第一章 Ⅷ 式を駆る者

08 式を駆る者



「おいおい、メイちゃんよー。いつもながらワケわかんねー呪文唱えてねーで、しっかり自己紹介しろっつーの!アンタが会いたいっつーから連れてきてやったんだろーが。」


 カルメンさんの一言で遊離しかけた意識が身体に戻ってくる。横のシェリアも頭の上でハテナマークを浮かべながら、きょとんとした表情で安倍晴明と名乗った少女を見つめていた。


「あぁ、悪かったよ。つい、同郷の人間を見て懐かしさが込み上げてきてね。母国語で喋っていたみたいだ。」


 晴明は異世界こちらの言葉でカルメンさんに笑いかける。


「ごめんね。リート君も突然のことで混乱させてしまったかな。ボクのことは気軽にメイとでも呼んでくれ。ではそれで通っている。」


 微笑を崩すことなく俺達に語りかけるメイ。


「ねぇねぇ、リート。メイちゃんとリートはおなじ郷の人なの?髪の毛の色とか、目の色とかそっくりだもん。」


 そうだ。メイが語ることが全て真実だとするなら、そういうことになる。俺と同様、異世界こちらに転移してきた日本で最も高名な伝説の陰陽師 安倍晴明。


 と言っても、その人となりに関しては荒唐無稽のフィクションで得た知識しかないこちらとしては、性転換していようが、黒髪ぱっつんロングのボクっ子になっていようが、さしたる問題ではなかった。おそらくメイの姿が俺のイメージ通りのイケメンな陰陽師然とした外見だったとしても、結局のところ現実感と実感は得られないのだろう。


「そーゆーことになるな。俺の国では超の付く有名人だ。誰も会ったことがないくらいの。」


「へえー。メイちゃんってスゴいんだねー。こんなにちっちゃくてかわいーのに。あっワタシ、シェリアって言うの。よろしくね、メイちゃん!」


 椅子に背中を預けているメイの側に駆け寄って、手を差し出すシェリア。


「なるほどなるほど。君はご母堂と良く似ているね。雰囲気自体はそうでもないが、魂の在り方はそっくりだ。」


 わざわざ席を立ち、シェリアの手を握り返したメイの瞳には、何かを懐かしむような感情の揺らぎが宿る。先程メイはシェリアの事をほむらの龍神の娘だと、そう言った。すでに面識が......?


「...??ごぼどー?たましー?」


「ここから先は少し込み入った話になりそうだね。...カルメン。悪いけど少し席を外してもらっていいかい?彼らと話がしたいんだ。それに...そろそろ君本来の仕事に戻ってもらいたい。」


「なんだよー。ここで茶でもしばきながら、ゆっくりまったり職務放棄しようと思ってたのによー。まぁ、本部長様直々に言われちまったらノーとは言えねぇな。りょーかい。行ってくるわ。」


 頭をポリポリ掻きながら、カルメンさんは執務室の出口に向かう。


「リートにシェリア。まぁ、ゆっくりしてけ。後で茶でも届けさせる。それじゃあな。」


「カルメンさんもお仕事がんばってねー!」

「朝メシ旨かったっす。ご馳走さまでした。」


 カルメンさんを見送る俺とシェリア。


「君達も立ちっぱなしはツラいだろ?そこにかけるといいよ。」


 残された俺達は促されるまま、来客用のソファーに腰を落ち着ける。


「さて、何から聞きたいかな?リート君。君の先輩として、ある程度の疑問には答えてあげられるけれど。」


 メイは手に取った髪紐で豊かな黒髪を結い上げながら、執務机に戻っていく。その背に向かって俺は言葉を投げ掛ける。


「アンタが本物の安倍晴明かどうかなんてのは、正直どうでもいいんだ。アンタが俺と同じように異世界こちらにきた存在だってのは、さっきので嫌と言うほど実感したしな。問題はその先だ。どうしてシェリアがほむらの龍神の娘だと知っていたんだ?」


 横にいるシェリアの手を握りながら、気圧されないように下っ腹に力を込めて眼前の少女を見据える。


「結論から先に言ってしまうとね、ボクはシェリアの母親には一度会ったことがあるんだ。その時の彼女の姿は人間体ではなく、龍神の姿だったけどね。そして昨日の夜、公園から飛び立った赤龍の姿。さらにそれが放つ幻素エーテルの波形があの時の龍神にそっくりだったんだよ。そこでアタリをつけたワケだ。」


 ......あの公園での姿を見られていた。いや、メイが本物の陰陽師だとするなら、遠見の術のような千里眼染みた真似は赤子の手を捻るようなものだろう。


「ボクは君たちが愉しそうに花火を眺めている様子を恥知らずにも式を通して見ていたんだよ。その上で、リート君に聞きたいことがあるんだ。」


 メイは常に浮かべていた微笑の仮面を外して、氷の刃そのものの視線と共に俺に問い掛けた。


「君は龍体化したシェリアの言葉が理解出来ているのか?本来四幻神の血族はボク達より遥か高次の存在になるんだ。言葉を交わすことはおろか、聞き取ることすら出来ないはずなんだよ。だが君たちは違う。ボクにすら理解出来ない領域で意志の疎通を可能としている。それは選択をした異能によるものかい?」


 そのメイの問い掛けによって、俺が選んだスキル[異世界言語 EX]というスキルの全容が朧気ながら形を成していく。


「俺が選んだスキルは[異世界言語 EX]。初めはこの世界で日本語が通じないんじゃないかって、ただそれだけの理由で選んだものだったんだ。ここに転移してきて初めて出逢って言葉を交わしたのはシェリアだった。」


 そうだ、その時は単に比較対象と判断材料が圧倒的に不足していた。最初の出逢いでこの世界はこういうものなのだと勝手に自分の中で結論付けて、それ自体が異常な事なのだとは考えもしなかった。


 だとすると、俺が選んだスキル[異世界言語 EX]というものは...


「今の君の話でようやく合点がいったよ。いいかい、リート君。君が選んだその異能の正体はね、この世界の根幹を丸ごと揺るがしかねないとてつもなく危険な代物だ。」


 喉がひりつく。


「この世界のありとあらゆる知性をもつ生物 概念 神性その全てとコンタクトをとり、あらゆる言語の壁を越えて交渉し、合意が得られればノーリスクでその強大な力を借り受け使役出来る。そんな化け物染みた存在として、この異世界に君は転移してしまったんだよ。」


 ...なんだ、そりゃ。ただのおしゃべり便利スキルだとばかり思っていたものの正体がそんな大それた代物なんて普通考えないだろ。


「君のその選択自体はいい判断だったと思うよ。ボク自身こっちに転移してからまず壁になったのはこの世界の言語だったからね。久しぶりだったよ。何かを一から学んでいくという感覚は。幸いボクの陰陽道はこちらでも通用したから、食べるのにも困らなかったしね。今じゃ君と同じ召喚士サモナーとしてこの世界に溶け込めている。君の大先輩というわけだ。」


 そう語ったメイ先輩パイセンは少しはにかんだ様な複雑な笑顔をこちらに向けた。彼女の頭に纏められたポニーテールが揺れる。なんだか急に親近感が湧いてきて、


「あっ、今の話聞いて疑問に思ったんだけどさ、メイ アンタ一体何歳なんだ?」


 ...などとどうでもいい疑問が口から零れる。


 その質問を受けたメイは急にその白い面差しを朱に染めて、節目がちに


「女性にそういった質問をするのは雅ではないんじゃないかな...陰陽師にだって...ボクにだって答えられないものは...あるんだよ?」


 あれだけ泰然としていた、伝説の陰陽師が年相応(?)の反応を返してきた。正直可愛らしい。...がそれを見せたのはほんの一瞬。もとの陰陽師モードに戻ってしまう。


「あぁ、答えたくなきゃそれでいいよ。てか、俺達を呼んだのはこのことを伝えるためだったのか?」


「それもあるんだけど、もう一つ。キミとシェリアを我がグリグランギルド組合の冒険者として勧誘したいんだ。キミはまだこの世界にきてから間もない経験値ゼロの新米召喚士だし、この世界で旅を続けるにしたって、体術だけの脳筋プレイがまかり通るのは序盤までだ。そこでしばらくボクが直々にキミに召喚士としてのイロハを叩き込んで送り出す。横にいるシェリアを守るための力...欲しくはないかい?」


 横にいる、俺が守りたいと思う存在...シェリアの姿を確かめる。



 ......爆睡していた。


 さっきから妙に静かだとは思っていたが、確かにシェリアにとってはどーでもいいクソつまらん話だったんだろう。


「べーこん。きゃらめりぜ。ぎょにくソーセージ。えへへ。」


 うん。平常運転ですね。


 確かに俺自身に宿ったスキルがトンデモだっていうのは分かったし、要は使い方次第のはずだ。現にこのスキルが無かったら横で呑気に寝息を立てるシェリアとこうしていることも無かったワケだし。そもそもこういうレベルアップイベントみたいなものは、大好物だったりする。


「俺だけだったらオーケーだけど、シェリアの意見も聞いてから決めたい。返答はシェリアが起きるまで待っててもらってもいいか?メイ先輩。」


「あぁ、構わないよ。ただ、ボクのコーチはスパルタだからね。覚悟しておくといい。」


 ちらりとメイの笑みにうすら寒いものが見え隠れする。こりゃあ、厄介なことになりそうだ。


「さて、話も一段落ついたことだし一度お茶にでもしようか。シェリアも退屈してしまったみたいだしね。今、ボクの秘書として使役している式神にお茶を持ってこさせるから少し見ているといい。」


 手に取った白い人型の紙に何事かを吹き込み、待つこと数分。果たしてそこに現れたのは、二本の角を頭に生やした長身のメイドだった。


「彼女は後鬼と言ってね。ボクが長年連れ添っている式神の一人だ。」


 後鬼と呼ばれるメイドさんは淀みない動きで、俺達の前にティーセットを並べ始める。......なんでメイドなんだろう。仮にも伝説の陰陽師が使役する式神がメイド服っていうのは......いや、考えようによってはアリかもしれない。試しに聞いてみよう。


「なんでメイド服なんだ?」


「だってかわいいじゃないか。ボクも仕事の合間に息抜きとして着ているよ。」


 なんということでしょう。伝説の陰陽師は、黒髪ぱっつんのボクっ子美少女。さらにメイド属性持ちですと...属性盛り過ぎではなかろうか。


 執務室に紅茶の匂いと、お茶菓子のスコーンやらケーキやらの甘い匂いが充満していく。


 ...ヤツが目を覚ます!


「おかしの匂いだ!どこかな?どこかな?」


「おはよ、シェリア。これからティータイムなんだが、ご一緒しませんこと?」


 満面の笑みでシェリアが答える。


「ごいっしょするー!!わーい!ねぇねぇ、リート!メイちゃん!これ食べていいの?」


「あぁ、味は保証するよ。そこにいる後鬼のお手製だ。」

 メイの奥に控えた後鬼がペコリと一礼。


「ありがと、ゴキちゃん!いただきまーす。」


 スコーンにかぶりつくシェリア。なんかゴキちゃんっていうのは、凄くアレな気がする...そんなどうでもいい思案をしながら、目の前の紅茶で喉を湿らせる。...旨い。


「むぐむぐ。それで、むずかしいお話は終わったの?」


 シェリアは目の前の茶菓子に目を輝かせながら、俺とメイに問い掛けた。


「そのことなんだけどな、メイが俺達をグリグランのギルドに迎え入れたいんだそうだ。そこでこの世界を旅する上で必要なことを勉強して、一人前になってからグリグランを出て旅を続けるっていうのも俺はアリなんじゃないかって思うんだが、シェリアはどうだ?」


「うーん。ワタシはむずかしいことはわかんないけど、リートがやりたいことがあるんなら、それをせいいっぱい応援したいよ。だからね、リートに賛成!」


「ということになりました。メイ先輩。いや、メイ師匠かな?」


 俺達の会話を聞いていたメイが手にしていたカップを置いて、こちらに手を伸ばしてくる。


「わかった。召喚士サモナー リート・ウラシマ。そして四幻神が一柱 焔の龍神の姫 シェリア。我々グリグランギルド組合は君たち二人の加入を心から歓迎しよう!」


こうして俺とシェリアのグリグランでの新生活が幕を開けた。

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