘は予想されないという事で、メイン火力担当のリリーは拠点で待機。入れ替わりに昨日拠点で警備に当たっていた内の1人が、主に荷物持ちとして中衛に入る事になる。

 見るからに腕力に自信のなさそうな魔法使いのリリーより、普段から剣を振っている前衛を荷物持ちに回す方が効率がいいのは確かだろう。本人達がどう思っているのかまでは知らないが、表向き反発は見られない。

 昨日わざと血の匂いを放置したおかげで、モンスターの気配はかなり薄い。よくよく観察すれば逃げ去った跡も見られるので、作戦としては上々だ。

 俺としては追い込んだ先でより効率の高い狩りをするつもりだったのだが、その辺りが「容赦がない」と言われる所以だろうか。

 ちなみに、動植物の取り過ぎには規定があるが、凶暴なモンスターの狩り過ぎに対する規定はない。騎士団で山狩りを行なってもいつの間にか元に戻っていたというのは広く知られる話だ。

 故に、稼ぎと成長を両立したがる冒険者は狩りに傾倒する事が多いのだが、このパーティはしっかりと「皆が狩りに傾倒する分、植物や鉱石などの需要が高い」という事を理解しているらしい。

 とはいえ、安定した稼ぎを重視する小判鮫の様なパーティもあるので、時間単価を比較するとモンスター狩りの方が稼げるという結論になるだろう。当然、相応のリスクを支払う事になるが。


 前衛3人が周囲を固め、その更に外を俺が警戒し、もう1人の斥候と荷物持ちの彼女が採取に当たる。それが今日の基本フォーメーションだ。

 案内を任された俺は、昨日の発見も踏まえつつ、町の近場では採れない植物や鉱石の在処へパーティを誘導する。

 採取に集中する必要もないし、戦闘での稼ぎを想定していないので追い払うだけで済むし、楽な仕事だった。

 昼過ぎに、子連れのモンスターに遭遇するまでは。

 俺が単独行動中であれば迷わず逃げを選択する相手だ。

 縄張り意識の特に強い熊系のモンスターということでついた名前が縄張り熊テリトルベアー。主につがいとその子供程度の小規模な集団で生活し、雌雄どちらかの狩りではなく、連携に依る狩りを得意とする。能力だけの評価であれば、大型モンスター最底辺だが、その縄張りの中に置ける危険度は数段階跳ね上がる。

 まだ幼い子供がいる事もあって、気が立っている様子だ。

 問題は、昨日と違って俺だけが逃げ出せば解決するという状況ではない事。パーティのメイン火力がいないため戦闘が長引く事が想定される事。オスがどこかにいる筈で、下手に戦闘すれば挟撃が予想される事。

 匂い玉ぐらいで退いてくれるモンスターではないが、隠密技能のないパーティの位置を誤摩化すには他の手段は多く無い。アイテムの使用を躊躇ためらう理由はなかった。

 更に別方向にダミー用の血袋を放り投げて、俺はパーティに合流する事にする。


 採取中のパーティは、そう離れた場所にいた訳ではない。

 面倒な話だが、縄張り熊に補足されていた可能性は高いと言える。

 メスの鼻を誤摩化した所でオスに再補足される可能性は十分に考えられるし、オスと戦っていればメスに挟撃されるのは避けられない。撤退するにしろ罠を張るにしろ、移動する必要があった。

「縄張り熊だ」

 逃げるのか、迎え撃つのか。視線で、リーダーに問う。

「地の利は?」

「厳しい」

 当然、斥候に求められる情報ではあるが、縄張り熊相手に地の利を得られる事はまずない。縄張り熊の縄張りは、餌が豊富だとか寝床に困らないとかではなく、奴らにとってどれほど有利な狩場であるかが最大の要因であるのだから。

 俺への問いは、確認以上の意味はなかったのだろう。

「縄張りを抜けよう」

 リーダーの決断は即決に近かったが、既にメンバーは採取活動を中止して撤退準備に入っていた。良いパーティだ。

「了解」

 短く応えて、移動を開始する。

 大型以上に区分されるモンスターの縄張りは、頻繁に調査の手が入っている。それでもたまにしか狩猟されないのは、それだけのリスクがあるという事に他ならない。

 逃げるのは得意だ。


 今朝の繰り返しになるが、何事にも不測の事態というのはつきものだ。

 それは例えば、元貴族のお嬢様が怖がりだったり、それは例えば、縄張り熊が縄張りの外まで追撃を仕掛けて来たり。

 冒険者は柔軟に対処しなければ、簡単に命を落とす事になる。

 匂い玉やら撒菱まきびしやら、アイテムの大盤振る舞いだ。

 持ち歩いているアイテムは死ねばどうせ全てロストするのだから、使用を躊躇う理由はない。

 ただ、そこまでしても撒く事が出来ないのは中々に不可解だ。

 それでも、簡単に追いつかせはしない。

 リーダーに相談する暇はないが、俺は進路を変えた。


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2018/09/30 誤字修正、ルビ追加

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