第一章 エピローグ Ⅲ サインズ オブ ラブ

EX 3 サインズ オブ ラブ


「ッく......。あぁっ、ハァ...ハァ......ハァ。」


「ルネッサさん、動いちゃダメです!」


 自分の吐息に熱が籠っていくのがわかる。じっとりと肌は汗ばみ、下腹部から上ってくる熱が頭の中をとろとろと融かしていく。少しみじろぎするだけで、敏感なところが下着に擦れて、それだけで達してしまいそうなほどの快感が電流になって身体を支配していく。


 ......くっ、油断しましたわ。アンジェリカ様に合わせる顔がありません。......でも、でも。......気持ちいい。思わず、太もも同士を擦り合わせてその甘美な快感に......ダメ......ダメダメ駄目!快感などに屈する訳には参りませんわ!!


「気を確かに持ってください、ルネッサさん!今、催淫効果を打ち消しますから!」


 セレナの声が鼓膜を震わせる。......それだけではしたない程に疼いて濡らしてしまう......駄目だとわかっているのに、独りでに指が疼きを訴えているところに伸びていってしまう......あと、ちょっと。...あと、ちょっとで......


「[神聖解咒領域セイグリッドゴスペル]!!」


 灼熱した肌を優しく包み込む天使の息吹き。この身体を苛んでいた容赦のない快感の波が次第に落ち着き、それに合わせるように蕩けてしまっていた意識もはっきりとしてくる。


「もう、大丈夫ですよ。ルネッサさん。イクイクマタンゴの催淫胞子はとても強力ですけど、一回乗り越えてしまえば身体に免疫がついて、以降は絶対に惑わされることはありませんから。」


 そう言ってハンカチを取りだして、わたくしの涎まみれの口元を優しく拭っていくセレナ。


 それにしてもイクイクマタンゴって......もっとどうにか出来なかったのかしら?最悪のネーミングですわね。


「感謝しますわ、セレナ。ありがとう。......みっともないところをお見せしてしまいましたわね。」


「いえ、アレばかりはどうしようもないんです。私も小さい頃、胞子を吸っちゃったことがあって。本当に大変なことになっちゃったので......大丈夫です。この事は私の胸の内にしっかりしまっておきます。決して口外しませんから。」


「そう言ってくれると、幾分かは救われますわ。指導役としては恥ずかしい限りですけれど。それより、セレナ。先程のハンカチ、私の方で新品と交換させて頂きますわ。お出しになって。」


「いえ、そんなお気になさらないで下さい。私は直接の戦闘ではまったくお力になれないんですから、せめてコレくらいはさせて下さい。それに、ルネッサさんのような綺麗な方の涎が汚ないなんてことは絶対ありませんから。」


「あら、それならそれでよいのだけれど......一先ず、グリグランに戻りましょう。件の集団催淫事件の真相も突き止めて、原因となったクサレキノコも全て処分しました。あとは本部に帰って報告を済ませるだけになりますわ。よろしくて?」


「はい。本日もご指導ありがとうございました。」


 セレナはこちらに礼儀正しくお辞儀をする。リートさんは実力こそあれど、こういったしおらしさ...というか謙虚さが足りておりませんもの。


「はい。お疲れ様ですわ。......いいこと、セレナ。ここまで上位の治癒術を僅かな詠唱で発動出来る貴女の才能は類い稀なものです。もっと自信をお持ちなさい。頼りになる治癒術士ヒーラーの存在はパーティーにとって大きな武器になります。焦らずとも場数を踏んでいけば、貴女は間違いなくグリグランギルド有数の治癒術士になれますわ。」


「ありがとうございます!」


 そう言ってはにかむセレナを連れて、郊外の森を抜けて街道に戻る。


「ルネッサさん、最近グリグラン近郊のモンスターの活動が大分大人しくなってませんか?今日も結局、戦闘らしい戦闘は一回だけでしたし。」


 グリグランに続く石畳を進みながら、セレナが口を開いた。


「あぁ、貴女はご存知なかったようですわね。その原因はリートさんによるものですわ。彼はモンスターと意志疎通が出来るらしんです。私が指導に当たっていた時は、ちょくちょく道行くモンスターに話し掛けたりしていましたわ。最初見た時は正気を疑いましたけど、実際それでモンスターが敵対行動をとらずにその場を去っていく光景を何度も目にしました。信じるほかありませんわ。」


「なるほど。リートさんの言うことを聞いてくれたモンスターが大人しくなって、人に危害を加えることが少なくなったってことですね。」


「そうですわね。リートさんのそういうところは私、結構気に入っていますの。」


「なんだか不思議な人ですよね、リートさん。私のシェリアちゃんの初めてを奪った男のはずなのに、どうしても嫌いになれないんです。」


 さらっととんでもない発言をするセレナに声をかけようと顔を向けると、視界のすみに風に乗って運ばれる白い紙片を目にする。......あれはメイ本部長の式かしら?


 セレナもそれに気付いたようで二人揃ってその紙片の行く末を目で追っていると、私達の目の前に差し掛かったところで...


(やぁ、ルネッサ セレナお疲れ様。)


メイ本部長の涼やかな声が紙片を通して私たちに届いた。


「お疲れ様ですわ。メイ本部長。私達に何かご用でしょうか?」

「お疲れ様です、メイ本部長。」


(そう、かしこまらなくてもいいよ。君たちに伝えたい事があって式を飛ばしただけだから。)


「伝えたいこと...ですか?」


(そう。明後日なんだけどね。クレスティナ皇女殿下がボクたちを王城に招いて叙勲式典を執り行いたいそうなんだけど、予定は空いてるかい?)


「あの...本部長。シェリアちゃんは...?」


(当然、行くってさ。)

「行きます!!あっ、でも私......着ていくドレスが......」


(アハハハハ。大丈夫。そう言うと思って君の分のドレスもこちらで用意している。最近の君は頑張っているからね。その分のご褒美として受け取って欲しいな。)


「ありがとうございます!」


(それで、ルネッサ。君には必ず出席してもらいたい。何せ、賊の身柄を直接取り押さえた立役者の一人だからね。)


「身に余る光栄。是非、出席させて頂きますわ。」


(了解だ。詳細は明日にでも伝えるから、今日はこのまま直接、家に帰ってもらって構わないよ。依頼は達成したんだろう?ゆっくり身体を休めて欲しい。)


「かしこまりましたわ。」

「はい。」


(ボクはこれからアンジェリカと不本意ながら下着を買いに行かなければならないので、ここで失礼させてもらうよ。お疲れ様。)


 その言葉と共に蒼白い炎に包まれて消えて行く紙片。


 ......下着?

 二人揃って頭に疑問符を浮かべたまま、私達はグリグランへの石畳を進んでいった。

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