1−6 単独と集団
「釣るか?」
定点狩りか、移動狩りか。狩りの流れは、概ねその2通りだ。
待ち伏せ主体の定点狩りは連携が容易だが斥候の負担が大きく、追い立てるにしても追われるにしても移動狩りはその逆だ。フォーメーションを維持したまま行動する練習をする段のパーティに、移動しながらの戦闘は難しいと思われた。
しかし同時に釣り形式での狩りは斥候への信頼が必要不可欠。うっかり大群や強力過ぎるモンスターを引っ掛けた、なんて事になってはそれだけで全滅の危機に繋がる。会ってから1日と少し、碌に実力も知らない間柄の斥候に釣り役を任せるには中々の度量が求められる。
皆の視線が集中する中、リーダーの決断は早かった。
「任せられるか?」
「もちろん……とは言わないが、善処しよう」
斥候担当として、否はない。
頼られるというのはやはり嬉しいもので、思わず口元が緩みそうになるのを、意図的に引き締めなければならなかった。
単身というのは、やはり楽だ。
周囲警戒をもう1人の斥候に任せて、俺は初めて訪れた森を駆ける。
伝え聞いた情報だけでは判らない事が多数ある。細かい地形情報も、不安定な足場などの注意点も、空気も、敵意も。生の情報は百の聞き込みに勝る。
なにより、単身で失敗した所で死ぬのは俺1人だ。彼女達5人であれば、俺がドジを踏んで死んだとしても問題なく拠点まで撤退し、町まで無事帰り着くだろう。多少迷惑をかける事になるが、全滅のリスクに比べればどうという事はない。
故に、単独行動に入ってからは随分と気が楽だった。
もちろん、時間をかけ過ぎれば彼女達に無用な心的負担を強いる事になるし、釣りを任された斥候として不適格だ。調査は程々に切り上げて、適当なモンスターを引っ掛けて戻る必要がある。
それでも、少しばかり肩の荷が降りた気分を味わうのは許して欲しい所である。
正直に言うと、まさかパーティが全員女性冒険者だとは思いもしなかった。
いや、可能性としてあり得ること位は判る。
男所帯のパーティに女性冒険者が入っていく事が難しいのも理解できる。
故に、女性冒険者の所属するパーティは女性が過半数を占める事が珍しく無いという知識はある。
しかし、全員が女性のパーティなら、男の俺を招く筈がない。
そう考えていた。
そう思っていた。
油断していた。
合流した時点で断れる段階ではなかったし、今更ではあるが。
八つ当たり気味に小型動物を狩って、それを餌に肉食のモンスターを釣る。
普段ならそのまま罠にかけるなり餌に夢中になっている所を叩くなりするのだが、今回は少しばかり事情が違う。俺は溜め息を吐きながら、自分自身を餌として森の中を駆け回った。
◇◆◇
拠点を出た時点で昼だった。
そこから2時間歩いて水場を起点とし、釣り形式での狩り。
日が暮れる前に拠点まで撤退となると、活動可能時間は限られる。
所謂定点狩りというやつで、最大の欠点は採取が捗らない事だ。
それでも、1日目の成果としては十分といえるだろう。狩ったモンスターの数は、中型だけでも10を超える。
パーティリーダーから頂いた評価は、「容赦がない」とのこと。
餌代わりに動物を狩ったりしたおかげで、今日の夕食は豪勢だ。
女性冒険者の手料理というのがまた、地味に嬉しいポイントでもある。短時間に相次いで戦闘させられた本隊メンバーは疲労困憊の様子だったが、調理は皆でする方針らしい。
しかし、言うまでも無くここは郊外だ。モンスター除けの壁も堀も結界もない土地である。周囲警戒を怠るわけにはいかず、それは俺の役目となった。
つまり、料理は完全に女性冒険者達の手によるものである。
食事中の警戒や、睡眠時の警戒は持ち回り。
もちろん、負傷や疲労などの事情でそれがズレる事はあるが、今から心配する事でもない。
今日1日を振り返った雑談を交えながらの食事が終われば、就寝の時間だ。
個人的にはまだまだ早い時間ではあるが、蝋燭だってタダではないし、何より嵩張る。このような遠出には非常時用しか持ち込めず、ローテーションで周辺警戒をする事も相まって長く休憩時間を取るに越した事はない。
ちなみに、俺の持ち回り時間は真夜中だ。
最も警戒が必要になる時間、体力的負担が大きくなる時間に男であり斥候職である俺を配置するのは、悪い判断ではないだろう。いや、戦士職のメンバーより体力があるとは言わないが、日中の消耗も考えれば妥当だと思える。
ちなみに、就寝時間の初めと終わりを担当するのはもう1人の斥候職と魔法使いの彼女らしい。纏まった休憩時間をとれるので、体力的負担が最も軽い担当だ。魔法使いは言うまでもなく、メンバー中最も幼い見た目の斥候の少女も体力があるようには見えない。もし俺がリーダーでもきっと同じ判断をした事だろう。
なお、ギルド職員さんは員数外である。当然だ。
起きなければならない時間を意識に刻みつつ、俺は天幕に入る。
そして間を置かず、言葉を失った。
何があったのかと言えば、肌色だ。
俺1人の為にもう1つ天幕を立てる様な非効率の必要性を誰も認めなかった。故にこの天幕は男女共用であり、間違えて足を踏み入れたのではなく、起こり得る事故であったのは確かだ。
ただ、ここは郊外である。休む為に鎧を外すのは自然な流れだし、女性である彼女達は男である俺以上に身嗜みを気にするのだろう。インナーを変えたいという気持ちがあるという事は、理解できる。
しかし、男が同行者にいて8人も女性がいるのだ。まさか歩哨も立てずに薄い布1枚で仕切られただけの天幕の中で、何人も同時に着替えをしているとは思いもしないだろう。しかも、就寝タイムになった以上1つしかない天幕に俺が足を踏み入れるのは自明であるというのに。
いや、それらは全て言い訳だ。責任転嫁だ。経過はどうあれ結果に揺らぎはない。
俺以外女性という環境で、唯一の男が女性達の着替えを覗いてしまった。
しかも、短時間ではなく。思わず現実逃避をしている間バッチリと。
「何をしているの?」
そう問われて、俺は咄嗟に返す言葉がなかった。
しかし、返事を窮していたのは幸運だった。
「早く寝る準備したら?」
続けられた言葉に、俺の金縛りが融ける。
彼女達の大半は冒険者だ。冒険の最中、異性に肌を見られたくらいで騒がない程度の理性はある。
「……まぁ、見てたいなら見てれば良いけど」
だからといって、見られて何も感じないという訳ではないのは、言われるまでも無く当たり前の話だったが。
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2018/10/02 誤字修正、主人公の内面描写追記。主人公の性格やストーリーに変化はありません。
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