第6章 プロはつらいよ
第6章 プロはつらいよ
199×年3月。僕と準そしてハルは無事4年で大学を卒業した。1人でも留年を食らうと事務所の計画がパーになるというから、こっちらもみな必死なのであった。
卒業を満を持して待っていたかのように、事務所社長の荻原オギ―は言った。
「これから1年が勝負ですよ。事務所も1年は赤字覚悟でやりますからその間に売れる曲をいっぱい作ってください。これまで支えてくれたファン、そして関係者スタッフに恩返しのつもりで働いてください。プロとして自覚を持ってみんなでウィンウィンになれるようやれることは何でもやってください、それが出来なければプロ失格です」
そしてシマちゃんの訓示。
「6月にフルアルバム、シングル。すぐ後には全国ツアー。もうスケジュールは決まっているの。じゃあ、これから来年までのスケジュールを伝えるから、よく聞いてね」
確かに1年いやもっと前から企画しないと、レコーディングだって、宣伝だって、ライブハウスの確保だってできないのだ。僕らに関わる全ての人に仕事を頼んでおかなくてはならないし、ライブ会場だって土日などを早くブッキングしないと集客の命取りになる。1年のスケジュールを聴いて眩暈がした。またあのレコーディング地獄。僕やめます、なんて口が裂けても言えない。
エリックのボンド梶山はさらに衝撃的なことを言った。
「時代はジャンルイノベーションなんだ。これまでみたいなバンドばかりの時代は終わった。ミスチルやスピッツ、ジュディマリとかバンド系ね、マイラバ、小室プロデュース、大黒マキ、ザードなんかはソロで売り出しているわけ、それから安室ちゃん、MAXは女子高生に大人気。XJAPAN、ルナシー、シャ乱Q、SMAP,もういろんなジャンルで売れまくっているわけだ。全てメディアを巧みに取り込んでね。これがジャンルイノベーション。ただ、それでも共通していることがある。何だかわかるか?」
一同「・・・」
「だろうな、わかんねえかなあー、カラオケだよ、カ・ラ・オ・ケ!」
「・・・」
「君たちはカラオケでは歌ってもらえないんだよ、もうその時点でアウトだ。ジャンルにも困るんだ。王道的なロックバンドもこれからはプロデューサーの志向で作っていかないと営業の売り込みにも支障が出る。なにが英語だよ。賢こぶってないで、若い子の気持ちを揺さぶるような歌詞をストレートな日本語でちょうだいよ。ミスチルの桜井君の所にでも勉強に行けばいい。それでも英語でやるんなら海外にでも行って成功してたら拾ってやるから」
「・・・」
「わかった?」
「はい」準は言った。
*
「ウヘエー俺っちもうやーめた」ジェイムズは完全にキレていた。
「どうするよ、準」僕は訊いた。
「・・・変わんねえよ、前に言っただろ」
「え、どういうこと?」僕はまた訊いた。
「英語の曲でこだわるってことだよな」ハルはすがるような声を出した。
「逆だ」準はすかさず答えた。
「まさか歌謡曲に転向かよ」ハルは叫んだ。
「前に言った。2年で遁ズラだ。これは誓った。あと1年、言うこと聞いて動くんだよ。なに悲壮感漂わせてんだい? そんな愚痴言うよりあと1年でいろんな人とコネを作るんだ。売れるも売れないも知ったことか。これから関わる人の知恵を全て盗めばいいじゃん。楽しく勉強させてもらってオサラバだ。こんないい話はないよ」準はそう言って煙草に火をつけた。
「ファンはどうすんだよ、バンドのこだわりでお客を集めてきたんだぜ」ハルは言った。
「ジェイ、さあ歌ってくれ」
「ウヘエー、If you wanna dream on , you must be a demon, singing a demon’s song ・・・」ジェイが歌った。
「夢を見続けたいなら、悪魔になれ、悪魔の歌を歌ってな」準は煙を吐いた。
(ブレテない・・・こいつはタダもんじゃない、全て計算済みだ)僕はそう思った。
「フウー」瑠一は、サングラスを押し上げ天を見上げて紫の煙を吹き上げた。
*
「有希乃、話があんだけど」僕は有希乃のベッドで乳首をこねくり回しながら訊いた。
「なあに?」有希乃のつぶらな瞳。
「ツアーが終わったら、俺たち解散するんだ」
「マジ? どうして」
「前からメンバーでそう決めていたんだ。デビューから2年って」
「ふーん、寂しいね」
「有希乃は俺が無職になったらどうする?」
「いつも通りだよ。涼ちゃんの側にいる。大丈夫だよ。なんとでもなるって」
「そういうところお姉ちゃんに似ているよな」僕はおかしくなった。
「涼ちゃんは人の目を気にしすぎなんだよ」有希乃はそう言って僕を抱きしめた。
*
ジェイが行方不明になった。たぶんクスリのせいだ。事務所の規定でクビになった。
レコーディングには支障なく、僕らは2ndアルバム「ストロベリーワイン」を出した。
日本語の曲と今まで通りの英語の曲が交り合った何とも折り合いの悪い仕上がりになった。しかしこういう僕らの印象に反して5万枚以上が売れた。市場の需要とはわからないものだ。
『♪言いたいことも言えないくらいなら仏の顔だって三度まで~』とか、
『♪何もかもきれいに忘れられずに今はただ一人波音を聴く~』なんて曲を作って準は歌っている。瑠一は蘭さん、南さん、レコエンジニアの人と一緒に機器をいじるようになった。もはや瑠一はプロデューサーのような役割をするようになった。
アルバムを出して、ハルが脱退した。まだ無名のプレイヤーを集めてバンドを組んだ。
大騒ぎかと思いきや事務所はすぐにドラマーの手配をして何事もなかったかのようにツアーが始まった。ヘルプに入ったドラマーは浅井さんという30を越えたスタジオミュージシャンだ。
埼玉を皮切りに、仙台、新潟、金沢、名古屋、大阪、広島、福岡と回った。ジェイやハルのいないクォータームーンはひどいものだった。浅井さんには気を遣い、ハルがいた時のような和やかさが無くなった。酒を呷ってなんとか精神を保っていたからみんないつも酔っていた。目が血走るからみんなレイバンのサングラスをして演奏する。ジェイがいないとお客も少なくなった。グッズやパフォーマンスはみんなジェイの発案だったのだからヤツが売れるバンドにしてくれたのだ。それにジェイと準のMCの掛け合いがお笑いのようなトークになってウケていたので、ジェイの穴は大きかった。ファンは失望した。地方公演は初めてだったので、150のキャパで20人なんて日もあった。まあ事務所は想定済みで、何回も地方を回ってファンを増やしていくつもりなのだろう。どうせリクープ(損益分岐点)の確保は今までの東京のライブとCDの売上げで賄う計算ができているのだろう。
春、夏、秋が過ぎていく。僕は迫りくる終焉に怯えつつ、早く終わりたいというジレンマに悩んでいた。あと何回で楽しいステージを去らねばならないのか? あと何回で僕らは解放されるのか?
高校時代の夢を叶えたその世界は、最高に楽しく、最高にストレスフルだった。そんな揉みくちゃにされた自分という商品が、解散という日を境になんでもないゴミになる。これが自由か? 逃げていないか? 束縛された方が実は苦しいと言いながら実は楽なのではないか? 自由になって鳥かごから出た鳥はどうやってエサを捕ればいいんだ?
気分はいつだってイライラだ。夜にスタッフと飲むことだけが気分を紛らわしてくれるのだった。ローディー(機材の取り仕切りをする人たち)の河合ちゃん、迫口君などをひきつれて居酒屋をはしごして、仕事の愚痴や昔のバンドのうら話、恋の話、洋楽の話などをして現実逃避をした。
瑠一はイベンタースタッフ(ツアーを取り仕切る人たち)やローディーといつも綿密にリハーサルをして、瑠一自身がプロデュ―サーのような人間になった。なんか偉そうに見えて、僕の気分はムシャクシャした。
準は来年の契約を断ったのだろう。急にシマちゃんやチャ―やオギ―社長までもが優しくなって別行動になって話しこむ日々が続いた。交渉は決裂だ。準は予定通り実行に移したまでだ。199×年1月のNサンプラザをもって解散が決定した。
*
解散前の12月にジェイが麻薬所持・使用で逮捕された。赤坂のビルとビルの狭間で奇声をあげてうずくまっているところを警察にパクられた。これは結構ニュースになって僕らも日頃の麻薬漬けだったのでは、というあらぬレッテルをはられ、関係者さんたちは妙によそよそしくなって、ラジオ番組には出演キャンセルがきたり、雑誌の掲載も取りやめになった。
準はそれでも歌い続けた。団地の風呂からも聞こえた準のシャウトは、いまフィナーレを迎えようとしていた。
1月。最後のステージは、往年の十八番をセトリにして、準は粛々と歌い上げた。
「本当にみんなありがとう。まずはみんなを悲しませてゴメン。俺たちは、日本で今までにないバンドを目指して今日まで頑張ってきたんだけど、こうしてたくさんのみんなに来てもらうためには俺たちのオリジナリティを変えないとやっていけなくなったんだ。音楽はみんなを幸せにするためにある。これ以上みんなをがっかりさせたくないんだ。これも俺の力不足さ。謝るよ。俺たちは死なない。みんなの記憶の中で生きていくから、辛い時にも、楽しい時にも、クォータームーンの曲でも鼻歌で歌ってくれればマジ最高さあ! OKっファイナル2ソング行くぜえ! 」
そう言って準は最後にステージの上にマイクを置いた。26曲のフルコース終了。
199×年2月、非公式で地元「ベクトル」のワンマンライブをして僕らはついに、本当に解散してしまった。そうはいってもどうせ掃いて捨てるほどあるたくさんの星がまた1つ消えたのに過ぎない。
僕は影踏みのようなゲームに失望しては、また影を追い求めなくてはならない衝動に駆られて、居てもたってもいられなくなる人間の性(さが)に虚しさを覚えるのだが、一方でどこかそんなゲームをして安堵している自分に憧れている自分もいることは間違いないようだった。有為の奥山を越えるまで。
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