第9章 枯渇
第9章 枯渇
このころから舞へのあてつけが始まった。甘えん坊って馬鹿にされてもかまわない。
(俺は芸能人だったんだぞ。今だって東証1部上場の社員だぞ、給料だって普通の人の3倍はもらってるんだぞ、1つだって舞に褒められたことも労われたこともない!)
僕は家に帰るのが嫌になった。毎晩行きつけのバーで大好きなスコッチを飲みながら、心地よいソウルを聴いて1人悦に入るのだった。アードベッグ、ラガブーリン、ラフロイグ・・・。どれも癖のあるアイラ島のシングルモルト。昔は安いバーボンばかり飲んでいた。今は好きな酒をいくらだって飲める身分になっちまった。小遣い? 馬鹿にすんな。妻に願いを乞うて千円をせびるほど俺は落ちぶれちゃいないんだ。
好きな酒を飲んだらいい気分になってお喋りをしたくなる。
久しぶりにキャバクラに行ってみる。どぎつい消臭剤と香水のような香り。(変わってないな)いまだにユーロビートなるものが存在していて僕の耳をつんざいた。
学生みたいに若い女の子とたわいもない話をする。僕の仕事や昔の話はしない。ただ女の子の恋愛観や好きなことを、「へー」「うーん」「面白い」そんな返事をして聞いているだけ。それでもいくらかは心を和ませてくれる。
毎日朝帰りをするようになった。明け方の始発で帰って昼前に起きる。塾業の特権だ。帰るのも面倒な時は校舎のカギを開けて、職員室で寝る。もう徹夜で仕事なんてしなくなってしまった。仕事中毒で頭がやられてしまう。
好きな小料理屋を見つけて肴と酒を充填すると、またバーへ行ってシングルモルトをロックで舐めるように味わう。舌にまとわりつく甘みと苦み。喉を通る快感。五臓六腑に滲みわたり、ふとお腹に炎が灯ったように体が楽になる。モータウンミュージックとくにマービン・ゲイやジャクソンファイブがここ最近のお気に入りだ。腹に滲みわたったガソリンに今度はアルカポネの細い葉巻を吸う。スコッチとニコチンの混合気体をフーっと吐いて目を閉じる。自分はこの先どうなっていこうか、頭をフル回転させる。
(自分なんてないんだ、他者がいてはじめて自分を認識できるんだ)準はたしかそう言ったっけ。でも疑う自分がいることは間違いないとデカルトは言っている。自分の脳みそなんてわからない、大切なことはわからない。わからないことを知っているとソクラテスは言い放った。ずいぶんと口達者なヤツだ。僕はアルコールで深い思考にはまると急にまた誰かが恋しくなって夜の街を彷徨うのだ。やさぐれていく僕の道徳心。
ピンサロといって、女の子が射精だけさせる店に行った。指名なんてない、と言ったらセーラー服のデブ女が咳をゴホゴホさせながら座席に座る僕にのしかかり「時間かかるね」なんて言われたからぶっ殺そうかと思った。性器が反応さえしないではないか。
赤線街の中国女のたむろしている輪に突撃して「本番2万!アーユーOK?」と一番可愛いと思われる子に声をかけた。いざ本番になったら「オニサン、飲みすぎ?」そう。もう性器が役立たずになってしまうほど時間と歳を重ねてしまった。ますます焦りと虚しさが僕を狂わせた。
病気をもらった。性器が痛痒いのだ。あのピンサロのデブ女のせいだ。昔から素人でないとすぐ病気になる。肌が弱いのだ。泌尿器科に行って診察を受ける。
「クスリ塗って駄目ならまた来てください」「あ、あの先生、実はこっちが役に立たなくて、歳でしょうか? 」「いいけど、シアリスね、保険外だよ」「おいくらで」「1つ2千円」
(ギャー高!)「じゃあ5錠で」「遊び過ぎないように、お大事に」
昔のバイアグラは死語。シアリスは、いまや「週末の救世主」と言われるほど世界に広まっている薬品らしい。飲んで3,4時間から利きはじめ、3日間は持続するという。僕はすがるように、すぐに飲むという意味不明な行動に出た。
デリヘルというやつにも手をだした。ホテルにいれば女の子がやってくる。初めて来たのは、旧人類のヤマンバ。金髪をアゲアゲにしてお化けのようなメイクに派手な服。それでいてやたらに礼儀が正しくてこちらが恐縮した。シアリス効果のお陰で、久しぶりに射精できた。
画像とは違う、所謂パネマジ効果で来た女の子は寸胴で小さくマグロだった。
胸一杯に髑髏のタトゥーがあるその子はやたらと機嫌が悪く本番させるから1万さらに出せと言う。怖いので断った。前と違う子を指名したのにヤマンバがまた来た時には爆笑した。
*
「ねえ、もう話はわかっているでしょ。一緒には暮らせない。お金だっていくら使えば気が済むの? あたし調停をしたいの。もう離婚でいいでしょ、あなただって」舞は二日酔いの僕に離婚宣言をした。
「離婚はどうかと思うけど、離れて暮らす方がいいみたいだね」僕は言った。
「お前は父親失格だ。俺はお前を息子なんて認めんぞ」義父も一緒になってキレた。
僕が家を出た。不動産屋にいって駅の目の前にあるデザイナーズマンションに決めた。コンクリートがむき出しの壁や高い天井、駅まで30秒なのに7万という家賃が気にいった。引っ越しの作業に追われ、みんなに「さようなら」ともいえず引っ越してしまった。
しばらくして、舞から連絡があった。
「とりあえず調停で話し合いましょう、話してください」と舞は「ください」に言い換える。
「離婚後にどうやって子供たちを面倒見ていくのか、そのへんを話し合っておきたいんです」と舞は言った。もう彼女の心は離婚後のはなしになっている。
「ちょっと待ってよ、いつ離婚するって俺たち決めたんだ?」と僕は言った。
「もう戻れないのはわかってる。あたしは無理だわ。悪いけど。」と電話口で先方はあっさりと三行半(みくだりはん)をつきつけやがった。
「まあ、離婚はともかくお互いの気持ちを相談してみよう」と僕は提案した。
調停の申し込みは舞がやった。10月中旬で僕が休みになる平日に決まった。裁判所からの通知だった。自分が裁判所にかかわるなんて夢にも思わなかった。
(離婚? 冗談じゃない、陽香理と聖花も家も失うなんて、ありえない)と僕は頭を左右に振った。
*
調停の日の朝は、舞がマンションまで迎えに来てくれた。普通は夫、妻が別々に裁判所に向かうらしいが、そこまでは険悪ではなかった。車の中ではもっぱら陽香理のこと、聖花のことで会話した。裁判所に着くと4階の調停窓口で名前を書く。
時間が来ると二人は調停室に案内された。机の向こうに温厚そうな60歳前後の鈴木調停委員、女性の佐治調停委員が笑顔で待っていた。二人は名前を名乗ると本題に移った。
「話し合いの結果、お二人が少しでもいい選択ができるようにお手伝いさせていただきます」と鈴木委員は言った。もっと話は長かったが要はそういうことだった。
「まずはなによりお二人がどうしていきたいのか、話を伺いましょう。」と今度は佐治委員が口を開く。こうして夫は待合室1で、妻は待合室3(だったと思う)で別々に離れることになる。舞は佐治委員に、僕は鈴木委員についていって、また違う調停室に通された。
僕は、今はまだ離婚したくないこと、今までの頑張りに労いの言葉がほしかったこと、
あてつけに散財したり迷惑をかけたことにはお詫びしたい、と3点に絞って鈴木調停委員に伝えた。鈴木調停委員は会話の切れどころのたびに「そうでしょう」「あらま」「ああそうですか」と相槌を打った。同情も非難もしない。こうしなさい、ああしなさい、とも言わないのである。
次に再び二人で部屋に通される。
「お話では、涼太朗さんは、離婚を望まれていない。舞さんに頑張りを認めてもらいたい、そしてあてつけに迷惑をかけたことには、謝罪をしたいということです」と鈴木調停委員がまとめた。
「舞さんは、申し訳ないが離婚したい、という結論に至りました。ついては今後の養育費等について話を進めたい、ということです」と佐治調停委員が言った。おおかた事前に聞いていた向こうの考えは変わっていなかった。
「涼太朗さん、あなたはとくに暴力をふるったり、浮気をしたり、といった過失はありません。お二人の考えのどちらかを優先したいのですが、せっかく涼太朗さんがやり直したいというお気持ちがあっても、残念ながら舞さんはそれでは幸せになれないそうです。離婚はお考えではありませんか?」と鈴木調停委員は僕に訊いた。
「はい、少し冷却期間を置いてお互いにもう1度考える時間がほしいです」と僕は言った。
「そうですか、ではまた後日時間を取りましょう、えーと来月は・・・」と日程の調整に入った。
調停はどちらが有利とか不利とかは、僕は感じなかった。しかし、『やり直したいというお気持ちがあっても残念ながら舞さんはそれでは幸せになれないそうです』というのが答えのような気がした。カントやデカルトが読めない僕もそこまで馬鹿ではない。
(どうせ離婚で決着して早く終わらせたいんだろうな、調停委員のひとも)と僕は心の中でつぶやいた。
ただ時間がほしかった。妻も子供も家もこのまま失うのにはあまりに寂しすぎる。もちろん種をまいたのは自分だ。しかし改めて戸籍上もほんとうに1人になる、と思うと悲しい気持ちにもなる。
*
その後、3回、調停は繰り返された。話し合いは平行線のままだった。僕は、自分でもよく粘ったと思う。僕が「離婚します」と言わない限り、こうして仕事の合間を縫って裁判所まで通うことがずっと続くのだ。
もう離婚した場合の慰謝料・養育費までが想定された。グラフによって縦が夫の収入、横が妻の収入とみなして金額が一覧表になって書いてある。就学児2人で、僕の収入だと12万だそうだ。どうせ自分の器量のなさが起こした結果なのだろう。もう万事休すであった。
なにより疲れた。仕事が忙しい。精神的に参った。ネットで調べると半年から1年はかかると書いてある。1年!?そんな気力はない。こっちの脳みそがイカれてしまいそうだ。
*
「んなら、月12万の養育費で、・・・」と僕が言った瞬間だった。二人の調停委員が素早く薄緑色の離婚届用紙一式を差し出した。なんて素早さ。なんて手慣れている!
「ではここに一筆お願いします」と鈴木調停委員が言った。気が変わらぬうちに、と思っているのであろう。そこからは金斗雲の速さのごとし。ソ連が千島列島や樺太になだれ込んできたような、あっという間の落とし方だった。
こうして僕たち夫婦は協議離婚を成立させた。家は娘2人に譲渡し放棄した。住宅ローンは向こうが払うことになった。養育費は月に12万振り込むという約束をした。親権は妻になり、僕は月に1度子供たちと面会をすることができた。おじさんとおばさん調停委員は1回目と変わりなく温厚で笑顔のままだったのが不気味だった。「女は決断したら決して振り向かないんですよ、バーカ!」と笑顔で見送られているような気がした。
*
積み上げた積木がガラガラと崩れていく音。娘二人との思い出。庭の芝生から放たれるムンムンとした香り。夏野菜の色。赤いワーゲン。バツイチで孤独な老後。そういったことがすべてがチクチクと心に刺さって胃が痛くなる。
毎晩、仕事が終わると酒を呷った。
ウィスキーのストレートが、のどをひりひりと通過していくと、もわんとした炎が灯って、ガラスが刺さっていたような傷を麻酔して縫合(ほうごう)してくれた。
(どうか麻酔よ、このまま醒めないで心を灯し続けておくれ)僕はそう祈った。北風がビルとビルの合間を縫って勢いよくマンションを吹きぬけた。寒い部屋だ。マンションの部屋でベッドに潜り込んでひたすらに春を待った。
*
しばらくして僕の父親が死んだ。あまつさえ自死だ。
脳梗塞で倒れたのが原因だった。父は右半身が麻痺して、ほとんど故郷の病院で寝たきりになった。それが突然、何が起きたのかわからないが、「ベランダから見える太平山(たいへいさん)が見たい」と言いだし、周りをびっくりさせた。医師も看護師も奇跡の回復だとリハビリを開始した。もう一度生きる、という情熱が漲(みなぎ)ったように、右足、左足と動かす訓練をして、ついには立ち上がれるようになった。後妻の美(み)佐(さ)枝(え)さんも手放しで喜んだ。そうして片足ずつ一歩一歩と歩けるようになった。このままなら退院もできると医者から言われたのに。
ある日曜の朝、僕の父は太平山が見える病院のベランダから飛び降りて死んだ。
自死するために生きようとする情熱たるや・・・。享年69歳。
*
いったい何が起きているんだろう? 次々にやってくる災厄に僕はただただ打ちひしがれていくしかなかった。現実に向き合うのは、やけどの肌を火に照らすようなものだった。 何かにつけて行動するたび心がひりひり痛むのである。会社には、給与など事務手続きで配偶者離婚や住所変更を申請した。クリック何回かで。これは会社にプライバシーの崩壊を知らせるようなものだった。住民票や免許証など移転手続きも、大変だったがやった。銀行で公共料金や養育費の自動振り込みを申請した。四十九日や父の墓のことで秋田を往復した。
自分で撒いた種なんだ、という事実に急に自分の信念が揺らぐ。
ベッドに潜り込んでPCで、ちと古いがパヒュームの「ワンルームディスコ」のPVを見て眠りこけてしまった。疲れる。疲れた。
「陽香理、聖花、ゴメンなさい」僕は娘たちにひたすら詫びて祈った。
でもね、酔うと心なのかで「自由万歳!好きなように生きてやる!」と叫んでみたんだ。
*
毎晩、仕事が終わると酒を呷った。
好きなこと、したいこと、を徹底的にやってみようと思った。でなければ、こっちの頭がイカれてしまう。離婚して受け取った財産分与なんて貯金する気になれやしない。小金持ちになった。まず爆買い。
ステレオ一式を買った。サンスイのプリメインアンプ、JBLの2ウェイスピーカー、ソニーのCDプレーヤー、など50万。FgN(フジゲン)のジャズベースにスプリットとハムバッカーのピックアップを付けて改造、グレコのレスポールギター、メサブギのアンプなど50万。
自分へのご褒美として、初めて高級腕時計なるものをを買った。F・ミューラーかパテックフィリップで悩んだが、金銀が品よく輝くパネルと大きさに一目ぼれして、ブルガリを買った。値段は恐ろしいから半分はローンにして買った。ついでに財布もブルガリにそろえた。
壁には、アンリ・ルソーの描いたジャングルのリトグラフを額縁を立派にして飾った。部屋の真ん中には天井まで届く巨大なトネリコの木を買った。アボガドの木、バオバブの木、あらゆる観葉植物で天井までを埋め尽くした。できるだけ間接照明をとりいれた。部屋に入れば熱帯の植物園にいるような気分になれた。
夜はこのジャングルのような部屋で、赤ワインかシェリー酒を空けながらグレン・グールドの弾くピアノでバッハを聴いた。
この陶酔感だけが今の自分を慰めてくれた。部屋を暗くして、ろうそくの明かりの中、「ゴールドベルグ協奏曲」を眠るまで何度も繰り返し聴いた。ヘルマン伯爵の不眠症のために雇ったピアニスト。なんて贅沢な時代だろう。窓からさす駅前のネオンが消えると世界は、宇宙は、この部屋の中に凝縮されたように感じた。
もはや酒は僕にとってやる気を高めるものではなく、気分を鎮めるか、酔い覚めの憂鬱感を高めるものでしかなくなった。部屋で1人、酒を飲んでいると心が荒んで落ち込む一方になった。このままではマズイと思い、外へ出るようにした。女の子といれば気分が紛れるだろうと思い、夜の街を徘徊した。
出会いがあって、愛するようになって、デートして、Hする。これを1つの線で考えると出会いだけならキャバクラ2,3万。射精するならピンサロで1万。線の両端でしか、しかもお金でしか満たせないのだ。わかりきってはいるが満足がいかない。
(よーし、キャバクラで女の子を落としてみせる!)僕は性懲りもなく女の子を口説こうと数十回は店に通った。
愛したい、寂しい、不幸だ、死にたい、やりたい、愛されたい、そんな身勝手な考えでしか、自己の精神バランスを保つことができなくなっていた。
*
何事も手を付けると徹底的に学ばないと気が済まないのが僕の悪い癖だ。
キャバクラはオジサンは基本モテナイ。身の上話や蘊蓄(うんちく)は馬の耳に念仏。聞く側になってオーダー(女の子への注文)してあげるだけが切り札となる。
「さきな」という女の子とはよく同伴した。焼き鳥屋ばかりだったが。ヘアメイクの専門学校生。よくメールをしてくれる営業努力に感服。朝起こして、というと定時にメール。仕事が終わるころ労いのメール。今日学校であったことや、ゲームやアプリの話題を送ってくる。ただしこちらの素性に興味なし。腐女子であることがわかってきて即撤退した。自分の恋愛観に恋してるだけ。
「ひなこ」という子ともアフターや同伴した。今度は寿司、しかもサーモンばかり食べる19歳。声が幼い。なんかの専門学校生。僕の話によく耳を傾けてくれる。LINEのじらし方がうまい。実家で暮らしているが、彼女が生計を立てているような様子。どういう家庭なんだ? 専門学校生のわりに、朝キャバにも行っている。恋人がほしい、といつも言うから愛人契約を切りだすと激高して「もしかして体を求めてんですか?」だって。(馬鹿じゃねーか当たり前だろ!)
*
201×年秋。
プルミエという店の女の子は「まゆ」と言った。20歳の女子大生で、近くの大学に通いながらキャバクラで稼いでいる。今のようにマイナンバー制度が無かった時代は学生も多かったのである。黒髪が長くて可愛くて清楚な感じがよかった。フリーから指名に切り替えて、久しぶりにおしゃべりに没頭した。
「涼ちゃんって呼んでよ、歳はいってるけど」僕はそうお願いをした。
「涼ちゃん、よろしくお願いしまーす、まゆでーす」と乾杯。
「今日はお休みですか?」
「ですかも、いらない〈笑〉休みなんてないよ」と僕。
「へー大変なんですね、なんか疲れているかも」
「色々あってね、愚痴るつもりはないから、元気にして」
「じゃあ、手を握ろ、涼ちゃん」(おっ?ご法度OK?僕は驚いた。)
「そりゃまずくね? お触り禁止でしょ」
「あたしがいいんだからいいの。それに変なおじさんには見えないし」握った手はまゆの太ももに置かれた。
「涼ちゃん、手がきれい、指長―い」
「ピアノやらギターやらベースやらやってたからね、指も変形しちまった」
「へー可哀そう。あたし手の大きい人、憧れちゃう、結構、萌えちゃうんだ」まゆは続けた。
「ひさしぶりの指名だから、まゆ嬉しい。いい人そうでよかった」
「いい人なのかな、俺? いい人でも、いいことなんて何もない〈笑〉」
「まゆ、涼ちゃんと出会ったこと、いいことだったと思うよ」したたかな営業戦略。それでも嬉しくさせてくれるのは、悪い気はしなかった。
「今日は学校?」
「そう、眠くて眠くて、死にそうだった」
「若いね。明日土曜日なんだから休みでしょ」
「そう、嬉しー、いっぱい寝れる!」
こんなたわいもない話でさえ、気が紛れる。ましてや40過ぎのオヤジが20歳の女の子と手を握って話をする。日常ではありえない空間に僕はいつの間にか心地よさを覚えていった。仕事の話はしない。最近起こった不幸も話さない。話はもっぱらまゆの恋愛観や学生時代にしたことなどで、あっという間に2時間が過ぎた。LINEや名刺をもらって初日は退陣だ。
2回目には、デパ地下の流行りのケーキをたくさん持っていった。まゆには、店でフルーツ盛りをプレゼントした。
「まゆ、メロンマシマシでお願いしまーす、嬉しい、涼ちゃん。あたし初めてかも」
嘘でもいい。体を寄せて嬉しがってくれる、触れ合い戦法だ。どうしたって僕の右手は、まゆの肩を抱き寄せることになる。寄せた乳房の谷間が半分のところで見え隠れする。 そして「今日ね、まゆ、学校で男子にデート誘われちゃった」
「んで、どうしたの?」
「年上好みなんで、ごめんなさいしたー」
「いいチャンスじゃん」
「やだー。若い男に昔レイプされそうになって、トラウマがあんの」(キャバ嬢がよく言うガードだ。見込みなしか?)
「涼ちゃんみたいな優しい年上がいい」
「ありがと。リップサービス、ほどほどでいいから〈笑〉」
「りょ・う・た・ろ・うが好き」まゆは耳元で囁いた。
(ああなんて男はバカなのか。もうどうにでもなれ、食虫植物のなかに入って自爆してやる!)
まゆは毎日、朝の目覚ましと放課後にLINEをくれる。営業とはいえ孤独だった自分には女の子とつながっているというだけで嬉しかった。誰にでも送っているとはわかってはいるが、それなりに愛情がこもった文面を見ると、悪い気はしなかった。
賭けてみるか。これ以上、おしゃべりだけなら意味がない。
3回目で、デートに誘った。秋の鎌倉を2人で歩いてみたかったから。
「鎌倉なんて、渋―い。わからないから涼ちゃんが案内してね」
案外すんなりとOKが出た。嬉しかったのでシャンパンを入れた。その日はアフターに行った。まゆがカラオケがしたい、と言いだしたのだ。店が退けるころ、2人で手を繋いで街を歩いた。誰かが見ていたらどうしよう? スリル感たっぷりだ。
カラオケボックスでキスをした。舌と舌をからめ合って、手はお互いの性感帯を確かめあった。
江の島には学生以来だった。まゆは長く綺麗な黒髪をゆる巻きでコケティッシュに下ろし、白いセーターにデニムの超ショーパン、すらっと伸びた足にコールタールのウェッジソールが似合っていた。手を繋いで江の島タワーに昇った。歳が近い若者のカップルがほとんどだったので、ちょっと恥ずかしかったが、嬉しくもあった。タワーの上から見る相模湾はぐっーと深い青色をしていて、右の伊豆半島、左の房総半島はうすく青い稜線を描き、さらに奥に薄い青空が広がっている。秋の黄金色の日差し。さざ波のきらやかさに2人ではしゃいだ。
「昔ね、あの右の石橋山ってところで源頼朝が敵の武士に見つかって、ピンチを迎えたんだ。頼朝を見つけた武士が、そのあまりのオーラに、『私はあなたを見なかった』と言って逃げ道を作ってあげたんだって。だから頼朝一行はあそこの端から、こっちの千葉まで船で逃げ出すことができたんだよ」僕は蘊蓄を垂れた。
「頼朝って誰?」まゆの笑顔がたまらなくかわいかった。
「女の子が大好きだった鎌倉の将軍だよ」
「なんかエロそう」まゆは笑った。
江ノ電を長谷で降りて大仏を見て、由比ヶ浜を歩いた。
「ここからさっきの頼朝将軍の息子・実朝が、自分は殺されると思って、おっきな船を造って中国に逃げようとしたんだよ」
「したら?」
「浮かべただけで沈んじゃった」
「で、どうなったの?」
「暗殺された。鎌倉の鶴岡八幡宮で。八幡宮知ってる?」
「遠足で行った! 何で殺されたの?」
「もう源氏の将軍は要らないからってことだと思うよ」
「可哀そう。みんな勝手だね」
「そう、みんな勝手だよ、この世の中(笑)」
浜辺には小さな川があってもう歩いて渡れなかった。
浜辺の青い大きなブイに座った。
「まゆはね、涼ちゃんが振り回されていると思う」
まゆと2回目のキスをした。稲村ケ崎の方に夕日が沈もうとしていた。
*
食事をして、なんとなくそのままホテルに入った。
たわわな胸を揉みしだく。まゆは上手に僕の下半身を脱がせていく。
「うわ!びっくり、こんなに大きくなっているの、まゆ初めて見た」
たくさん時間をかける。まゆの体じゅうに舌を這わせキスをしていく。1時間は過ぎていただろう。
まだうら若い毛穴。緊張しているからじっくり舐めてあげて体を安心させるのだ。まゆは、まゆで喘ぎながら手はしっかり僕の性器を握り、弄んでいる。
やっとのことで泉に舌を這わしたら、海溝は透明な液体で一杯だった。襞に舌を這せたらまゆはすぐにイッた。時間をかけて安心させたのが功を奏した。
「まゆちゃん?」僕は耳元を愛撫しながら「もっとなめてあげようね」
と言った。恍惚として返事が無い。泉から噴き出る愛液を吸い続けると、
「まゆ限界! 涼ちゃんのその大きなもの、あたしの中に入れて!」まゆが叫んだ。
グレーのニーハイソックスをM字に開脚させ、正常位のまま、まゆの泉の中にヌルリと挿入した。
「ンギャー、おなかまで来てる! 初めて、こんなの。」
「じゃ、いまからまゆが出したことのないくらい大きな声を出してごらん」僕は自慢じゃないが、昔、有希乃に鍛えられた腰を動かせる特技があった。だんだんと尽きあげる回数を増やしていく。1秒に3回のピストン運動はまゆを発狂させた。
「ヤバい、死ぬ!涼ちゃんのヤラシイものがあたしの内臓を壊してる!」
「来て、来て、あたしと手を繋いで、一緒に行こー!」「よし! 狂ってみようね!」
「イクーーーーー!」二人同時にイッタ。
2人で何度イッただろう? 二人で明るくなるまで、交尾に交尾を繰り返した。
「涼ちゃん、ありがとう。死にそうに気持ちよかった。SEX大好きになったよ・・・」
僕は本当に、何十年ぶりに、女の子の胸のなかで眠りについた。
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