第一章 ⅩⅣ ワールドイズマイン
14 ワールドイズマイン
手早く受付でクエストの達成報告を済ませた俺は、そのままシェリアとセレナちゃんを連れてメイの執務室に足を向ける。
いつもなら俺とシェリアが一緒に歩いているだけで行き交う団員から冷やかしのヤジが飛んでくるのが常なのだが、本部内は皇女殿下の話題で持ちきりのご様子。すんなりとメイの執務室まで辿り着くことが出来た。
「あれっ?ゴキちゃんだ。いつもならお部屋の中にいるのに...」
シェリアの言うとおり、執務室の前にはいつものメイド服に身を包んだ後鬼のすらりとしたシルエットが佇んでいる。その表情からは何も読み取ることは出来ないが、シェリアの声を受けた後鬼は虚ろな黒洞の瞳をこちらに寄越して、ぺこりと一礼した。短めに切り揃えた青髪がはらりと揺れる。
「後鬼さんっていつ見てもお綺麗ですよね。東洋のオーガだって話は伺いましたけど、まるで信じられません。」
...とその一糸乱れぬ流麗な動作に見惚れるセレナちゃんが溜息混じりに呟く。
「ねぇねぇ、ゴキちゃん。メイちゃんいるー?あーけて。」
シェリアの顔を見やり、こくりと頷く後鬼。続けて執務室の分厚い扉に手をかざして、その手のひらから蒼炎で形作られた梵字が浮かび上がった直後、ギギギと扉が開いていく。
「おはよー、メイちゃん!今日もよろしくお願いしまーす。」
「メイー!皇女殿下が来たってホントなのかー?!」
「あうぅ、私も一緒に来ちゃったけどよかったのかな?...失礼します。」
三者三様に好き勝手に言葉を吐きながら執務室へと入っていく俺達。
見れば部屋の中には三人の姿。一人は体の倍以上ある背もたれにちょこんと体を預ける、我らが本部長
そして最後の三人目は......誰だよ?
女の子?ちゃんとメシを食っているんだろうかと心配になる程に華奢な体つき。その体を包む、真っ白なドレス。その肩口から覗く繊細な鎖骨はガラス細工のようで...。まるで、お姫様だな。
なんともまぁざっくりとした感想を頭に浮かべて、目の前にいる長い銀髪が綺麗に結い上げられた少女の後ろ姿を目に収めた。
「......あれ?えっ?......でも、ウソ?!待って、なんで?だって私、見たんです!」
銀髪の少女の姿を見たセレナちゃんが、あわあわと両手を動かしながら混乱した声をあげる。
「やぁ、おはよう。リートにシェリア。それにセレナもいるのか。まぁ、いいかな。
にこりと微笑み、通常業務用の束帯を身に付けたメイが口を開いた。その瞬間、混乱がピークに達したセレナちゃんの声が執務室に響く。
「なんで、皇女殿下がまだここにいるんですか?!!」
うん?......皇女殿下?
「あぁ、セレナや他の団員たち。町の住人が見ていたのはボクの式だよ。影武者...って言っても君たちには馴染みはないかな。様は分身のようなものさ。本人と寸分違わない精巧なコピーだ。」
...この陰陽師ホントになんでもアリだな。
「じゃあじゃあ、メイちゃん。この娘がホンモノの皇女殿下なの?」
「そう。彼女こそ、このグリグラン領を統べるアルザガード・クナート・グリグラン王のご息女の...」
「よい。アビィーノ・セイ・メイ。その先は妾の口から名乗るとしよう。」
全く軸をぶらさない芯のある動きでこちらに振り返るお姫様。その動きに合わせてドレスの裾がふわりと翻り、
「妾こそ、アルザガード・クナート・グリグランが一子にして、第一王位継承権を持つ皇女。クレスティナ・クナート・グリグランである。先ずは頭を垂れよ。そこな町人。」
優美な動きで片手を掲げながら、グリグランのお姫様は王族の威厳いっばいに自己紹介をしてくれた。
「あっ、どーもはじめまして。皇女殿下。俺、じゃない僕。うん?なんか違うな。私って......のも浮いちまうか。どれがいい?シェリア?」
「リートはリートだよ!きっとどれでも大丈夫!あっ、ワタシの名前はシェリア!よろしくね!えーと、クレスティナだから...クレスちゃんだ!」
「ふ...二人とも。もう少し畏まって!でも、そんな自由なシェリアちゃんが好きっ!あの、私はセレナ・カプリカと申します。皇女殿下に置かれましては御機嫌麗しゅう?...でいいのかな。」
取り敢えず三人でお姫様に頭を下げてご挨拶。
「......のぅ、アビィーノ、アンジェリカ。この不敬極まる者共もグリグラン随一の手練れと言われる[
どうやら、ご機嫌を損ねてしまったらしい。まぶたをひくひくさせながらお姫様はメイとアンジェ姐さんに視線を向ける。
「えぇ、皇女殿下。そこの三人はどれも非凡な才の持ち主です。少々、世間知らずなきらいもありますが、こと専門分野では皇女殿下のご期待に沿える者たちです。私、アンジェリカ・ノーマンが保証致します。」
アンジェ姐さんが笑顔を崩すことなくフォローを入れてくれる。
......ってなんか、今のアンジェ姐さんの言葉の中で何かが引っ掛かる。なんだろ?
「あのぅ、発言よろしいでしょうか?私の聞き間違いかもしれないんですが、なんだか私も[
それだ!!
セレナちゃんがおずおずと手を上げながら、不安そうな声色でアンジェ姐さんに問い掛ける。
「あぁ、そのことね。ウチの
「......あわわわわわ。」
正に泡を食っているセレナちゃん。
「やったね、セレナちゃん!ワタシ達、おんなじギルドになるんだって!これからもっと一緒にいられるね!」
シェリアはセレナちゃんの両手を握ってその場でぴょんぴょん跳ねる
「シェリアちゃんと同じ...もっと一緒に......クエスト上がりのお風呂で.........一緒にっ.........!」
「......のぅ、アビィーノよ。そなたのところはいつもこのようなザマだというのか?ここまでガン無視されると妾も少々ツラいのだが。」
「ええ。まぁ、おおよそ平常運転ですね。ほら、君たち!盛り上がってるところ悪いけど、クレスティナ皇女殿下が寂しがってるから!!もっと殿下の相手をしてあげて!!!」
小ぶりな手をパンパン叩きながら俺たちに注意するメイ先生。なんか、メイもだんだん地が出て来てないか?
「えへへー、ごめんなさーい。......えっと、ごめんねクレスちゃん。でも大丈夫!ワタシ達、もうお友達だもん!もう寂しくなんかないよ!」
トトトっと軽やかな音を立てて、お姫様の目の前に駆け寄りいつものシェリアスマイル。
「おともだち......妾とそなたがか?」
「ソナタじゃないよぅ!シェリアだよ?」
なんという古典的なボケとツッコミ。だがそれがいい。何より二人とも可愛いし。
「フ、フン!よかろう、妾の...その...えと、お...お友達として!そなた...じゃなくて、その...シェ...シェリア...を。あの......」
ドレスをぎゅっと握り閉め、顔を真っ赤にしながらお姫様は一生懸命シェリアに向けて言葉を紡いでいく。
なんか、このお姫様。応援したくなるな。がんばれー、クレスちゃん!
「...シェリアを...妾のお友達として...。妾と...お友達に...なってくれるの...シェリア?」
お姫様の上目遣いがドーン!!なんたる破壊力か!!!
「うん!お友達!!ワタシとクレスちゃんはお友達だよ!」
メイはニヤニヤと、アンジェ姐さんはニコニコと、セレナちゃんはアワアワと、そして俺はホクホクと、様々な視線が二人の顛末を見守る。
「よーし、面白いものを見せてもらったよ。いい働きだシェリア。流石はボクの教え子だ。...そして皇女殿下も一息ついたら如何でしょうか?お顔が真っ赤ですよ?お茶でも御淹れしましょうか?」
「ふ、フン!そなたに任せる!よしなに!」
ここにきてまさかの"よしなに"回収である。死ぬ前に一度は聞いてみたいお嬢様語録はこれでコンプリートだ。
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後鬼が淹れてきてくれた紅茶の香りが執務室を包み、それぞれ好き勝手にお茶菓子を摘まみ始めた頃合いに、
「ねぇねぇ、なんでクレスちゃんはここに来たの?」
シェリアがクッキーをポリポリしながら、肝心な
......完全に忘れていた。本来の俺達がここに来た目的はソレだった。
「そうだね。......アンジェリカ、頼めるかな?今回のクエストは君たちへのご指名だ。」
カップを両手で掴み、ちびちびと中身を啜るメイ。
「えぇ。皇女殿下もよろしいでしょうか?」
「よい。雷翼の戦神に全てを委ねよう。」
「んーー!!このクッキー、スッゴく美味しいよ!!ほらほらクレスちゃん!口開けてみて?あーんって!」
「う、うむ。あーん。ふむ...ふむ。」
「えへへ。どーお、美味しいよね?」
「シェリアちゃん!私にも!あーんして下さい!ほら、あーん!」
うん。みんな楽しそうでなによりだ。
「それで依頼内容ってのは......この状況から何となく予想は出来るけど。」
「あらあら、じゃあ答えてみて?リート君。しっかり、自分の頭で物事を考えられるようになってきたわね。後でいい子いい子してあげる。」
「......護衛任務だろ?それも、依頼が来たのは今日じゃなくて、何日か前。多分、今日 お姫様が
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..............................えっ?なに、この沈黙?やっぱ間違ってた感じ?!ヤバい、めっちゃハズいんだけど!
「......本当に君はリートなのかい?今朝のグール討伐でリートは既に死んでいて、何者かがリートに化けているとか?まさかここまで普通に物事を考えられる弟子だったとは、
「リート君、大正解よ。どうやら、しっかり私の言いつけは守ってるみたいね。いい子いい子だけじゃなくて、今日はお姉ちゃんが一緒のお布団で寝てあげようかしら......」
なんだ。この反応は?そこまで俺はバカだと思われていたのか?
「リート君の言った通り、大筋はそれで正解。犯行予告というか、皇女殿下の周囲で不可思議な事件が起こったのが三日程前になるわ。」
「そこから先は妾が話そう。」
口の中のクッキーを紅茶で流し込んで、お姫様が席を立つ。
「妾の近衛を勤めていた忠臣の一人が、突然公務の最中に乱心しおってな。
その先の結末を思い出してしまったのか、お姫様の顔が青ざめ身体がカタカタと震え出す。その様子を見たシェリアはその肩をそっと抱き寄せて、
「大丈夫だよ、クレスちゃん。これからはワタシもいるよ。セレナちゃんもメイちゃんも。それにアンジェおねーちゃんもリートもスッゴく強いんだよ!ばーん、どーんって!だから大丈夫!だいじょうぶだからね......」
そう言ってお姫様の頭を優しく撫でる。
「その近衛が自刃をした後に残されていた、
メイの指に挟まれた一片の便箋。その中身を確かめにメイの執務机まで足を向ける。でも、あれ?なんで解読不能なのに内容が犯行予告だと解ったんだろう。
「そう。
そう口にしたメイが開いた便箋には血文字で......
この世界の人間には決して読み取ることの出来ない文字で......
俺にはひどく馴染み深い文字で.........
その便箋には
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