1−4 危険と利益

 結局の所、金が必要だ。

 単純明快な結論に至った俺は、冒険者ギルドへと足を運んだ。

 荒くれ者専門の酒場という一面も持つこの施設の空気にも、最早慣れ親しんだ物だ。

 見知った顔が声を掛けてくるが、金がないと応えれば彼等は酒の場に水を注される事を嫌って必要以上に絡んで来ない。

 俺はいつも陽気な彼等に背を向け、採取関係の依頼が纏められた掲示板を目指した。


 依頼に目を通せば、大まかな需要が判る。市場に足を運んでも良いのだが、情報の質と確度が落ちるものの時間を問わない点でこちらも有効だ。

 とはいえ、依頼の数は膨大で、ひと通り目を通すだけでも結構な時間を食ってしまう。

 気が付けば明かりの蝋燭が目に見えて短くなる程の時間が経過してしまっていた。

 そろそろ宿に戻って明日からの行動を考えようか。そう思った所に、横合いから声を掛けられた。

「あら、奇遇ね」

 振り返ればそこにいたのは昨日も手を組んだ女性冒険者にして魔法使い。

 マメなのか、はたまた彼女もそれなりに纏まった資金を必要としているのか。

 冒険の後には纏まった休日を取るのが冒険者の慣例だが、彼女の装いを見るに今日も軽く外に出ていたようだ。

「壮健なようでなによりだ」

 1日顔をあわさなければ命の1つや2つ落としていても不思議はない。昨日と変わらない様子の彼女の姿は、「なによりの知らせ」と表するに相応しいものだろう。

 俺の言葉の意味を察したらしく、彼女は少しばかり不服そうな顔をする。

「安全第一、よ。装備品のロストは、駆け出し魔法使いにとって死活問題なんだから」

 品質の低いギルドからの支給品でも間をつなぐ事が出来る前衛職とは、事情が大きく異なるのだという話は既に聞いている。

 しかし、俺としてはそれ以前に、幾ら幻惑の魔法で戦闘に伴う痛みを緩和できようとも、神の加護とやらで死んでも蘇生してもらえるといっても、死のリスクを背負うような冒険はしたく無いのだが。

「肉体は呼寄せられるのに装備品は無理ってのは、どういう理屈なんだろうな」

 腰抜けと揶揄やゆされる価値観は内心に留め、純粋な疑問を口にした。

 その言葉に、女性冒険者は眉を顰める。

「奇跡の恩恵を授かるのは私達自身だから、とか?」

「しかし、武器防具だって加護を受けるんだろう?」

 2人してしばらく思案するが、これだという考えは出て来ない。

 聖法術は神の奇跡。魔法術は人類の探求の歴史。

 未熟な2人で考えた位で紐解ける程、世界の神秘は単純ではないのだろう。

 話題転換とばかりに、女性冒険者は頭を振ってから話を切り換えた。

「ところで、依頼を探しているという事は明日出るということね?」

「まぁ、その通りだが」

 誤摩化す必要も意味もない。

「じゃあ、また組まない?」

 彼女の有り難い申し出に、俺はもちろん乗る事にした。


 お互いの力量を完全に把握しているとはとても言えないが、それでもペアを組んだ経験の有無は大きい。信頼関係も多少は構築されているし、最低限相手が何を出来るのか知っているというのはいざという時の判断材料として極めて有用だ。

 日を跨ぐ様な遠出をするのなら、尚の事。

 その提案は、彼女からのものだった。

 日帰りできる近場での狩りと、日を跨ぐ遠出では当然その稼ぎは大きく変わってくる。そうでなければ、わざわざ遠出をする割にあわない。難度にしても危険度にしても、近場での狩りとは訳が違うのだから当然だ。

 つい先程安全第一と言っていた彼女の言葉である事も加味すれば、相当の自信が伺える提案と言えた。

「パーティはどうする?」

 遠出するなら、流石に2人組ペアというのは難しい。

 拠点の護衛を任せるメンバーも必要になるし、出現するモンスターも近場のものより強力だからだ。

「私に心当たりがあるわ」

 俺は、彼女程不敵な笑みの似合わない女性を他に知らない。が、指摘するのも野暮というものだろう。

「そうか。では任せよう」

「……顔合わせしてから判断しないの?」

 俺の態度が、彼女には意外だったらしい。

「俺を有能と評してくれた君の目を信じる」

「そ、そう。まぁいいわ。あっちは貴方の事を話してあるし」

 填められた、という程でもないが、随分と計画的な話だったようだ。確かに魔法使いがいつも単独で活動しているとは考え辛い。昨日が例外的な活動だったと想像する方が、納得出来る。

「……お手柔らかに頼む」

「斥候はパーティーの目よ? 甘い評価なんて出来ないわ」

 彼女の言う事はもっともなので、俺は肩を竦めてみせるに留めた。

 間を置かず、女冒険者は話題を切り換える。パーティーの話から、俺個人へ。

「それより、準備にどれくらい掛かるかしら?」

 遠出をするというのは急な話だ。道具類にしろ、狩場の情報収集にしろ、いきなり誘われて引っ張られたのでは堪ったものではない……というのが、一般的な認識なのだろう。

「そうだな。ポーションと食料を買い足したい。明日の昼からなら出発できる」

 しかし、斥候役にとっては少しばかり事情が異なる。

 イレギュラーに備えるのは冒険者の常とはいえ、狩場というのはそもそも連続しているものだ。普段足を運ばない場所の情報であっても、モンスターの分布推移など参考になる情報は多い。少なくとも、俺はそう考えている。

「そう?」

 やや不安げな彼女の声に、俺は苦笑した。

「片道1週間くらいの狩場までは、水場、植物や鉱物の分布、モンスターの目撃情報、毒のある山菜くらいはひと通り把握している。流石に近場の森と同様に案内できるとは言えないが、それについては幾ら準備した所で変わらんしな」

「片道1週間って……隣町より向こうじゃない」

 彼女の声色に含まれている安堵と呆れの割合が、どれほどの比率なのかは俺には判らない。

 感情の読み違えによるトラブルは、最悪、パーティの崩壊を招く物だ。何度か経験している俺にとって、相手の感情の機微を伺う事の出来ない自分の愚鈍さには、ほとほと呆れるばかりである。


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2018/10/02 誤字修正。主人公の内面描写追記。キャラデザ・ストーリーに変化はありません。

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