第一章 ⅩⅤ コール ユア ネーム

15 コール ユア ネーム



 ―――我が忌名は黒翼の魔弾。汝ら異邦の民を統べ、律し、正しき道へと導く者なり。民達よ、我が声を聞け。民達よ、我が元に集え。さすれば、我が寵愛と黒翼の祝福を汝らに与えよう。我が暗黒の異能を以て、この世界を破壊し、再構成する。それこそが我が寵愛。我が覇道。


 その覇道の手始めにグリグラン皇女クレスティナ。貴女を我が寵愛を受ける妃の一人として迎えいれたい。心配なさらずとも良い。我が寵愛を受けた者はすべからく皆、法悦の極みに至ることになる。


 麗しの姫君よ。嗚呼、貴女は既に我の虜である。闇夜に浮かぶ二つの月が満ちる時、貴女の心は黒翼の魔弾に撃ち抜かれることになるだろう。―――



 .........アイタタタタ!読んでるこっちが居たたまれなくなるレベルでキマってしまっている。なんだコイツ?マジで書いてるのだとしたら、相当ヤバい。中二病とストーカー気質オマケにナルシストのトリプルパンチとか救いが無さすぎる。


「ボクは先に読ませて貰ってはいたけれど。...ねえ、リート。君の時代の日本人はここまで頭が悪くなってしまったのかい?先達としては、かなり残念なんだけど。」


「あぁ、中にはこういう輩もいたりするけどさ。大体、年を重ねて行くにつれて大人しくなってくものなんだけどな。そもそもなんで日本語なんだろうな?」


「さあね。もしかしたらこの世界の言語体型も把握出来ていない段階なんじゃないかな?ボクでも読み書きに一週間、日常会話に一週間くらいは掛かったしね。まぁ、この...なんだっけ。まだん君でいいんだっけ。...がどういった人物であれ、こんな稚拙な犯行声明を送り付ける為だけに、人一人の命を奪ってることに代わりはない。...たぶんゲーム感覚なんだろうね。元からそういう素養があったのか、異能の性質上のものなのかはまだ判断がつかないけれど。」


「ねぇねぇ、リート、メイちゃん。お手紙にはなんて書いてあったの?」


 お姫様を抱き締めたまま、きょとんとした表情で問い掛けるシェリア。このままの内容を朗読する気にはとてもなれないし、そんな勇気も無い。


「ざっくり言うと、"僕の名前は黒翼の魔弾。クレスティナ皇女殿下のことが好きになってしまったので、僕だけのお姫様にするために今晩あなたをさらいに行きます"みたいな感じ。」


 露骨に形の良い眉をしかめるシェリア。コイツがここまで嫌悪感を露にするのは珍しい。


「なんだか、ヤな感じがするお手紙だねー。ワタシその人キライかも。そんな人にクレスちゃんをあげちゃうなんて絶対にイヤ!」

「はっきり言ってゴミ以下ですね。」

「ちょーっと、救いようが無いお馬鹿さんよね。」


 おぉ、女性陣からフルボッコである。


「妾は!...妾はこやつを絶対に赦さぬ。ディールは......妾が幼少の頃からずっと側に居てくれた真の忠臣であったのだ!それを斯様な下らぬ戯れ言のために......命を奪われるなど...」


 お姫様がその小さな身体を震わせ目尻までいっぱいに涙を堪えながら、それでも王族として足を踏み出して、


「グリグランが第一皇女クレスティナ・クナート・グリグランの名に於いて、そなた達[紫光の尖翼アメジスト フェザー]に命じる!我が身を護衛するだけでは足りぬ!必ずこの逆賊を打ち倒し、捕らえ、妾の前まで連れて参れ。そのためにはどんな助力も惜しまぬ!よいな!!」


 凛とした良く通る声で王族としての威風を纏い毅然と言い放った。


「はっ!御身を守護する盾として、そして逆賊を誅する剣として[紫光の尖翼アメジスト フェザー]の誇りを胸に皇女殿下を御守り致します!」


 その皇女殿下の言葉を受けたアンジェ姐さん...いや、アンジェリカ・ノーマン団長は雷翼の戦神として宣誓の言葉を高らかに吼える。その様子を眺めていた、グリグランギルド組合本部長様はおもむろに席を立って、


「......と言ってもこんな狭苦しいところに皇女殿下を缶詰にしとくワケにもいかない。......そこでだ。ボクにいい考えがある。アンジェリカ...まだ部屋に空きはあるだろ?」


「ええ。メイちゃんも皇女殿下もお泊まりさせる分には全然問題ないわ。そろそろお昼だし、屋敷に戻ってお茶会の準備しなくっちゃ。シェリアちゃん、セレナちゃん、お手伝いして貰っていいかしら?」


「いいよー、アンジェおねーちゃん。クッキーの作り方も教えて教えて!」

「シェリアちゃんと一緒なら、喜んでお手伝いします!」


「リートはボクと一緒に皇女殿下の護衛。この後の流れとしては、あまり大人数でぞろぞろ動いても目立つだけだ。先にアンジェリカ シェリア セレナの三人で屋敷に戻ってもらう。」


 えーとつまりは、


「先発組を見送ってから、俺とメイそれにお姫様の三人で後からアンジェ姐さんの屋敷に向かうって感じになるのか?」


「そういうこと。午後のお茶会にはルネッサも来るみたいだしね。そこで今後の作戦会議でもしよう。アンジェリカの屋敷なら、皇女殿下も不便無く快適に過ごすことも出来るからね。」


 なるほど。あの手紙の内容からしても、まだん君は自己顕示欲の塊みたいな感じだし、昼間のうちに行動を起こすとは考えにくいか......


「それじゃあ、私達は先に屋敷に向かうわね。シェリアちゃん 、セレナちゃん行きましょうか。皇女殿下、屋敷でお待ちしておりますわ。失礼致します。」

「クレスちゃん、また後でねー。美味しいクッキー、頑張って作っておくからね!」

「あぁっ、シェリアちゃん!待って!走ると危ないよ!」


 そう言葉を残して、三人はメイの執務室を出ていった。執務室に数瞬の静寂が訪れる。


「......のう、アビィーノ。そしてそこな下郎よ。」


 その沈黙を破ったのは意外にもお姫様だった。てか、下郎って俺のコトかよ。下郎とか使うの○ウザーくらいだろ。...色々すげぇな、このお姫様。


「はい。皇女殿下。」

「はいはい。なんすかね、お姫様。」


「気を使わせたようだな。妾にもなんぞ出来ることがあれば、力になるのもやぶさかではないのだが......」


「そうですね。それなら、皇女殿下にも脱いで貰いましょうか......後鬼!お願いできるかな?」


 メイが待っていましたと言わんばかりに扉の外に向かって声を掛けると、すぐさま採寸用のメジャーを片手に持った後鬼が執務室にその姿を見せる。


「流石にそのドレスを着て町中をウロつくっていうのは目立ち過ぎるので、今から皇女殿下にはボクがセレクトした服に着替えて貰います。採寸から縫製、仕上げまで後鬼ならば一時間もあれば仕立て上げるでしょう。なぁに、ちょっとの間...天井のシミの数でも数えている間にパパっと済みますので...お体の力を抜いて楽になさって下さい。」


「......うむ。そういうことであれば好きにするがいい。」


 なんと聞き分けのいいお姫様。シェリアがお姫様の壁を取っ払ってくれたお陰か。


「リート!!」


 そういうことか!任せてくれ!師匠マスターメイ!!


「了解だ!お姫様の採寸やお着替えタイムの間、俺は外敵に備えてで待機して、生暖かい目で警護任務につけばいいんだな?!任せろ!!」


「いや、出てってよ。」

「下郎、疾く去ぬるがいい!!」

「............」


 後鬼までもがこちらに含みを持たせた視線を寄越す。いやだなぁ、冗談ですよ?



 皆様のご期待に答えて、執務室を後にする。残念なことに分厚い扉とメイの強固な封印術に遮られてしまい、中の様子を伺い知ることは出来ない。うん、しょうがないね。このまま、事が終わるまで大人しく待っていよう。その気になれば龍神の加護を使って音くらいは拾えそうだけど、そんなことのために使ってしまうのはいささか気が引ける。


 

 扉の外でそのまま待つこと一時間。


「リート、もう入って来ても大丈夫だ。」

 

 部屋の中からメイの声が届く。と同時に軋みを上げながら開いていくドアの向こうには装いを新たにしたお姫様の小柄なシルエットが像を結んだ。


 メイのコトだからと、多少予想はしていたがドンピシャだ。視線の先にいたお姫様はシックでありながら各所にフリルがあしらわれた可憐なメイド服をその身に纏っていた。


「のう、アビィーノ。この装いは確かに動き易いのだが、いささかスカートの丈が短すぎるのではないか?」


 頬を赤らめながらフリフリのスカートの裾を両手で押さえるお姫様。綺麗に結い上げられた髪も下ろしたようで、お姫様の動きに合わせて腰まで届く銀髪がしゃらりと揺れる。


「ほら、リート。いつまでもジロジロと眺めていないで、気の効いた感想の一つでも皇女殿下に言ってごらん。」


 メイが意地悪そうな視線を俺に寄越す。


「あぁ、なんつーか月並みな言葉で恐縮なんだが、良く似合ってると思う。いや、お姫様にメイド服が似合うって言うのも失礼かもしれないけど、それでも十二分に可愛いんじゃないか?ドレス着てた時はとんでもなく綺麗だな、とは思ってたけど、こっちの方が俺個人としては好みだ。」


 当たり障りの無い世辞なんぞどうせ言われ馴れてるだろうから、そのまま思ったことをしっかりとお姫様の眼を見つめて口に出す。


「んなっ?!ななななな。......かわいい?......妾が?なっ、なんたる無礼な!そこに直れ下郎!!妾を可愛いと申したのか?!あまつさえ、好みだなどと!!」


 全身を震わせて耳まで真っ赤にしたお姫様が俺の方を指差す。うん、何かこう...アレだ。からかいたくなると言うか、嗜虐心をくすぐられると言うか......


「俺は思ったことを言っただけだよ。どっからどう見たって、お姫様は可愛いし、綺麗だ。アンタみたいな人を嘘でもブサイクだなんて言えないだろ。それとももっとこう、大袈裟に褒めちぎった方がよかったのか?」


「そーゆー問題ではないわ!バカモノーっ!軽々しく婦女子にそのような言葉を掛けるでないと言っておる!妾がそんな言葉一つで胸をときめかせるワケなかろうが!ホントのホントなのだからな?!」


 うん。このお姫様おもしろいな。そんなコトをつらつらと考えながら、ワタワタと慌てるお姫様の様子を観察していると、


「ハイハイ。リートもあんまり皇女殿下をからかわないように!そろそろいい時間だし、ボク達もノーマン邸に向かうからね。」


 手を打ち鳴らしながら間に入るメイ。


「後鬼、後のことは君とカルメンに任せる。今晩中にケリをつけるつもりだから、すぐに戻るよ。」


 主人からの命を受けて後鬼はいつもの様にこくりと頷き、黒洞の瞳を伏せる。


「さて、皇女殿下が着ているメイド服にはボクお手製の認識阻害のしゅが働いているからこのまま町中に出てもまず問題はない。けれど、一応念には念を入れておく。あくまで皇女殿下は何処にでもいる普通のメイドとして、振る舞って貰います。」


「わかった。して、どのように振る舞えばよいのか?」


 お姫様がやや緊張の面持ちでメイに向き直る。


「そうですね。いきなりシェリアの様にというのも無理があるので、試しにリートと少し練習をしてみましょう。」


 メイお得意のキラーパスがこっちに向かって飛んで来る。


「分かっていると思うけど、これから先、リートも皇女殿下をお姫様って呼ぶのも禁止。ボクもこれ以降は皇女殿下をクレスティナって呼ぶからね。いいかい、クレスティナ?」


「う、うむ。やってみせようではないか。では、コホン。」


 気合いをみなぎらせたクレスが咳払いをして、口を開く。


「おい、そこな下郎!!」


 ......なんも変わっていなかった。


「今のはどう考えても0点だろ!?想像以上にポンコツだぞ?このお姫様!」


「ハイ。リートもクレスティナも減点1だね。今度はリートから。」


 そうだ。シェリアのようにクレスの壁を壊していけば...


「なぁ、クレス...そこまで難しく考えることないだろ。さっき、シェリアに友達になってくれ、って言った時みたいに素直に感情を吐き出してみりゃいいんじゃないか?......俺もお前の友達だと思ってくれていい。」


 気の強そうな瞳を一瞬だけ、大きく見開くクレス。


「げろ...いや。り...リートも......妾の友達に...?なって、くれるのか?」


 少しぎこちなさは残るが徐々に砕けていくクレスの口調。


「本来こういうコトでなったりするもんでもないんだろうけどな。切っ掛けはどうあれ、俺もシェリアもお前と友達になるのは大歓迎だからな。」


「そう...か。そうであるなら、妾も......その...嬉しい...ぞ?その...リートよ。」


 俯き加減に目を伏せて、一生懸命に言葉を繋いでいくクレスが微笑ましい。これなら問題ないんじゃないか?


 そう思いながら、メイに視線を向けて判断を煽る。


「うん。なんとか見れる様にはなってきたね。ギリギリ及第点かな?」


 不安そうな表情のクレスにニッコリと微笑むメイ。それを受けたクレスの顔もほころび始めて、


「よし。それじゃあ予行練習も済んだし、アンジェリカの家に向かうとしようか。」


 ガタリと席を立って扉に向かうメイ。


「ほら、行くってよ。ぼやぼやすんなクレス。」

「わ...分かっておるわ!...リート!」


 先を行く俺とメイに追いつこうと駆け出すクレスの足音が軽やかな色彩を伴って廊下に響き渡った。

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