第一章 ⅩⅥ リンケージ

16 リンケージ



「ちょっと、リートさん!これはどういうことですの!!」


 アンジェ姐さんの屋敷の庭にて優雅に始まったティーパーティー。その最後のメンバーであるルネッサ副団長は、当初の予定とは大分違う参加者の姿を確認するなり、鼻息を荒くして何故か俺に突っ掛かってきた。


「いや、俺に聞かれても。成り行きとしか......」


「どういった成り行きがあれば、皇女殿下がアンジェリカ様の庭園で紅茶を召し上がるような状況になるんですの?!」


 全くもってルネッサさんの言うとおりである。だが、その皇女殿下の身が不貞の輩に狙われているこの現状。副団長たるこの女傑には仔細漏らさずに説明するべきだろう。


 ......かくかく、しかじか。


「.........という感じで今の現状に繋がっているワケでございます。」


「なんとも簡潔かつ分かりやすい説明でしたわ。なるほど、道理で本部が色めきたっていたワケですわね。......ところでリートさん。どうして皇女殿下の御召し物がメイド服になっているのかご存知でして?」


「あぁ、そりゃ決まってるじゃないですか。我らが本部長様の趣味っすよ。」


 これから数時間後に待ち受けているであろう大捕物劇への緊張感など毛ほども見せずに、マイペースに両手に持ったティーカップを動かし続けるメイの姿を視界に収めたルネッサさんが溜め息を漏らす。


「まぁ、あの人ならばそうなさるでしょうね。分かりました。遅参の身としてはまずご挨拶せねばなりませんわね。それでは失礼。」


 見事な曲線を描く量感たっぷりのケツを右に左にプリプリ動かしながら、ルネッサさんはクレスの元に歩みを進める。グリグランギルドの男性団員の中で、乳のアンジェリカ 尻のルネッサと並び評されるだけの魅惑的な肢体を眺めつつ俺は腰を落ち着けた。


「あれー、リート。ルネッサちゃんはもう行っちゃったの?せっかくワタシが焼いたクッキー食べてもらおうと思ったのにー。」


 俺のややほんの少し僅かばかりの邪念を感知したようなタイミングでこちらに駆けてくるシェリア。


「えへへー。今度は上手に焼けたんだー。ほら、リートも食べてみて?あーん。」


 そう言って笑顔を弾けさせながら、シェリアは香ばしい匂いを漂わせたクッキーを俺の口に放り込む。


 軽い食感とともに口の中に素朴で優しい甘味が広がる。特になんの捻りも無いクッキーのはずだが、どうしてこんなにも美味いのだろうか。


「うん。美味いな。......シェリア、また上手になったんじゃないか?」


「えへへ。でしょ、でしょ?!アンジェおねーちゃんにね、美味しくなるとっておきの魔法を教えてもらったの!」


「うん?魔法って?なんなんだ?」


「あのねー。食べてくれる人達がもっと笑顔になりますようにー、ってお願いしながら作るんだって!みんながもっと、リートがもっともっと喜んでくれますようにーってお願いしながら作ったの!だから、今回のは大成功!ぶい!えへへ。」


 そのシェリアの眩しい笑顔を見ていると、先ほどの邪念はどこか遠いところにファラウェイしていった。


「すげー美味かった。ありがとな、シェリア。」


「ならね、ご褒美ちょーだい?ていっ!」


 どこかいたずらっぽい声色でシェリアは俺の膝の上にその体を預けてくる。丁度お姫様抱っこしたを状態で椅子に座ったらこんな感じになるのだろう。


 俺の首に両手を絡めてきたシェリアの吐息がすぐ近くに感じられて、無遠慮に押し付けられるシェリアの柔らかい感触もそこに波状攻撃を仕掛けてくる。


「ねえ......リート?ワタシにも食べさせてよぅ。」


 艶かしく動くシェリア桜色の唇。


「ねっ?ごほーび、ちょうだい?」


 首筋に感じるシェリアの腕の力が僅かにきゅっと込められて.........


「なっなっなっ......なんたる破廉恥っ!!恥を知れリートッ!!!」


 顔を真っ赤にして綺麗な銀髪を振り乱しながらこちらに駆け寄ってくるクレス。つい数時間前までのお姫様然とした印象は薄れつつあった。


「あっ、クレスちゃんも食べるー?えへへ。自信作なんだー。」


「うむ。いただこう。」


 ポリポリ サクサク

「ポリポリ サクサクではないわー!!!おい、リート。我が友シェリアの清らかな身体に何をするつもりであったのか?!」


 ついにノリツッコミまで披露する段階まで、俗世に染まったお姫様クレスが俺に向かって矢の様な視線をブン投げてくる。


「いや、普通にシェリアにクッキー食べさせてあげようとしただけだが......それに見てただろ?この体制は不可抗力だ。」


「そうだよ、クレスちゃん。これはふかこーりょくなんだよ?」


「よいか?我が友、シェリア。婦女子たるもの、婚姻の儀を行うまでは自身の身体を男性に許してはならぬのだ。その様にホイホイと簡単に身体を預けるべきではないのだ!」


「......こんいんのぎ?ってなーに?リート。」


 俺の首に回した手はそのままに首をかしげながらこちらに問い掛けるシェリア。


「うーん。簡単に言っちまうと、お互いのことが大好きな男と女がお婿さんとお嫁さんになるための儀式かな?」


「ふーん。なるほどなるほど。ねえ、クレスちゃん。お嫁さんになったら大好きな男の人といっぱいぎゅーってしても怒られないの?」


「う...む。まぁ、そういうことにはなるのではなかろうか。」


 クレスのなんとも歯切れが悪い返答を受けたシェリアが口を開いた。


「...ならね、ワタシがリートのお嫁さんになればいいのかな?」


 その瞬間、優雅にお茶を口に運んでいたメイが、アンジェ姐さんが、セレナちゃんが、ルネッサさんが、同時にお茶を吹き出した。


 吐き出された紅茶の滴がキラキラ陽光に照らされ光る。あぁ、綺麗だなー。


「まぁ、そういうことになるので......ってヴぇぇぇ???!」


 皇族が決して口にしてはならない声色で激しく動揺するクレス。然もありなん。


「そういうことなんだって!ねぇねぇ、リート?ワタシをリートのお嫁さんにしてくれる?」


 とんでもない爆弾を無邪気な笑顔と一緒にこちらに寄越してくるシェリアのルビーの瞳を見つめる。


 俺が......シェリアと。...結婚。

 白状してしまうと既に俺はシェリアにゾッコンだ。コイツが四幻神の姫で、人間ではないのだとしても最早些末な問題になっている。そもそも最初の出逢いの時点で、龍体化していたシェリアを見て可愛らしいと感じていたのだ。ある意味では一目惚れなんだと思う。


 だが、出逢ってから二週間ちょいのこの期間で、スキンシップの質 量共に並のカップル以上だとは自負しているが、肝心要の互いに愛を囁き合うような場面は皆無だった。シェリアはことある毎に俺に素直な好意を伝えてくれてはいたが、それがライクなのかラブなのかの判断が俺には良くわからなかった。その結果、問題を先送りにして、なぁなぁに過ごしてきた自身の不実がここにきて一気に俺に精算を要求してきたのだ。


 答えは決まっている。あらゆるしがらみや、互いの立場を全てブン投げてしまえば"イエス"しかありえない!......だけど。


 ごくりと喉をならす。


「ありがとな。シェリア。まだ言ってなかったかもしれないけど、俺もシェリアが大好きだ。お前のコトをいつだって抱き締めてやりたいと思ってたし、この先もずっとずっと一緒にいたいって思ってる。これはホントの気持ちだ。」


「リートぉ......ふえっ。」


 見つめたシェリアの瞳からじわりじわりと涙が溢れる。


「あれっ、何でだろう。えへへ。おかしいね。悲しくないのに涙が止まらないよぅ...」


 ポロポロと零れ落ちる真珠のひかりを目に焼き付けて続く言葉を紡ぐ。


「だけどな...お前はまだ旅の途中のハズだろ?結婚っていうのは本人同士は勿論だけど、それぞれの家族や友達と一緒にその幸せを分かち合って初めて家族になるんだと思うんだ。だから、俺はお前のママやばあやさんともしっかりと話をした上で、お前と一緒になりたいって思うんだ。」


「それって、今すぐお嫁さんにはなれないってコトなのかなぁ...リート。」


 頬を濡らし続ける涙をぐしぐしと手のひらでこするシェリアの頭を優しく撫でて、


「ばーか。心配すんな。今すぐじゃなくても、どんなことが起こっても必ずお前を俺のお嫁さんにしてやる。それまではな...」


 涙に濡れるシェリアの手を固く握る。指を互いに絡ませて、離れられないように。


「こうして俺がお前をずっと掴まえといてやる!こうしていればシェリアは俺から離れられないだろ?」


 シェリアと出逢ったあの日。蒼天の下で無邪気な笑顔と共にシェリアが俺に言ってくれた言葉をそのまま送る。シェリアの瞳が一瞬大きく見開かれて、


「うえぇぇぇぇん!リィートぉーーー!!大好きだよぅーーー!!ずっとずっとずっとずっと一緒にいるもん!どんなことがあってもずっとずっとずっとずっとずっとリートの側にいるもん!!ふえぇぇーん!」


 全身で俺に抱きついてくるシェリアの身体を優しく受け止める。シェリアの胸元に光る銀細工のブローチにシェリアの涙が一筋落ちた。瞬間、

 那由多の先にある時の流れのその刹那


 俺達二人は互いの鼓動をはっきりと耳にした。どくんどくんどくんどくん。あの時よりもはっきりと感じる俺達の龍脈ライン。鼓動に合わせる様に蠕動を繰り返す幻素エーテルの脈動。そして、今ここにしん成る契りは果たされる。


「ハハハッ。まさかこのタイミングで至るなんてね!本当に面白い弟子達だ!リート!シェリア!ボクの後に続いて言の葉を詠んでくれ!!」


 メイの声が聞こえる。言の葉を、俺のシェリアへの想いを紡いで詠う。


 メイちゃんの声が聞こえる。言の葉を、ワタシのリートへの想いを紡いで詠う。



「誓いを此処に。我、人の身に在りて汝の翼を恋願う者也。」

「誓いを此処に。我、龍の身に在りて汝のかいなを恋願う者也。」


「なればこそ、我は何も求めず。只ひたすらに汝の身を腕に収め、」

「なればこそ、我は何も求めず。只ひたすらに汝の身を翼に乗せて、」


「共に地を」

「共に天を」


「駆けるために契りを交わさん。」

「翔けるために契りを交わさん。」


 祝詞のりとを詠いあげると同時に、シェリアのブローチ―祈りの翠石が目映い光に包まれその形を変えていく。


 俺達二人の前に浮かぶ、月の光を宿した二つの白銀の指輪エンゲージリング。その中央に燦然と輝く紅蓮の光石。


「さて、最後の仕上げだ。もう、言わなくてもわかるだろう?」


 目の前のリングをそっと右手にとり、もう一方の手でシェリアの手を優しく握る。シェリアも同様に指輪を手にして、俺に向かい合った。


「あんまり気の効いたコトは言えねぇけど、ずっと俺の隣にいてくれないか?シェリア。」


「えへへ。そんなの当たり前!だってワタシ、リートのお嫁さんになるんだもん!」


 互いの薬指に契りの証を通していく。これで完全にシェリアと繋がったのだと確信し、その熱に突き動かされるまま、どちらともなく唇を近づけて......


 人と龍神の契りの儀はここに幕を下ろした。

.........ハズだったのだが、


「んむる。......ちゅるっ。ンっむぅっ。はァ、ンム......れる、れぅ、ちゅむ。コレ、しゅごいの。頭の中がぽかぽかして、何も考えられなく......なっちゃうよぅ。ンムっ...もっと、んちゅ。もっとぉ......レる...」


 完全に蕩けきった表情のシェリアの舌が俺の口内を嬲り、絞め、舐め、蹂躙し続けることおよそ20分。ひたすらに求め続けるシェリアに必死に応えてはいたものの、そろそろ限界が見えてきた。


「えへへ。なんだろう。もう、がまんできないや......ンムっ。」


 再び、俺の唇に吸い付くシェリア。そしてそのまま俺の身体を強引に押し倒す。


 えっ?ちょっと、待って?!この流れって結構マズい気がする!だってホラ、みんな見てる!?キスだけならどうにかなるけど、それ以上は?!


 助けを求めて視線を必死に巡らせる!メイはお茶を片手にニヤニヤ。アンジェ姐さんも微笑みを絶やすことなくアラアラ。セレナちゃんは指の間からチラチラ。ルネッサさんは頬を赤らめながら何やらモジモジ。頼みのクレスに至っては一時的な幼児退行を起こしてバブバブ。


 これはもう俺自身の力でなんとかするしかない!流石に初体験が美女の視線に囲まれる中でフィニッシュとか、なんかもう色々道を踏み外しそうな気がする!


「んむっ。ぷはっ!一度落ち着こうシェリア!な。この先に待っているものはお互いに初めての未体験zoneだ!!俺とお前の大事な大事な初体験だ!!楽しみは最後の最後まで取っておいた方が、この何倍もスゴいことになるハズだ!!だから、先ずは落ち着いて周りを見て、みんなと一緒に楽しいティータイムを続けないか?!」


 途中から自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。...がシェリアに届いたのだろうか、動きがピタリと止まる。


「......これのもっともっとスゴいやつ。うん。がまんがまん。みんなも見てるし......きっとリートと二人きりの方がもっともっとスゴいこと......出来る。ふわふわでとろとろのスゴいやつ。えへへ。」


 熱に浮かされる様に呟くシェリア。股がっていた身体からすっと力が抜けていくのを感じる。......助かった...のか?


「えへへ。じゃあねじゃあね、約束して?リート。今晩お家に帰ってきたら、もっともっとふわふわでとろとろにしてくれるって!」


 もう今度こそ後には引けない。今晩、俺は大人の階段を昇ることになるのだろう。そのためには邪魔くさいまだん君をサクッと締め上げる必要がある!


 この胸に宿った愛と性欲ラブアンドパッションを拳に込めて、俺は決意も新たに立ち上がったのだった。

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