第4章 まさかのデビュー!
第4章 まさかのデビュー
ザ・クウォータームーンは就職の恐怖と反比例して、人気になっていった。原宿でフラフラ働いているジェイはどこそこかの人脈を使って、バンド名の三日月をデザインしてバッジやロゴ入りTシャツ、キーホルダー、シールなどをたくさん作った。ジェイのおかげでグッズがたくさん売れるようになった。150人規模のワンマンはいつも行列ができて、中高生も多くなった。
そして秋。ルビーズの奈々さんの紹介で「ドンキー大爆発」というお兄さんたちのバンドのホコ天場所をしばらく貸してもらえることになった。代々木公園の交番からすぐのかなりいい場所だった。憧れのホコ天。聖地ホコ天。儲かりはしないが、勲章がほしかった。
しかし壁が立ちはだかった。金だ。機材である。ハルのドラムの輸送。僕らのアンプ。PA(音響を全てセッティングし操作する人)の手配。今まではライブ会場備え付けの機材を使ってきたが、野外には何もないのである。PAさんの会社に全て丸投げすれば、毎週15万はかかる。お客にはファンにヤジ馬になってもらうだけだからお金は取れない。
なるほど、ジュンスカやBAKUやザ・ブームはプロだしCDやライブで儲けていたからプロとしての金があったのだろう。でなきゃ、毎週機材や音響を確保して演奏なんてできるわけがない。(なるほど、金か・・・)
半ば諦めていた時のことだった。飲み友達だった女の子バンド「シザーズ」の恭子(きょうこ)ちゃんから朗報があったんだ。
「涼太朗君聞いて! ビーインホビーレコード・ホコ天バトルってのがあって、1バンド5曲。参加資格はオリジナル曲で、デモテープ審査で受かれば、タダでプレイできて優勝は100万円なんだって」
「やる、やる。絶対受かる」そういって僕らはデモを送った。コンテストなら機材もPAも用意してくれるのだ。こんなにオイシイ話はない。
「優勝は・・・」ドラムのロールが鳴る。
ドシャーん、シンバルが鳴る。「ハイスクール純子マンズ!」
ホコ天デビューは、苦いものだった。集客・注目度はピカイチだったのに審査の目には止まらなかった。ハイスクール純子マンズは、当時風にいえばロリータパンクだ。若い高校生の女の子が生足を出して元気に叫んでいて、男女両方にもウケがいいのは確かだろう。
「茶番じゃね・・・」ハルが捨て台詞を吐くように言った。
「いやいや、若くて可愛い。それが一番な世界さ。もう俺たちはジジイかも」準は言う。
「まあホコ天にも出れたしそれが目標だったんだからいいんじゃね、帰ろ」僕はそう言って振り向いた。
「オンドリャアア!!、もういっぺん言うてみい!!」(ガコ! バキ!)ジェイムズが人垣外れたところで喧嘩相手に馬乗りになってパンチを浴びせていた。相手の鼻血が痛々しい。
「ほっとこ。俺たちゃ無関係、無関係」
「どうせ俺たちのこと馬鹿にされたんだろ」瑠一は言った。
ちょうどその時だった。
「ちょっと待ってくれる?」背の高いヒョロッとしたお兄さんが僕らに声をかけてきた。
長いソバージュの髪を後ろに縛ってグラサンしてピンクのペイズリーのシャツ。
「クウォータームーンですよね、君たち? 私、カムラッド音楽事務所の加藤と申します」
そういって名刺入れから数枚の名刺を出してきた。
「はあ」
「オーセンティックなのに新しいですよ。あなたたち。やり方次第じゃないかな。インディーズとか興味ある?」
突然のことでみんな顔を合わせた。ハルが準に肘テツをした。
「ああ、きみがジュン君ね。やりたいことはわかっている。英語でフィルターを噛ませてもう一度王道を取り戻そう、みたいな。それがワンウェイ・ディレクションでクリエイターになってものれんに腕押し、みたいな。(みたい(・・・)な(・)、が好きな人だ)賢こそうだからみんなそろそろやめようか、みたいに思っているんでしょ。 就職しなきゃ、みたいな。もうちょっとメジャーになりたかったら電話してきてくれないかい? どうせ此処まで来たんだから一緒に応援しますよ」
「はあ」
「一応みんなの電話聞いてもいいかな?」
そんなような会話だった気がする。僕らに「事務所」というスカウトが来たのだ。
加藤さんが去った。
「うお―い」恐る恐るみんなでハイタッチ。
「なんだ、事務所って?」
「芸能事務所だよ」瑠一はぼそっと言った。
「メジャーになるって言ってたぞ」僕は本当にわからなかったのだ。
「ちがう。メジャーになるっていうのは、有名になるかもって意味だけ。それに芸能事務所の人だろ。メジャーレコード会社の人じゃないんだ。CDはレコード会社が作るからな」瑠一は言った。
「んんんんん? どゆこと?」僕は訊いた。
「んまあ、今度みんなで相談しよ」瑠一はすっかりウィスキーからも醒めていた。なのに僕ときたら、すっかり夢のような気分になって、気分はスター街道を走っていた。
*
僕らのベースキャンプ「ベクトル」で僕たちは店長のギタリスト・芳さんやベーシストの古田さんを囲んで、教えを乞うた。
「カムラッド音楽事務所ねえ・・・知らないなあ。最近バンドブームで乱立してたから、ブームが去って焦っているんだろうな」古田さんは、ジンビームのグラスの氷をカラカラと回しながら、煙を吐いた。
「大手と繋がっているとかは言っていなかったか?」白髪交じりの長髪を後ろで束ねたヒゲの芳さんは言った。
「なんも。インディーズに興味ないかって」
「うん。じゃ、弱小事務所かな。インディーズで様子見て、売れればレコード会社と契約だ。弱小っていっても一発人気のバンドを当てれば大儲かりだからな」芳さんは笑った。
「うーん。なんとなくわかります」僕は言った。
「まあ、簡単にいえばだ。お前たちは新人カ―デザイナーとしよう。鉛筆で描いたのは流線型のスポーツカー。どこへ売り込む?」芳さんは僕に言った。
「自動車会社?」
「ブー。デザイン会社だ。お前たちの手書きの鉛筆で描いた紙なんて自動車会社は受け取ったりする訳がない。デザイン会社は自動車会社の需要に応えて風の抵抗を考えたり、客の好みや色付けをして、デジタル画像化して自動車会社に売る」芳さんは続けた。
「自動車会社は、そのデザインをもとにさらにコンセプトを明らかにして、スペックやニーズに合わせてデザインを変えながら試験車を作り、完成したら売り出す。売るためには?」
「CMや広告」と僕。
「そうゆうこと、そうやってたくさんの人がかかわって一つのモノをつくる。だからたくさんの人が給料をもらえるように、それに家族を養えるようにするためには、たくさん売って売りまくるしかないわけだ。デザイン会社は事務所やプロダクション、自動車会社は大手4大レコード会社ってわけさ」芳さんは言った。
「ニーズ調査、行程表、給与計算、デジタル化、工場生産、ディーラー、CM,みんなハル、お前一人でできるか?」今度は古田さんだ。
「無、無理っす」ハルは首を振った。
「要はデザインしたのが僕だとしたら、僕のデザインなんてみんなわからない?」ハルは訊いた。
「そうとはいえん。ポルシェを作ったのは誰か知っているか?」
「フェルディナント・ポルシェ博士!」ハルは言った。
「そうだ。ワーゲンのデザインも彼だ。有名になれば、デザインした人に憧れてみんな買う」古田さんは言った。
「うーん。なんだかとてつもなく規模が大きくなっちゃう」準が嘆いた。
「そうだ。何千、何万もの人を巻き込む曲のデザインを決めるのはお前たちだ」
「なんか大変な割には・・・」僕もため息をついた。
「じゃ、何万台も売れたとしよう。デザイン会社にデッサンを持って行ったジュン、お前はいくらを手にできる?」
「デザイン代だけっすかね」準は言った。
「まあそういうことだ。いくらかの給料、作詞・作曲の印税、著作権の印税それだけだ」芳さんは言った。
「ちょっと待ってよ、そしたら曲を作るジュンだけ、もうかるんですか?」ハルが声をあげた。
「ぶっちゃけな。まあ他のメンバーにはほんの少しの印税とレコード会社経由で事務所から給料は出るだろうけど。だから多くのバンドで悲劇的なメンバーの確執が生まれる。売れれば売れるほど差が出る。ヴォーカル以外を儲けさせるならテレビ、ライブ、グッズでタレントみたいになって稼ぐしかない」
「ジュン社長、さよならー」瑠一は手を振った。
「じゃあ、インディーズってなんですか」僕は訊いた。
「2通りある。これをゴッチャにしてみんな解釈しているから曖昧なんだ。まず一つ目。要は4大レコード会社を通さないで事務所が小さいレコード会社から出す。当然宣伝費や製作費は少ないから、そのバンドの人気次第だ。宣伝しなくても客がたくさん集められるバンドなら、その方がずっといい。大手が絡まないから経費も安く済む分、自分の身入りも多くなる。うまくすれば50%」古田さんがロックを口に含みながら言った。
「二つ目は、完全自主製作。まさしく今のお前たちみたいに全部自分でやる。丸儲けだ。自費でCD焼いて、自費でライブをやって、給与計算して、納税して。CD屋には自分で売り込んで置いてもらう。まあ余程人気ないと断られるわな、残品になったら怖いから」古田さんは言った。
「二つ目なら全部自分たちの儲けになる、と」準が言った。
「そうさ、材料とハコ代だけ。ただし東京だけで売ったって喰って行けるわけがない」
「全国を回ると?」準は訊いた。
「そうさなー、地方各都市に千人はファンがいないと駄目だろなーそのうち百人がくればいい方」
「ギャー千人! 俺たち東京にしかファンはいない」僕は夢と現実のギャップにちょっと興覚めしたが、夢の方がやっぱり勝ってしまう。どこかで成功を期待している自分がいる。
*
「どうするよ」僕が口火を切った。
「社長、社長次第ですよー」ハルが準を見て、からかう。
「っじゃ、みんなに訊くよ、まず涼太朗」準が仕方ない声を出す。(うひ、準はずるい)
「準次第だよ、準がいなきゃ成り立たない話なんだから」と僕は言いながらデビューを期待した。
「瑠ちゃん」
「デビューしてCDを出す。理由は、プロデュースやレコーディング機器の勉強になるから」瑠一は冷静だ。僕のようにただ有名人になりたい、とかいう発想はしない。
「ハル」
「俺は今のままでいいかな、もう年だよ、21だよ」ハルは年齢に怯えていた。
「ジェイ」
「ウヘエー来たー、俺、PV撮影に出たい。俺っちさ、狭いハコでカンペめくってナンボでしょ、武道館とかでカンペなんてめくってらんないよ、でもさPVで一曲を映画みたいにしてさあ、ウヘエーカッコいい!」
「武道館なんて行けねえし。第一、ジェイ、お前は放送禁止だ」僕は言った。
「いやーん、そんなこと言わないでよ、涼さん」ジェイはビールを飲み干した。
「ジュン、どうなんだよ」僕は期待を込めて訊いた。
「ありだね。いいじゃん、メジャー行き」準は断言した。
「馬鹿、お前聞いたろ、儲けは5% 百万なら五万だぞ」ハルは言った。
「まあ聞けよ。売れたいか? 売れたくないか?」準が訊いた。
「・・・・」「売れたい?」「売れるよりウケたい」
「俺は売れないと思っている。理由は簡単だ。売れなくていいと思っているから。でも周りに迷惑をかける。事務所にも、レーベルにも、小売りにもな。なによりもファンに。だから売れるように注文がつけられていく。俺らは言うことを聞く。だからウケルかもしれない。でも限界がある。俺はそんなにたくさん曲を書き続ける能力はない。他にたくさんしたいこともある。みんなDemon’s Song(ディーモンズソング)のサビを思い出してほしい。
「If you wanna dream on , you must be a demon, singing a demon’s song ・・・」
ジェイが歌った。
「夢を見続けたいなら、悪魔になれ、悪魔の歌を歌ってな・・・」準は訳した。
いつもながらライム(韻)がこれでもかと続く、いかにも準らしい曲だ。
「夢は何だ?」準が再び提起する。
「そりゃ武道館に東京ドーム」「海外公演」「豪邸」みんな適当に言った。
「俺は、デビューしてしばらくしたら、海外で映画関係に、いや、いつか映画監督になりたい」準は言った。
「俺っちもだよ、ジュンさん! 一緒に連れてって」ジェイがはしゃぐ。
「ああ。だから俺はデビューがゴールじゃない。みんなに迷惑をかけるかもしれないが悪魔になって、夢を追い続けようと思っている」準はやっぱりカッコいい。
「・・・いいよなあ。夢があって」ハルは口を尖がらせた。
「いつまで日本に居るつもりだよ?」僕は訊いた。
「23か24。卒業して1年音楽やって、あとは遁ヅラだ。内緒だぞ。絶対。だからみんな、俺に付き合うか、早いとこ就職するか、脱退するか、自由に決めてくれ。音楽で人脈も作れたらコネもあるだろ。俺は出来ればみんなと一緒にやりたいよ」
「そこまでクレバーに計算してんだったら、俺やるかな」僕は覚悟を決めた。
「うん。俺も」ハルも言った。
瑠一も頷いて、天を仰いだ。ジェイは奇声をあげた。
*
彩花は凄く喜んだ。夕食に寿司を食べに行った。
「今日は好きなだけ食べて」彩花も塾の講師をしていて、仕送りもあるから僕よりお金持ちだ。
「2年だよ2年。それできっぱりやめるってみんなで誓ったんだ」僕は彩花に弁解した。
「べつに2年でも5年でもいいじゃない。好きなことができて。あたしが側にいるから大丈夫だよ」彩花は肩を寄せて言った。
「いや、俺は準が辞めたら、きっぱり音楽はやめる。バンドは通過点なんだ。それまでに夢を作ろうと思っている」
「ふーん、そんなに音楽に命をかけるってほどじゃないんだ」彩花が残念そうに言った。
彩花だって、僕らクォータームーンにはさほど興味がない。見に来たのは2,3回だ。ファンにも嫉妬しない。その辺が僕には少し寂しかった。彩花は、彩花様なのだ。電話やポケベルだってかけてこないし、こっちから連絡しなければ1週間だって何もなく過ぎていく。
彩花は演劇やミュージカルが大好きで、週末はそれに夢中で、地方にまで見に行ったりしている。本人が女優になりたいと思っているわけではなく、単純に演劇オタクだった。
オペラも好きだから、クラシックにも詳しい。本人は文学部に入り直そうか、と悩んでいるくらいだった。お金をためてブロードウェイやヨーロッパのオペラを見に行くのが目下彼女の夢なのであった。
*
199×年秋。こうして僕らは、「ザ・クォータームーン」としてカムラッド音楽事務所(プロダクションともいう)と「所属契約」をした。新宿西口を出て灰色の高層ビルを抜けてさらに歩いた雑居ビルの5階が事務所だった。住所はなぜか渋谷区だ。社長は荻原といって、40代後半の赤縁の眼鏡をかけたオジサンだった。(通称オギ―)
3時間も嫌というほどのオギ―の講話を聞いて、最後には、「ロックに革命を起こしていこう」と言った記憶しか僕には残っていない。何だかわからないがいっぱい印鑑を押した。
薬物はもちろん、仕事中、飲酒は禁止、というのが引っ掛かっていた。僕らは結構酒を飲んで弾いていたから辛いところだ。
オギ―は準を連れて、出ていった。ヤツにはまた違う話があるのだろう。もうバンド内でも、準とそれ以外の僕らは全く役割が違うのだ。
「はい、お疲れー、あたしがマネージャーします、島本由香利ですー。よろしく」
島本(通称シマちゃん)は30は過ぎている、バブル謳歌時代のお姉さんだったと思われるが、髪はボブでショート、なぜか彼女も赤縁のメガネをしている。パステルグリーンの緩いパンツルックに白いフリルのついたシャツが、バブルがはじけ地味な時代を象徴しているようだった。
僕らをあの原宿でスカウトしたソバージュの長髪男、加藤さん(通称、チャー)はこの日もサングラスをかけピンクのペイズリーシャツに革のチョッキ(現代ではベストという)を着ていた。窓際でなんだかひどく恐縮したような声で、何軒にも電話をかけ忙しそうだ。見た目と敬語であたふたする姿のギャップに思わず笑ってしまう。
「言われたと思うけど、学生だから、CDは1年後。それまでは育成よ。涼君とジュン君、ハル君が卒業したら、CD持って全国展開。それまでは全力でファンを増やしてほしいの。だから出来る限りこっちの言うように動いてね。ファンの由美子ちゃんだっけ? 連絡先教えてね。その子を生かさない手はないわ。じゃあ、早速だけどこれからの打ち合わせね。あ、そうだ、これポケベル。使い方はわかるでしょ」シマちゃんは弾丸トークだ。ポケベルを配ってまた話し始めた。
「戦略、ファッション、キャラクター、パフォーマンス、ブッキング、決めることややることはこれからいっぱいあるの。レコード会社との契約、印税が出る出版社の契約もね。おめでとう」シマちゃんは言った。
(何がおめでとうだ。たかが月5万じゃねえか! コン畜生!)
僕らは、この後、嫌というほどに質問攻めにあう。生い立ち、趣味、性格、好きなもの、好きなこと、夢、学校のこと、バイトと収入の状況、・・・。ジェイは痺れを切らして外へ散歩に行ってしまった。ヤツは治外法権らしかった。
*
レコード会社は「エリックレコーズ」という会社に「専属契約」となった。大手4社ではないが、中堅のレコード会社だ。これをメジャーといっても間違いではない。そこが曖昧なのだ。品川のビルにあって、ロッキングレーベルという部署に預かりの身になるらしい。ほかにダンシングレーベル、タレントレーベル、パブリッシングレーベルなどがあるらしい。会社のスタジオは千駄ヶ谷のビルの地下だ。品川のビルには著作権出版社の人も来てまた長い講話と印鑑攻めが待っていた。
変わったことと言えばそんなもんだ。僕は通常平日と土曜は学校に行って、夕方には千歳烏山で個人指導塾に行って、空いた時間には家庭教師、早朝には宅配便の仕分け。もうゼミも忙しくなって、僕は在日外国人の地域コミュニティの取材に追われた。池袋や大久保に住むアジア系の人たちの家に行って聞き取り調査、まさに突撃インタビューをするという毎日だった。おかげで英会話が通じるようになって勉強になった。
土曜の夕方にはカムラッド事務所で打ち合わせをして、日曜は千駄ヶ谷で練習。カムラッドからときどき金髪のお兄さんやら引退したであろうお兄さんがやってきてはいろんな指導をしてくれた。
由美子ちゃんを中心としたファンジン「クォータームーン倶楽部、通称QUOM」はもはや1冊500円の月刊となってエリックから発行されるようになった。由美子ちゃんには何某かの報酬があるようだ。
ヴォーカル準は、全くの別の仕事をしていると言っていい。学校はもちろん通い、卒論があるので勉強にも手が抜けないのに、それ以上に曲作りに追われる毎日で、見ていて痛々しかった。「Give me your superior stereo ! Give me your superior stereo! 」なんてサビの詩を書いたら、
「superior と stereo の韻が踏みたいだけだろ!」とチャーに一蹴されていた。いろんなCDを聞いて、ライナーノーツを読んで lyrics(歌詞)をチェックし、ノートに書きためていく。もう前からあった100曲も全てネイティブの外人に見てもらったり、その中の1曲に似たパターンで10曲作ってこい、なんていうチャーからの宿題も出ているらしい。やはりアーティストとメンバーの違いは大きい。準以外はそれほど干渉されずに済んだ。報酬の違いもわかる気がする。僕は準と違って言われた通り人形のように動いていればそれでいいのだ。
『ポイズンベリーなポップンロールにやられちゃうかも、禁断の黒い果実たち、三日月の夜ついに始動! THE QUARTER MOON』
なんともおどろおどろしいフレーズが決まり、ライブや雑誌広告のポスター撮影。初期のビートルズのようなグレーのジャケットに中は真っ赤なタートルネック、下は黒の皮パンとハイカットの厚底ラバーソウル。某高架下のレンガの壁をバックにメンバー全員が両手をあげて万歳をさせられた。ジェイだけが上半身裸にされ白いペイントを塗りたくられて「Q・M・BOY・S」の看板を持たされ地面に横になっている。怒られたのは僕。
「君さ、困るんだよ、何をそうやって恥ずかしい笑みを浮かべるんだ! 商品なんだから商品になってくんなきゃこっちだって困るんだよ!」カメラマンが怒っている。たしかにそうだが『無表情で全員があらゆる方向に視線を向けて』『はい、今度は照れではなく笑顔でみんな別方向』なんて言われるとどうしたって照れくさくなる。僕以外は演技派だなあ、と思った。
199×年2月。僕たちはプロになって初めて下北沢のライブハウス「客(かく)恋慕(れんぼ)」にてデビュー。ワンデイ貸し切りでワンマン2時間の尺だが250枚のチケットは即完売。前で見たい女の子は朝から並んでいたらしい。1曲目からいつものファンが涙を流していた。30分対バンでやっていた頃の4,5人の女の子のファンはきっと格別な思いなのだろう。頭がやられるような爆音と歓声、神がかった瑠一のギターソロ、準の甘く激しい美声。体がうねってしまうハルのビート。一度これを経験すると、その快感はまるでなにかの幻覚を見ているようで世界の王様になったような気分になる。動き回るビデオカメラ、ミラーボールのような七色の世界、女の子みんなが声を張り裂けんばかりにサビを叫んでいる。多分いま自分は日本一格好良くて、日本一快感を感じている、そう自慢しても許されるような気がした。来てる! 来てる! 最高のGroove ! 廻って、跳ねて、叫んで、脳味噌が溶けそうだ。
終わると僕らは、あらゆるところにサインをせがまれた。ファンジンで返信してくれた子たちにはワッペンを無料であげた。そうしてまたファンジンやらグッズが売れていく。その日は受付になったシマちゃんマネージャーも終わったときは目が潤んでいた。
オギ―社長も来てくれて、どこかの偉そうな人物とずっと話しこんでいた。
「涼君おめでとう! 握手、握手。絶対こういう日が来ると信じてたもん。有名になっても私のこと忘れないでよ。ずっと、ずっとこれからもファンなんだから!」初期からのファン・泉ちゃんは、泣きながら色紙とプレゼントをくれた。プレゼントはいろんな子からもたくさんもらった。変なネクタイ、花束、ブランデー、ピック、人形、コップなどなど・・・。そしてファンとの写真の嵐。僕らはもう完全にスターのような気になって1人1人のファンの思いを受け止めきれなくなっていった。2年で終わる。いずれ来るピリオドに心が痛んだ。こんなに快感ならずっとみんなでやっていきたい。
2500円のチケットは250枚売れたわけで60万くらい。グッズは15万くらい。合わせて75万。おそらく50万はハコと事務所だろう。のこり25万を5人で山分け。すると1人5万のギャラ。
(ふーん、よく出来ている。月2回なら10万。まいっか。月2回働いて10万なんて幸せだ、本当にファンに感謝だ。貢がせているようで申し訳ない)僕はそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます