第一章 ⅩⅡ ウェルカム!!

12 ウェルカム!!



「カァールメェーンー。ボク言ったよね?まだ話しちゃ駄目だって?話したでしょ?アンジェリカに。リートとシェリアのコト。」


 閉会式がつつがなく終わり、続く打ち上げパーティーの準備が進められる中、メイは既に割れかけている笑顔の仮面を張り付けてカルメンさんを見上げる。


「だってよー、あんなん見せられて黙ってるなんてアタシにはムリムリ。それにアンジェリカは半分くらいは勘づいてたぜ。修練場でのコトは。」


「ぐぬぬぬぬ。カルメンの口の軽さを侮っていたボクの失態なのか......」


 メイはその小さな体を僅かに震わせながら、何やら小声でブツブツ呟いてその場をぐるぐると回りだす。


「ねぇねぇ、リート。さっきのおねーさん、ワタシ達とお友達になりたいって言いにきたのかなぁ?」


「うーん。ニュアンスとしては間違っちゃいないけど......」


「ならさならさ、ワタシはお友達になりたいよぅ。えへへ。グリグランに来てからね、お友達がいっぱいできてワタシうれしいんだー。トルネソのおじさんでしょ、カルメンさんにメイちゃん。ゼンキちゃんにゴキちゃん。それとねーセレナちゃんも!」


 指を折りながら満面の笑顔を咲かせるシェリアの姿が夕陽に照らされてキラキラと光る。


「だよな。シェリアならそう言うと思ってた。」


 そんなシェリアの頭を撫でながら、絶賛ぐるぐる回転中のメイに声を掛ける。


「メイ師匠せんせー。俺達、アンジェリカさんのギルドに入るのは全然イヤじゃないんだけど。」


 メイの体がピタリと止まって、


「リート......いいかい。アンジェリカのギルド[紫光の尖翼アメジスト フェザー]は名実共にナンバーワンのギルドだ。そこにポッと出のルーキーが入るなんてことになれば、君とシェリアは好奇と羨望、嫉妬の視線に晒されるコトになるんだよ?それでもいいの?」


 そうか、それを心配してくれていたのか。なんだかんだでいい師匠せんせいだ。


「でもよー、今の時点でそのルーキーの後見人が我らが本部長様なんだろ?その時点でバッチリ目立ってるって話だ。ならよ、いっそのコト超大型ルーキーとしてデビューさせちまった方が、変な虫がブンブン飛び回るのを牽制出来るんじゃねえか?」


「うーん。確かにそういう見方もあるのかもしれない。珍しくマトモな意見を言うね、カルメン。召喚術をボクが...体術をアンジェリカが...リート、覚悟は出来てるかい?シェリアはともかくとして、君は超ハードモードになるよ?」


 この二日間で人間をやめつつあるらしい俺の状況を考えると、なるべく早目に龍神の加護とやらのコントロールを身に付けた方がシェリアのためにもなるんじゃないか?


「俺はそれで構わない。」


「そうか。吐いた唾は飲めないからね。それに途中で諦めてしまったら、それこそいい笑い者になってしまう。それだけは肝に命じておく様に。」


 そう言って伏し目がちに、トコトコこちらに歩いてきたメイは俺の腹を両手でポコポコ叩きながら、


「でも、いいかいリート?君の師匠はあくまでボクなんだ。アンジェリカはその次。ボクが一番なんだからね?」


 久しぶりの女の子モードを見せて、頬を赤らめ上目遣いでこちらを見上げる。


「なんだよ?そっちが本音なんじゃねぇか。可愛いところ、あんじゃんさー。メイちゃん。」


 カルメンさんに茶化されたメイの顔が耳まで赤くなっていく。


「メイちゃん、メイちゃん。顔がりんごみたいに真っ赤だよー。だいじょうぶ?」


「ぐぬぬぬぬ。」


 二回目のぐぬぬぬぬ、頂きました。


「前鬼!あのバカエルフにお仕置き!大至急だ!!」


 ノーモーションで前鬼を呼び出した我らの師匠マスターメイ。そしてその命令を忠実に実行するべくカルメンさんにジリジリとにじり寄る式神。


 いつの間にかパーティー会場へと装いを変えつつある闘技場に、カルメンさんの悲鳴が木霊した。



 グリグランの町を照らしていた夕陽が沈み、街頭の灯りがぽつりぽつりとつき始めた頃、満を持してトーナメント打ち上げパーティーは開催された。


「グリグランギルド組合に所属する勇敢な冒険者たち諸君。この一年、そして今回のトーナメント、よくぞここまで働いてくれたね。本部長としてボクは非常に嬉しく思う。今日のこの場はそんな君達を労う場として、ささやかながらボクが用意させてもらった。今夜は無礼講だ。好きなだけ食べて呑んで歌って笑って、周りの人に迷惑を掛けないことを大前提としつつ、大いに楽しんで欲しい!それでは、今後のグリグランギルド組合の成功と発展を祈願して.........」


「「「「「「かんぱーい!!!!!!」」」」」」


 メイの乾杯の音頭と共に人種種族の垣根を越えたグリグランの冒険者達の宴が始まった。


 目の前に数々のご馳走を前にしてお預けを食らっていた食いしん坊ドラゴン娘が脱兎の如く駆け出して、両手の皿に次々と料理をモリモリと盛っていく様を眺めていると、不意に後ろから声が掛けられる。


 振り向いた先に居たのは絢爛な甲冑を脱ぎ捨て、その豊満な肢体を包み込む艶やかな紫色のドレスを身に纏ったアンジェリカ・ノーマンだった。


「リート君。さっきは突然ごめんなさいね。ビックリさせてしまったわよね?だから改めて自己紹介を。私はギルド[紫光の尖翼アメジスト フェザー]のギルドマスター。アンジェリカ・ノーマンよ。ちょっと名前が長いから、アンジェって呼んでもらって結構よ?」


 言いながら緩やかにウェーブを描く金髪を、そっと右手で耳に掛けなおすアンジェさん。ふわりと香る香水の香りが否応なく彼女の女性らしさを全面に押し出して、自然とその胸元に深く刻まれた谷間に視線がいってしまう。


 なんたる自制心の無さか。だって仕方がない。男の子だもん。


「俺の方こそ自己紹介が遅れてすいません。リート・ウラシマ 駆け出しの召喚士サモナーです。えーと、アンジェさん。」


「リート、リート!いっぱい見たコトのない料理もらって来ちゃった。えへへへへー。見て、見て!」


 既に三人分はありそうな大量の料理を両手に持って満面の笑みで戻ってくるシェリア。


「それで、今戻ってきたのが......」


「あっ、さっきのスゴいおねーさん!えーとねー、アンジェリカさんだ!ワタシ、シェリアって言うの!よろしくね!!」


 シェリアは相も変わらずの天真爛漫な表情でアンジェさんの側に近寄る。さぁ、どういったリアクションを取るんだ、雷翼の戦神?!


 アンジェさんの胸、いやおっぱい、じゃなくて全身がぷるぷると小刻みに揺れて......


「かわいいーー!!シェリアちゃん!よろしくね!!それと、アンジェリカさんなんて呼び方しなくていいわ。私のことはアンジェ......いえ、アンジェお姉ちゃんって呼んでちょうだい!んもう、ホントに可愛い娘ね!私の眼に狂いはなかったわ!」


 出会って早々にキャラ崩壊は始まっていた。


「あっ!リート君も敬語は必要ないわ。リート君も可愛いし、お姉ちゃんって呼んで。」


 シェリアの頭をその豊満な胸に抱き締めながら、やや垂れ気味なエメラルドの瞳をこちらに向けるアンジェさん、いや...


「じゃあ、アンジェ姐さんで......」


「うーん、そこはかとなく違う響きになってるけど、それでもいいわ。よろしくね、リート君。」


「むぐむぐ、アンジェおねーちゃん。柔らかくてあったかいけど、ちょっと苦しいよぅ。」


「あらあら、ごめんね。シェリアちゃん。苦しかったわね。よしよし。」


 そう言ってシェリアの頭を撫で続けるご満悦なアンジェ姐さん。この人はセレナちゃんとはきっと違う性癖ベクトルの持ち主だ。あちらの世界で言うなれば、そう!紛うことなき、お姉ちゃん属性!迸るその慈愛の精神であらゆる男を蜂蜜漬けにしてしまう魔性のお姉ちゃんだ。


 その一部始終を眺めていた数人のギャラリーが俺達の存在に気づき始めてにわかにどよめく。


(おい、あそこにいるのって昨日乱入したっていう、無窮ワンドレスの...)

(あの赤い娘だけじゃなく、なんでアンジェリカさんまで......)

(あの二人......尊い。)

(もしかして、本当にあんなガキんちょが...)

(なんか噂では後見人がメイ本部長だって......)

(マジかよ......なんだそのハーレム。あたまおかしいですね。)


 妙に既視感を覚えるヒソヒソ話が俺達を中心に巻き起こり始める。予想はしていたが、ここまで大人気になるとは......


 そのざわめきを感じ取ったボクっ娘メイド陰陽師 マスターメイがこちらに近付いてくる。......どうでもいいが、魔改造され過ぎだろ。初登場の時のミステリアスな感じは何処にいったのか...


 前鬼と後鬼が二人で用意した1メートルほどの台座に登ったメイが口を開く。


「よいしょっと、突然だけどここで今大会の優勝者であるアンジェリカに優勝賞金とその他もろもろの贈呈式を執り行うよ!」


 もう半分以上破れかぶれになったメイが大きな声を上げる。その声に合わせて広がっていくアンジェ姐さんへの称賛の拍手と口笛の嵐。


 わざわざこのタイミングを見計らっていたということは、既にメイとアンジェ姐さんの間では話がついているのかもしれない。


「一先ずはおめでとうアンジェリカ。また腕を上げたみたいだね。あのガラムを完封するとは流石といったところだ。そんな君に優勝商品の贈呈をするよ。今回は大サービスで副賞として、君の希望をなんでも叶えてあげよう。君は何を望むのかな?」


「そうですね。メイちゃんを一晩私の妹として可愛がるっていうのも捨てがたいのですけど......」


 ...この人、割と本気で言ってる!


「ここにいるリート・ウラシマ君とシェリアちゃんを我がギルド[紫光の尖翼アメジスト フェザー]のメンバーとして迎え入れたいと思います。」


 穏やかな微笑と共に放たれたアンジェ姐さんの宣言を受けたギャラリーが水を打った様に静まり返り、やがて少しずつギャラリーがざわつき始める。


 これを収める秘策無しにメイが事を起こすなんてことは考えにくい。どうするんだ...メイ!


「わかった。と言ったのはボクの責任だ。その希望を認めるよ。本日付けで召喚士サモナーリート・ウラシマとシェリアは正式に我がグリグランギルド組合の冒険者として登録、並びに[紫光の尖翼アメジスト フェザー]のギルドメンバーになることも認めよう。これはボクの本部長権限に基づき正規の手順に乗っ取って履行される。異論はないね、アンジェリカ。」


「ええ、ありません。」


 ギャラリーのどよめきが最高潮まで達して、


「それじゃあ、新たなボク達グリグランギルド組合の同胞を迎え入れよう!リート、シェリア!こっちに来るといい。」


 まさかの秘策キラーパスがこっちに飛んできた。丸投げかよ!!


 もう覚悟を決めるしかない。シェリアの身の安全だけは俺が身を挺してでも守りきる!そう、自分に言い聞かせシェリアの手をとりながら壇上に上がる。


「おらー!リートぉ!シェリア!いつまでもイチャついてねーでなんかおもしれーコト言え!オラ!!」


 酔いどれエルフカルメンさんのヤジに律儀に反応を見せたシェリアがスッと前に出る。そして恐れることなく、はにかみながら眼前のギャラリーに言葉を紡ぐ。


「えっとね、えへへ。こんないっぱいの人達の前に出るのはワタシ初めてなんだー。それでね、リートとグリグランにやって来たのが昨日でね。このグリグランの人達はワタシ達にとっても優しくしてくれて。...ワタシ初めてだったの。お友達をつくるのも、あったかいご飯をみんなで食べるのも...」


 シェリアの言葉を受けたギャラリーはいつの間にか口を閉ざし一様に壇上を見つめていた。


「グリグランでね、いっぱいお友達が出来たの!カルメンさんにメイちゃんでしょ。トルネソのおじさんにグロ爺も。ゼンキちゃんにゴキちゃん。それとセレナちゃんにアンジェおねーちゃん!みんなみんな大好き!だからね、もっともっとワタシはみんなとお友達になりたいし、もっともっと色んなものを見ていきたいの!ここにいる大好きなリートといっしょに!!」


 駄目だ。なんでだろう?なんか涙が零れそうになる。こんなん、反則だろ。不意討ちにも程がある。いかん、前が滲む。


「みんな!!ワタシ達のこと、これからよろしくおねがいします!!!」


 勢いよくお辞儀するシェリア。直後、わき起こる拍手の嵐。誰が始めたのか、徐々に大きくなっていくシェリアコール。こいつら、ノリ良すぎだろ!


「おらー!!横でベソ掻いてるリート君よー!!男見せろ!オトコー!!!」


 ホントにあの酔っぱらいは、好き放題言ってくれる!よし、上等じゃねえか!やってやる!


「えー、ご紹介に預かりましたリート・ウラシマです。召喚士サモナーですけど、杖は使いません!」


(知ってんぞー!!なんかアタマ悪そうだしなー!あと爆発しろ!)

(飛び入り試合、結構面白かったぜー!!あと爆発しろ!!)

(お前はシェリアちゃんの何なんだ?!あと爆発しろ!!!)

(シェリアちゃんは私のものです!あと爆発して下さい!!!!)


 ......なんか聞き覚えのある声も混じっていたような。まぁ、いっか!


「じょーとーだ、この野郎!シェリアにコナかけようとする野郎がいたら、先ずは俺んとこ来なさい!全部受けて立ってやる!そんでもって、俺のギルド入団が気に食わないヤツがいたらそれも全部受けてやる!!それと、それと!アンタらみんなノリ良すぎなんだよ!このやろう!!いいヤツばっかじゃねぇか!ちくしょー!!お前らみんな大好きだー!!!シェリアともどもこれからよろしくお願いしまーすっ!!!!」


 途中から何言ってるのかぜんぜん分からなくなったが、この熱気に当てられて腹の中のものを洗いざらいブチ撒けてしまった。


「アーッハッハッハッハッハッ!!いーぞリート!!コノヤロウ!!!あー腹いてぇ!アッハッハッハッ!!合格だぜ!コノヤロウ!」


 ゲラゲラ腹を抱えて笑うカルメンさんに触発されたのか、どっと笑い声が起こり、パチパチと拍手も散発的に起こり始める。


(いいわねー。若さよね!たぶん大人になってから、思い出して身悶えするタイプのヤツよ、アレ。)

(結構、かわいいんだあの子。ちょっと気にいっちゃったかな?)

(中々、活きのいい新人じゃねぇか。面白くなりそうだな。)


 ...などなど、色々なヤジとも歓声ともつかない声が聞こえてくる。どうにか乗り切ったのか......


 すると不意に俺の手がきゅっと握られて...


「えへへへへ。なんかうれしいよ。リート。ほら、もっかい二人てあいさつしよ?」


 頬を真っ赤に染めたシェリアと一緒に前に進んで、手を取り合いながらもう一度深々と頭を下げた。


 こうして、俺達二人の入団式は結果的には成功を収める。だがしかし、壇上を下りた俺達を待っていたのは丁度いい具合に酔っぱらい始めた団員たちの手荒い歓迎だった。


 まだまだ宴の席は続いていく。その輪の中に入り、大いに飲んで食って歌って笑って、かけがえのないその時間をシェリアといっしょに分かち合い、異世界での二日目の夜は更けていった。

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