vs インスパイア

『俺は須王龍野だ。こちらのゼクローザスに搭乗しているのは、リオネ・ガルシア。久しぶりだな、ハーゲン少尉』

 拡声機能をオンにし、ハーゲンの問いに答える龍野。

『龍野か。あの時は世話になった。それより待て、そのゼクローザスにはリオネが乗っているのか!?』

『ああ。おいリオネさん、答えてやりな』

『うん。久しぶりね、ハーゲン』

『あらあら、リオネがいるのね』

 リオネが応答したと思ったら、ハーゲンの搭乗している機体から別の声が聞こえた。

『まさかそのお声は……ネーゼ殿下!?』

『あら、いつかの黒騎士ではありませんか。あの時は世話になりましたわ』

『いえいえ。ところで、そちらの機体は?』

『「リナリア」。“皇帝機・リナリア”ですわ』

『リナリア……』

 白い機体の名前を反芻する龍野。

『龍野君、その機体は味方かしら?』

『あ? ああ』

 ヴァイスの声で、素早くリナリアの識別を「味方」に変更する。

『以前共闘したハーゲン……少尉、だ』

『ああ、異界電力ベイエリアで……。確かに、お世話になったわね。本当はお城に泊めてあげたかったのだけれど、没収されて一軒家だから……』

『部屋はいくつ余っている?』

 龍野とヴァイスが話していると、武蔵が割って入った。


『それは……限界まで詰めて、3、といったところですわね……』

『となると、一人は馬車で寝てもらうか、契約書にあった“ホテル”で待機することになるだろう。だが、その一人はおれが受け持つ。お前達は、出来るかどうかはわからんが……出来るのであれば、あの一軒家でゆっくり過ごせ』

『でしたら、そのお言葉に甘えさせていただきますわね』

 ヴァイスは武蔵の提案を承諾すると、龍野に再び連絡を入れた。

『さて龍野君。話を戻すわよ』


『何だ?』

 ヴァイスからの念話で、ふと我に返る龍野。

『至急、ゼクローザスとその白い機体……』

『「リナリア」だぜ、ヴァイス』


『リナリアの2機を、逃がしなさい! 北西の方角から、正体不明機アンノウン1機!』


『あいよ!』

 龍野は拡声機能全開で、ゼクローザスとリナリアに指示する。

『あちらの方角へ逃げてください!』

 東の方角を手で示しながら、龍野は大剣と盾を持って北西方向へ飛翔した。

『龍野!』

「ダメよ、ハーゲン。行かせてあげなさい」

「わかっております、ネーゼ様。ただ……」

「ただ?」

『死ぬなよ!』

 ハーゲンはネーゼの制止を振り切り、拡声機能で龍野を激励した。

『当然だろ!』

 距離が離れて声が小さかったが、龍野もまた、ハーゲンの激励に答えた。

「失礼いたしました、ネーゼ様」

「あの黒騎士が、簡単に敗れる訳はございませんわよ。勿論、帝国最強の操縦士ドールマスターである貴方も、ですけれど。ハーゲン」

 ネーゼは振り向き、ハーゲンを抱きしめた(つまり龍野とヴァイスの二人と同じ、「男の膝の上に女が座る」というものである。1人乗りコクピット故の苦肉の策であるが、ベルトなどの固定装置は問題無く機能する)。

「では、逃げましょう。ハーゲン、お願いね」

「かしこまりました」

 リナリアが東へと進む。

「待って、ハーゲン、ネーゼ様!」

 リオネのゼクローザスも、リナリアの後を追った。



『そろそろ接敵するわ! 注意して!』

 ヴァイスの指示で、龍野は更に速度を上昇させる。

 間もなく、眼前に銀色(と青色のマーキング)の機体を見つけた。

『止まれ!』

 大剣の切っ先を向け、正体不明機アンノウンに警告する龍野。

 銀色の機体は、足を止めた。

『俺は須王龍野。所属はJ陣営だ。そちらの所属と行動目的を明かされたし(あんまこういう言い方は慣れねえけど、ヴァレンティアで騎士やってた時に鍛えられたからな……)』

 すると、銀色の機体から声が飛んできた。

『私はウーサル・ビアンカ。所属は❤️陣営よ。ねえそこの黒騎士様、ハーゲンという狐の男を見なかった?』

『見てねえな』

『嘘つき』

 ビアンカの声が冷たくなった。


『ハーゲンの霊力が、貴方の後方に残っているわよ。貴方の後方にね。そしてそれは、私から少しずつ遠ざかっている。違うかしら?』


『……(何だこのストーカーは!? こいつをハーゲンの側に近づけるワケにはいかねえ! だが、相手は女性だ。殺すのは残酷すぎる……)』

『龍野君、戦力増強のために“

『そのつもりだぜ、ヴァイス!』

 龍野は深く息を吸い込むと、ビアンカに依頼する。

『おうビアンカ! ハーゲンを追いかけたければ、まず俺を倒せ! 決闘だ!』

『嫌よ』

 ビアンカはシュヴァルツリッターを無視してハーゲンを追いかける。

 しかし、シュヴァルツリッターの速度を振り切れる訳がなかった。

『俺はハーゲンと共に戦った仲間だ。その仲間を狙う野郎は、女であっても許せねえな』

『な、なな、なっ……! ハーゲンと!? 貴方、何を私を差し置いて……!』

 みるみる内に、顔が怒りと嫉妬(と少しの羨望)で真っ赤に染まっていくビアンカ。

『許せないわ! いいでしょう、ギッタンギッタンにして差し上げます!』

『成立だな!』

 シュヴァルツリッターと銀色の機体は、互いに剣を構える。

 三度目のアナウンスが響いた。

「ただいま、J陣営の“須王龍野並びにシュヴァルツリッター”と、❤陣営の“ウーサル・ビアンカ並びにインスパイア”との決闘が成立いたしました。繰り返します。ただいま、J陣営の“須王龍野並びにシュヴァルツリッター”と、❤陣営の“ウーサル・ビアンカ並びにインスパイア”との決闘が成立いたしました。これよりカウントダウンを開始いたします。5, 4, 3...」

『つーか俺は男だぞ?』

『知っております! けれど……!』

(まるでかつてのヴァイスだな……)

「2, 1, 0! 決闘開始!」



「最初から仕掛ける!」

 頭部の魔術機関砲を連射しながら、一気にインスパイアとの距離を詰めるシュヴァルツリッター。

『ッ!』

 防御が間に合わず、数発被弾したインスパイア。だが、浅い。

『まだまだよ……!』

 距離がある内に76.2㎜速射砲を連射してくる。

 粘着榴弾HESHの弾頭を受ければ、搭乗員はただでは済まないはずだが――

『残念だな!』

 シュヴァルツリッターの障壁は、その程度の火砲などものともしなかった。

『そらっ!』

 盾を振り上げ、速射砲を弾き飛ばす。そして左脚でインスパイアを蹴飛ばし、盾を地面に突き立てた。

『剣での一騎討ちといこうか!』

『このっ、女だからってバカにして……!』

『いや? むしろこっちが本気だぜ……ビアンカさんよ!』

 龍野は背面のブースターから魔力を噴射させ、圧倒的な速度でインスパイアの眼前に迫る。

(!? 速過ぎる――ッ!)

 剣で防御するが、重厚な衝撃に集中が途切れかける。

(片手じゃダメ……!)

 急いで盾を捨て、剣を両手で握る。

『へばるな! ぶつかれ!』

 軍隊の鬼軍曹ばりの勢いで迫る龍野。

 しかし全高は7m以上、全備重量は20t以上も下回るインスパイアでは、シュヴァルツリッターの膂力には耐えられなかった。

『きゃああああああッ!』

 インスパイアは凌ぎきれず、剣を吹き飛ばされた。

『終わりだ(悪く思うなよ……!)』

 シュヴァルツリッターは大上段に剣を掲げ――


『投降しろ! ベルを壊せ!』


 インスパイアの頭部に直撃する寸前で、制止させた。

『それは嫌よ!』

『ハーゲンに会うんだろ!?』

『けれど! 女だからって、情けをかけられるなんて……ッ!』

『情けじゃねえ! だったら降りて、直接お前をぶっ飛ばしてやろうか!?』

『やってよ!』

『ああ、だったらやってやるから脱出しろよ!』

 こうして、両者が地面に降り立った。

 龍野は騎士服のままで、ビアンカは軍服のままで。


「手加減無用だぜ……!」

「ええ!」

 二人は向かい合い、一気に疾走する。

「残念だったわね須王龍野! 私の勝ちよ!」

 ビアンカは胸部のホルスターから拳銃を取り出し、そして龍野に撃った。だが。


「俺がただの人間だったら、お前の勝ちだったけどな」


 障壁で拳銃弾を弾き飛ばした。

「その首輪に付いたやつだな……ッ!」

 そして龍野はビアンカを押し倒し――

「終わりだ」

 ベルを握り潰した。



「決闘終了。勝者、“須王龍野並びにシュヴァルツリッター”。繰り返します。勝者、“須王龍野並びにシュヴァルツリッター”。これにより、J陣営に1のアグニカポイントが付与されました」

 決闘終了のアナウンスが響いたのを聞き届けた龍野は、ビアンカから離れる。

「しっかしまあ、ビアンカさん、よく見ると……」

「ううっ……何よぉ……?」

「美人だな。掛け値なしに」

「ふん!」

「ああそうだ、機体は動くはずだから、まだハーゲンは追いかけられるぞ」

「あっそ、ありがと!」

 ビアンカは駆け足でインスパイアに乗ると、そのまま機体を走らせて去って行った。


「やれやれ、俺もふざけた性格になっちまったもんだぜ……。頑張れよ、ハーゲン。毎晩十連続くらい」

 龍野は魔力を噴射させて、シュヴァルツリッターに戻った。

『終わったぜ』

『ええ。ところで龍野君』

『何だ?』

『浮気には寛容なつもりだけれど、ちゃらちゃらした性格は好きではないの、私』

『兄卑も堕ちたものね』

『な、何だよヴァイス、シュシュ!?』

『後でたっぷりと“お叱り”を与えなくてはね(むしろ私が与えられる側なのはさておき)』

『ええ、思う存分ののしらせてもらうわ』

『とほほ……(“自信持てよ”、って言おうとしただけなんだがなぁ……)』

 そして撤収しようとした時。


『何だ? フーダからだな。読み上げるぞ、「騎士様、“セレブ・ボーダー”へ向かって」とあるな。龍野、聞こえているか?』


 武蔵から、謎の伝言を聞いたのであった。



作者からの追伸


 有原です。


 最後の一文なのですが、本当はフーダニットに直接連絡してもらうことにしたかったのです。しかし許容範囲外の可能性があったので、武蔵に伝言させました。

 まだ許容範囲外である場合、該当部分を削除いたします。


 ただ、フーダニットの無能ぶりは、どうにか本文中に示したいですね……。

 それでは、今回はここまで!

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