第一章 ⅩⅢ マイ ホームタウン

13 マイ ホームタウン



「そちらに行きましてよ、リートさん!!一撃で仕留めなさい!!」


 崩れかかったその身体のあちこちから腐臭を漂わせ、こちらに猛然と突進してくる屍食鬼グールの姿を目の端に捉える。口としての原型を留めていない口腔から酸性の涎を振り撒くその姿が余りにも痛ましくて、早く楽にさせてやらなければと鬼種の籠手に包まれた拳をその頭部に突き立てた。


 腐肉を打った時特有のぐちゅりという感触と共に赤紫の体液を飛び散らせながら四散するグールの頭部。くずおれるようにその場に倒れたかつては人間だったものの残骸が動かなくなる様を確認して息をついた。


「ふー。」


「いいことリートさん。貴方は貴方の成すべき事をした。ただそれだけ。貴方が気に病む必要はありませんわ。」


[紫光の尖翼アメジスト フェザー]の副団長であるルネッサさんがレイピアに付いた体液を拭いながらこちらに向かってくる。


「いえ、大丈夫っす。ここでコイツを仕留め損なったら、倍々にどんどんグールが増えてっちゃうんですよね?被害が出る前に食い止めることが今回の依頼内容だったし、俺もギルドの一員としてしっかり働きたいんすよ。」


「なら結構ですわ。貴方もようやくギルドメンバーらしくなってきましたわね。アンジェリカ様の薫堂の賜物ですわ。後始末はわたくしがやっておきます。貴方は先に本部に戻って受付でクエスト達成の報告を。」


 俺の肩をそっと叩いて、グールの死骸に体を向けるルネッサさんから漂うアンジェ姐さんとお揃いの香水の匂いがふわりと香る。


「了解っす。あっ、そーだ。ルネッサさん。」


 危ねぇ、忘れるとこだった。


「なにかしら?」


「アンジェ姐さんが今日の午後から屋敷でお茶会するからルネッサさんも来てくれって言って...」

「行きますわ!!必ず!どんなことが起ころうとも万難を排して馳せ参じるとアンジェリカ様にお伝えになって!!!私のアンジェリカ様への忠誠は未来永劫不滅であると!!」


「いや、長ぇっす。覚えらんないですよ。」


「それでもお伝えになってくださいまし!!よろしくて!!」


 そう、コレコレ。マジで"ですわ"口調のお嬢様っているもんなんだなー。"よろしくて"とかあっちじゃ絶対聞く機会なんてなかったもんな。あとは"よしなに"が聞ければコンプリートなんだが......


「そんじゃ、俺先に戻ります。お疲れ様っした。」


「えぇ、貴方もいい働きをしてくれましたわ。お疲れ様。」


 ルネッサさんの言葉を背中に受けながら洞窟の出口に向かって歩みを進める。


(おうおう、人間のボーズ助かったぜ!あのグール俺達の仲間を手当たり次第喰っちまうようなヤツだったからよ!これでアイツ等も少しは浮かばれるってもんだ!ありがとうよ!!)


 洞窟の出口に差し掛かる辺りでその声を響かせたのは、ここら辺一帯を仕切っているボアの頭領だった。


「アンタらもこれで少しは楽になったんなら良かった。代わりと言っちゃー何なんだけどさ、あんまり付近の農家の作物を荒らさないで欲しいんだ。こっちにも結構被害届けが出てきてる。あんまり度が過ぎちまうとアンタらへの討伐依頼が出てきちまう。後味悪くなるのはお互いに面白くないだろ?必要最小限に留めてもらってもいいかな?」


(まぁ、ボウズには世話になったしな!下のモンにもしっかりと言い聞かせといてやるよ!それじゃあ、アバヨ!)


 あちらの猪より一回り大きな体躯を揺らしてボアはその場から立ち去った。



 [紫光の尖翼アメジスト フェザー]に入団してから早二週間。俺とシェリアの生活は目まぐるしいスピードで変化を伴いながら、瞬く間に過ぎていった。


 先ずは俺達二人の新しい住居。流石にカルメンさんの紹介とは言え、あの広々としたえっちな空間を俺達二人でずっと占有すると言うのは、俺の理性にもグリグランに数多存在するカップルにもよろしくないのでは、と考えアンジェ姐さんに相談したところ、


「それなら、心配しなくて大丈夫よ。私の屋敷に滞在すればいいわ。一人で使うには大きすぎるのだもの。遠慮せずにリート君もシェリアちゃんも私の家にいらっしゃい。」


 と菩薩の笑みを浮かべながら俺達二人を受け入れてくれた。アンジェ姐さん、マジ団長。



 そしてその団長っぷりが違う意味合いをもって、俺の身に襲いかかってきたのもそこからだった。クエスト依頼の無い日は朝飯前と晩飯後の計二回。雷翼の戦神による怒気怒気吾苦吾苦ドキドキワクワクの個人レッスンが始まったからだ。


「先ずリート君には龍神の加護に頼らない闘い方を身に付けて貰うわ。身体の頑強さに依存した闘い方に馴れてしまえば、それだけ致命的な隙を生む可能性も増えてくる。そんなみっともない真似はこの私が許しません。」


 と鬼子母神の笑みを浮かべながら、俺の目の前に突撃槍を向けてくるアンジェ姐さん。マジ、団長。


 誰だよ、勝率二割とか言ってた陰陽師は。一日トータルでいいとこ五発くらいしかアンジェ姐さんにまともな攻撃を浴びせることは出来なかった。


 そんでもって、その陰陽師。師匠マスターメイによる召喚術講座。メイ曰く、


「身体が極度の疲労や脱力状態の方が、幻素エーテルの揺らぎを感知しやすいし、自分の意識の奥深くまでトランスして潜っていけるようになるからね。アンジェリカとの稽古が終わったらノンストップでボクのところまで来るように。龍神の加護のコントロールを早く身に付けたいんだろう?なら、最短距離で効率よく修行しなくっちゃね?」


 と久しぶりの氷の微笑を俺に見せつけてきた。


 まぁ、そんな地獄のダブルヘッダーの甲斐もあり、意識的に龍神の加護のオンオフをコントロール出来るようになって、ようやっと自分の身体との付き合い方も見えてきた。


 だが、そんな新生活の中で俺以上に見違えるような変化を見せたのはシェリアだった。メイやアンジェ姐さんを始め、グリグランで出会った人達との交流がシェリア自身の自意識をいい意味で成長させていったのだ。


 当初は俺の行くところであれば何処にでも着いてきたがるのがシェリアだったのだが、


「あのね、リート。ワタシね、これからメイちゃんのところでワタシ達四幻神よんげんしんの事やこの世界で生きてる人間さんの歴史を勉強しようと思うの!リートが頑張ってるところを見てたらね、ワタシも頑張らなきゃーって思ってね、今日メイちゃんにお話したら、いいよって言ってくれたの。えへへ。リートがいないのはすっごく寂しいけど、それでもワタシ頑張ってみたいの。......ダメかな?」


 シェリアは俺の手を握り閉めながら、強い意思を宿した瞳を真っ直ぐ俺に向けてきた。正直こちらもとてつもなく寂しい心持ちにはなったのは否定出来ない。


 それでも、シェリア自身の眼で世界を捉えて考え答えを出す、その過程も結果もシェリアにとって間違いなく大きなプラスになると考えた俺は、いつものようにシェリアの頭を撫でながら笑って送り出すことが出来たのだ。



 洞窟を抜けてグリグランへの街道をひた走る。道中にちょくちょく出くわすモンスター君達も今じゃ顔馴染みになってしまい、やたらとフレンドリーに話しかけて来るようになってしまった。どいつもこいつも中々話せるヤツで同じ個体でも性格は全然違ったりするのだ。


「お前らあんまり俺以外の人間の前に出てきちゃダメだかんな。うちのギルドは基本無駄な殺生は禁じてるから穏便に済むけど、他所からやってきたイキりちらした馬鹿どもはゲラゲラ笑いながらお前らを殺しにかかってくる。自分の身は自分で守るんだ。いいか。」


(はーい、じゃーねー。リートー!)

(お疲れ様ー!シェリアにもよろしくねー!)

(私的にはアンジェリカさんが好みです。)


 端から見たら大分キマっちゃってる光景である。......のだが、なんだかんだでこれも馴れてしまった自分の神経の太さに呆れてしまう。


 繁殖期なのかやたらと元気のいいお友達に見送られて、ようやくグリグランに帰ってくる。タイムはそれなりに上々。身体も絶好調だ。


 感謝祭はすでに終わっているのだが流石は城下町。相も変わらず人々の活気に満ち満ちた大通りを進んでいると、


「おう、リート!さっきシェリアがこっちに顔見せよってな。アレじゃ、なんじゃったか。...アレじゃ!ベーコン頬張りながら、ギルド本部に向かってったぞ。ほれっ、持ってけ!」


グロ爺が変わらぬアレアレ節を炸裂させながら、俺にもベーコンを投げて寄越してきた。ホントに旨いんだよな。このベーコン。...何の肉なのかは未だに謎のままだ。


「あんがと、グロ爺!依頼金が入ったらまたシェリアと食いに来るから!ランチタイム頑張ってな!」


「馬鹿タレが!心配されんでも一人で捌ききって見せるわ!若造め!とっとと、走らんか。今じゃったらシェリアにも追い付くじゃろ!」


 似合わない気遣いをするグロ爺にバイバイをして、人波の間を縫うように小走りで駆け抜ける。いつもと変わらない町並み、喧騒、匂い。


 ......程なくして、その先に見えてくるギルド本部とシェリアの赤髪を確かめ気持ち速度を上げる。


「......くんくん。この匂いはリートの匂いだー!えーと、後ろ!」


 振り返ったシェリアの姿が目の前から一瞬消える。地を這うような鋭い動きで一気に間合いを詰めた後に、その勢いを殺さず俺の鳩尾に向けて突っ込んできて...


「ぐぼぁ!」


 シェリアの全霊のハグを受け止めた俺の身体から苦悶の声が漏れた。


「えへへへへ。アンジェおねーちゃんに教えてもらったの!縮地ってゆーんだって!どうしても逃がしたくない時に使う技なんだって!」


「お、おう。腕を上げたなシェリア。やるじゃんか。」


 危うく朝メシをリバースしかけたがなんとか持ちこたえ、シェリアの頭を撫でる。


「えへへ。リートもお疲れ様!ルネッサちゃんは?一緒に行ったんでしょ?」


「先に戻って本部に報告しておいてくれってさ。あと、お茶会にも来るって言ってた。」


「そっかー。楽しみだなぁー。」


 俺の体から離れ手を後ろで組んで、鼻歌混じりに本部までの道を進んでいくシェリア。


「ワタシもね、これからメイちゃんのところに行くつもりだったんだー。」


「あぁ、さっき俺もグロ爺に会ってな。そこでシェリアが本部に向かってるって聞いたから、追っかけてきたんだ。」


「じゃあ一緒に行こっ?えへへ。ゴエツドーシューだよ?」


 シェリアはわざわざこっちまで駆け寄ってきて、俺の腕に両手を絡ませる。ここ最近のシェリアは一緒に過ごす時間が少なくなった反動なのか、やたらとスキンシップを要求してくるようになった。うん、こっちとしては大変素晴らしいことなのだが......


 こういうタイミングになると決まって彼女は現れるのだ。まるで何処かで俺達の姿を観察しているように...


「シェリアちゃーん!!!リートさーん!!!」


 ほらな。


「あっ!セレナちゃんだー!おーい!」


 綺麗な三つ編みを揺らし、何かの魔導書を小脇に抱えてこちらに走ってくるセレナちゃん。いつもならば蕩けた表情でシェリアに抱きついてくるはずなのだが、今日は何か様子がおかしい。


「どーしたの、セレナちゃん。そんなに慌てて。」


 俺達の前まで結構な全力疾走で走ってきた様子のセレナちゃんが肩で息をしながら、


「大変なんです!!本部が!本部に!」


 要領を得ないながらも、かなり切迫した表情で俺達に迫る。


「落ち着いてセレナちゃん。先ずは息を整えなきゃ。そっからゆっくり話してみよう。」


「ハァ、ハァ、ハァ...ギルド本部にっ、皇女殿下がっ!お越しにっ、なられて!!」


 ギルド本部に皇女殿下がお越しになられて、そう言ったみたいだ。


「ねぇねぇ、リート。皇女殿下ってあのお城に住んでる人だよね?」


 シェリアが指差した先に聳え立つグリグランのシンボルである王城。いつ見てもすごくおっきいです。


「あぁ、凄く偉い人らしいぞ。」


 グリグラン滞在期間が僅か二週間ちょいの俺達にとっては、それがどれ程とんでもないことなのかが今一ピンとこない。


「それで、セレナちゃん。そんな高貴なお方がなんだってギルド本部に来るんだよ?まさか皇女殿下直々にクエストの依頼とかをしに来ちゃったりするわけが......」


「しに来ちゃったりしたんですよ!!しかも[紫光の尖翼アメジスト フェザー]をご指名で!!今は上も下も大騒ぎです!」


 ...なんだかキナ臭い感じになってきたな。

 詳しい話はメイかアンジェ姐さんに直接聞いた方が早そうだ。


「セレナちゃん。それで皇女殿下はもう帰っちゃったのか?」


「あっ、はい。お帰りになられましたけど。」


「よし、じゃあメイのところに行って直接聞いてみよう。流石に皇女殿下がいるところには入っていけないけど、今だったら大丈夫だろ。」


「よーし、セレナちゃんも行こ?ゴエツドーシュー!」


 セレナちゃんの手を取ったシェリアを中心に、俺達は今だ騒ぎが収まらないグリグランギルド本部へと足を踏み入れた。

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