1−7 斥候のプライド
少なくとも表面上、拒絶はされていない。
それは歓迎するべき事だ。全員が異性のこの環境、初日から針の筵では堪らない。
寝る前に日課の装備品の手入れをしながら、俺は内心で現状評価を下した。
明日は朝から森に入る事が出来るし、今日狩った獲物はその間に村から使いが受け取りに来る手筈になっている。基本方針では順調だった。
順調ではないのは、俺の人間関係だ。俺自身の素行の問題でもある。しかしそれ以上に……もとより、あまり人に取り入るのは得意な質ではないのだ。資質は平凡で目立たない事。関心を向けられない事は比較的得意だが、その逆は難しい。そのくせ、悪評は簡単に集まるのだからままならない。
使ったナイフは研ぎ直し、追加は難しいと知りつつポーション類の確認も怠らない。手札が足りないという自覚すらもないまま窮地に陥れば、十中八九判断を誤る事に直結するのだから当然だ。
そんな俺に、話しかけて来る影が会った。
「今日はお疲れー」
冒険者らしいと言えば冒険者らしい、陽気なノリで絡みっぽい質。容姿がどう見ても少女の域をでない事を除けば、身体さばきも武器さばきも身の振り方も冒険者らしいといえる女性だった。名前はナンシー。愛称はナン。ナーと略しても良いとの事。
軽く見える振る舞いとは裏腹に、刃こぼれの恐れの有る剣より打撃武器を信頼し、さらには副武器までしっかり準備しているしっかり者。その落差が、今日共に行動していて彼女が一番印象に残った理由だろう。
「ああ。お疲れ」
下手に絡むとどこまでも迫ってきそうな気配のある彼女にはもう少し丁寧な対応をした方が良いのかも知れないが、1人にだけ壁を作るというのはあまりにも失礼だろう。そして逆に、彼女を起点として他のメンバーと交流する機会もあるかも知れない。そう考えれば、彼女に合わせて砕けた対応をするのも手だ。
匙加減は難しいが、四つん這いでにじり寄って来る彼女に微笑んで対応する事は別に悪い事ではないと思う。
「尤も、君等が疲れる事になった原因の多くは俺にあるんだろうが」
リーダー直々に「容赦がない」と評されてしまった事は、反省しない訳にもいかない。
そんな俺の言葉に、ナンシーは屈託なく笑った。
「大丈夫大丈夫、アルの案内無く森を歩いてたら、倍は疲れてたって」
アルというのは、彼女による俺のニックネームなのだろう。
「そうか? 慰めでも嬉しいよ。ありがとう」
至近まで迫った彼女は、胡座をかいていた俺の膝を枕に、くるりと仰向けに寝そべった。酔っぱらっているのかという様な振る舞いだが、飲用にも食用にも魔法使いが召還した水を使っている筈で、酒は非常用の1樽だけだ。
私物を持ち込んでいたにしても、冒険の最中にあからさまに酔っぱらう程飲む冒険者はまずいない。加えて、彼女は意外としっかり者である。
俺が視線で周囲に助けを求めると、まるでいつもの事だと言いたげな視線が返された。
「嘘じゃないってー。行きも帰りも余計な戦闘なし、休憩時間も大体安定して挟めて、多すぎる群れとか予定外の大型もなし。むしろ、アルはホントにこの森初めてなの?」
救いの手は現れない。
「初めてだよ。やっぱり実際に歩くのと聞いただけの情報では全然違うね。今日は定点狩りで良かった」
「ふーん? フツーは定点狩りの方が釣り役の人大変じゃない?」
「移動狩りは挟撃や追い打ちのリスクが常に隣り合わせだからね。そうなったら俺も戦闘に加わらないわけにはいかないし……」
「へぇ。凄い自信だねぇ」
思いがけないナンシーの言葉に、俺は言葉を失った。
「だって、「移動狩りは」って言う事は定点狩りならまず起こさせないって言う自信の現れでしょ?」
確かに彼女の言う通り、俺は定点狩りの本隊位置周囲のモンスターの動向には気を配っている。近場に好戦的なモンスターがいるようであれば優先して釣るし、非好戦的であれば追い払うなり追い立てるなり何らかの対応していた。
そういった細かな手間で後々の苦労が大きく変わるのだから、やらない理由はない。意識的に排除しているのだからと、無意識のうちに「挟撃させない」という自信に繋がっていたらしい。……指摘されるまでまるで自覚のなかった事だが。
「……絶対に防げる、とは言わないけどね。移動狩りと比べれば、その危険はかなり低いと見てるよ」
狩りを始めた直後なり、予想外のイレギュラーなり、絶対なんて保証をして油断から大打撃を受けては堪らないので下手な事は言えないが、一応、彼女の言葉を肯定する。それは、専門職の斥候としてのプライドなのかも知れない。
「さっすが〜」
手放しの賞賛はくすぐったい。
◇◆◇
深夜。
交代の時間の少し前、誰に呼ばれるも無く俺は目を覚ました。
呼ばれなければ起きれないようでは、スムーズな見張りの引き継ぎが出来ないので、斥候としては特に問題だ。
時間には幾許かの余裕がある。とはいえ、状況は予断を許さない。
何故か。何故なのか。
左腕に抱きつくようにしてナンシーが眠っているのは仕方がない。それは俺が眠りにつくより前から変わらない状況だからだ。だがどういう訳か右腕にも抱きついている人物がいた。俺を今回のパーティに誘った魔法使いその人である。
ナンシーやもう1人の斥候などであれば、体付きが幼過ぎるという理由で意識から外す事は出来なくも無い。いや、独り立ちをしている女性に対して、そんな評価をしていると知られたら問題になるのはこの際考慮しないものとして。
しかし、この女魔法使い、ローブの上からでも判る程肉付きの良い人物である。
9人の大所帯で唯一の魔法使いだからと脳内で魔法使い呼ばわりしているのも失礼か。
彼女はギルド職員を除けば、この集団で2番目に肌の露出の少ない女性であり、それでいてもしかしたら一番セクシーな女性だ。戦闘に料理に明日の準備にと魔法を使ってまだ余裕を見せている魔法使い。名前はリリー。
暗闇で殆ど視界が利かなくてもすぐに判別できてしまうのは、その特徴的すぎる胸の所為だ。これに抱きつかれて気付かない筈がない。
他の面々、例えばリーダーなども中々肉欲的な体付きをしているのだが、リリーのこれには敵わない。これは一種の暴力だった。
彼女は寝相が悪いのだろうか。
幾ら眠る順番を特に決めていなかったからといって、指して面識のある訳でもない男に抱きつき眠るのは淑女の振る舞いとして如何なものだろう。
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