第一章 エピローグ Ⅳ ウォント トゥ ビー クローズ

EX 04 ウォント トゥ ビー クローズ



 城下町の噴水広場から流れ出る水が日の光を浴びてキラキラ輝く。その様を眺めながら、ゆったりと待ち人が来るのを待つ。しばらくすると、こちらに駆けてくる軽やかな足音。


「悪い。遅れちまった......着ていく服がなかなか決まんなくてな。」


 目の前の男は息を切らせながら妾に微笑みかける。......遅いぞ、馬鹿者。あの日、妾に見せてくれた屈託のない表情。妾を王族としてではなく、一人の何処にでもいる娘として接してくれた初めての異性。


 暇があれば、こやつのことばかり考えるようになった。食事の時も...湯浴みの時も...何をしていても...こやつの顔が頭から離れない。


「だからさ...結局これがベストなんじゃねぇかって思って...」


 その瞬間、男の身体が光に包まれて......


全裸マッパで此処までやってきた!!」


 プルンとナニかを揺らしながら、妾の前に仁王立ちする下郎。


「せめてパンツを履かんかーーーッッッ!!!!!!」



「...さまっ。姫様っ!姫様っ!!」


 お付きのメイドが慌てて妾に駆け寄ってくる。むぅ、最悪の目覚めだ......途中までは悪くなかったのに。


 カーテンの隙間から射し込む朝の光が、寝惚けた思考の靄を取り払っていく。


「よかったです、お目覚めになられて。大分、うなされてらっしゃったので......」


「夢見が少しだけ悪かっただけだ。体調は何も問題ない。心配させたな。」


 ...あの騒動から一週間と少し。再度、妾の身柄が賊に狙われるともわからぬ事態だったために、ここしばらくは王城に引きこもるような生活が続いていた。[紫光の尖翼アメジスト フェザー]への叙勲式典は明日。今日のこの一日はどれだけ退屈な時間になるのであろう。


「そうですか。......無理もありません。ずっと王城にこもりっぱなしでは、気分も滅入ってしまいます。」


 そう言ってルキナはため息を見せる。妾と年もそう変わらぬ年若いこのメイド。こやつは中々話がわかる。妾の専属として取り立ててもよいくらいだ。


「のう...ルキナ。妾ももう我慢の限界だ。今日も公務はないのであろう?」


「あっ、はい。アルザガード様も姫様の心労をお察しのようで本日の公務はございません。」


「ならの......そなたの妾に対する忠誠を見込んで頼みたいことがある。」


「......はい?」


 窓を開け放ちバルコニーから、眼下に広がる城下町の喧騒を見下ろす。そうだ、今の今まで忘れておった。アビィーノがあの晩、妾に持たせたを使えば......


「妾は決めた。今日は城下町まちまで下りるぞ!!」



「姫様ー!お待ちになって下さいよー。」


 後ろから妾の後を追うルキナの声を背にして、ぶらぶらと町中を散策する。妾の頬を心地よく撫でる朝の空気。


「馬鹿者!あくまでメイド服コレを着たときの妾は何処にでもいる一介のメイド。クレスティナと呼べと言っておろうが。」


「そんな無茶苦茶な。......ホントに周りの人には姫様だってバレてないんですか?」


「あぁ、グリグランで一番腕の立つ召喚士サモナーのお墨付きだ。問題はない。」


「うぅ......それじゃあ。クレスティナ............皇女殿下。」


「変わっておらぬわ!というか、さっきより距離を感じるわ!!」


「あー!クレスちゃんだー!やっほー、クレスちゃーん!!」


「ほれ、聞いたか?そなたもこのように気安く妾に......」


 あれ?今の声は.........


「クーレースちゃーん!!ぎゅーっ。」


 振り返るなり、全身を抱きしめられた。そのふくよかな胸に頭を押し付けられて、一瞬息が出来なくなる。妾もきっとあと数年もすればこのような胸に......


「むぐぐぐぐ、シェリアよ。......ちと、苦しいぞ。離してたもれ。」


「えへへー。ごめんね。久しぶりにクレスちゃんを見たから、嬉しくなっちゃって。」


 はにかみながら妾を解放するシェリア。


「あのー、姫様。......じゃなくて、クレスティナ...さま。そちらの方は?」


 うむ。まぁ、及第点としておこうか。


「紹介するぞ。我が友、シェリアだ。」


「シェリアだよー。よろしくね!えーと......」


「クレスティナ様付きのメイドを務めております、ルキナと申します。以後お見知りおきを...シェリア様。」


 うやうやしくスカートの裾をつまみ上げ一礼するルキナ。


「えへへ。よろしくね、ルキナちゃん。あと、様はいらないよー。なんかムズムズしちゃうし。」


「あっ、はい。それではシェリアさんと......」


 シェリアはその言葉を待たずにルキナの両手を握り、笑顔の花を咲かせる。


「ねぇねぇ、クレスちゃんとルキナちゃんはお買い物?」


「そうさな、予定もなく町をぶらぶらしておったところだ。中々、新鮮で心地よい。そういうシェリアこそ......その、リートと一緒ではないのか?」


「うん。今はアンジェリカおねーちゃんとお庭でお稽古中だよ!見に行ってみる?」


 行こうと口を開きかけた瞬間、歯を光らせ腕組みをした全裸の下郎リートの姿が頭をよぎる。うむ。なんと品の無いことか......


「いや、会わずともよい。」


「そっかー。じゃあじゃあ、クレスちゃんもルキナちゃんも朝ごはんって食べた?」


 ......そう言えばまだ朝食をとっておらぬな。自覚した途端に急に腹の虫が騒ぎ始める。


「いえ、まだ朝食はとっておりませんが。」


「なら、ちょーどよかった!ワタシも今から朝ごはん食べに行くところだったんだー。一緒に行かない?とってもおいしーんだよ。」


「それはもしや、あの茶会でシェリアが言っておったヒストリカなる食事処か?」


「うん。そーだよ。グロ爺の朝ごはんはいつもおいしーけど、二人と一緒ならもっともっとおいしくなると思うんだー。」


 うむ。俄然、興味と食欲が湧いてきた。シェリアと食事をするのもあの夜以来。


「よし、シェリア。妾とルキナも動向させてもらおう。」


「クレスティナ様。私もご一緒してよろしいんですか?」


「何を呆けたことを申すのだ。当然であろう。ついて参れ。」


「はい。......はいっ!」


 子リスのような大きな目をさらに丸くしながら笑顔を見せるルキナと共にシェリアの背中についていく。


「あの...クレスティナ様。先程、お話に出たリートと言う方が......」


「そうだ。此度の動乱を治めた英雄たる男の名だ。」


「......なるほど、クレスティナ様にとっての王子様はその方でしたか。」


「んなっ!......ばばばばば馬鹿者!戯れ言を申すな!」


「すみません。クレスティナ様の嬉しそうなお顔を見ていましたら、口が弛んでしまいました。」


 夢の中で見た噴水広場を抜けて大通りを進んでいく。我が領民たる者達の活気に後押しされるように知らず足どりは軽やかに。


 今までの鬱屈としていた気分は晴れていき、


「ここだよー!クレスちゃーん!」


 視線の先で大きく手を振る友達シェリアと一緒に朝食をとるべく、妾とルキナはこじんまりとした店内に足を向けるのだった。

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