開戦直前

「ふぁあ……起きたぜ……!」

 午前六時。

 いつも通りに起床した龍野は、真っ先にキッチンへ向かう。


「おはよー」

「おはよう、兄卑」

「おはよう、龍野」

 起きたのは、シュシュと武蔵だ。

「あれ、ヴァイスは?」

「まだ休ませてあげなさい、兄卑」

 相当な疲労で寝続けているヴァイス。

「だな。それじゃあ、保存しとくか。それじゃ」

「ええ」


「「いただきます!」」


 龍野の号令で、各々が朝食をとった。


     *


『さて、兄卑。お姉様に代わって、命令を下すわ』

 朝食と片付けを終えた龍野は、シュヴァルツリッターに搭乗していた。

『何だ?』

『周辺調査よ。拠点であるこの家周囲の環境、及び可能であればより北方の地への偵察。可動機体が「シュヴァルツリッター」だけだから、兄卑に任せるしかないの』

 不本意そうに告げているが、シュシュの声や話し方に嫌味は無かった。

『承知したぜ。ただ一つ、確認したい事がある』

『何かしら?』

『魔力消費量は、どのくらいまで許されるんだ?』

『そうね……。“80%を下回ったら撤退せよ”、こう言っておくべきかしら?』

『あいよ、使えるのは手持ちの内20%ね。それじゃ、行ってくるぜ』

 龍野は緩やかな坂状の発進板をシュヴァルツリッターに歩かせ、十分な距離を取った所で飛翔を開始した。


「さて……何から報告すべきか? 既にいろいろと見えるが……」

 高度700m程度にまで上昇したシュヴァルツリッターから、“全天周モニター”で偵察を開始する龍野。

「整理するか(まず見えるのは、昨日俺達を襲撃してきた協会の建物だな。結構高い。周囲にはレンガ積みの家がある。ヴァイスと俺が確認済みだが、シュシュは知らないだろうから報告要素に加えておくか)」

 ズーム機能を最大望遠で使用し、眼下の光景を見渡す。機体を腹ばいに近い状態とし、顎を引かせて強引に確認する。

(墓場か……。近くに建物があるが、あまり活発じゃねえな。ちらほら人が見えるが、見ても意味はねえ。次だ)

 そのままの姿勢だが、見る箇所を変更する。

 わずかにシュヴァルツリッターの首が動いた。

(石造りか……。だが、妙に神秘的だ。それに見ている限りでは無人。現状深掘りするのは、得策とは思えないな……)

 情報の整理を終え、魔力残量をチェックする。

(やってみるか……。“魔力残量をパーセンテージで表示しろ”)

 龍野がイメージで命令を送ると、“98.3%”と表示された。しかしこれでも、搭乗時点から0.1%しか減少していない。

(十分だな。だが、あまりやりすぎると戦闘に支障が出る。しゃあねえ、ざっと飛んで終わりにするか。よし、“記録映像を機体群に共有しろ”)

 エリア一群を飛行しようとする龍野。

(!? “エリア外警告・進路を変更せよ”だと!?)

 素早く推進方向を90度変更し、警告を解除する龍野。

 地上を見ると、線状に連なっている何かがあった。

(ありゃあ、昨日見た壁か! 今の警告は“真上から出るな”ってことだな……!)

 龍野は速度を落とし、壁に注意しつつ偵察を行った。


 午前十一時二十九分。

 シュヴァルツリッターは拠点である一軒家の近くに着地し、待機状態に入った。

『偵察を終えた。データは各機に転送してあるから、見てくれ』

『わかったわ、兄卑。機体を修復したら、確認する。そうだ、お待ちかねの声を聞かせてあげるわ』

 シュシュの念話が途切れる。

『挨拶が遅れたわね。おはよう、龍野君』

『おはよう、ヴァイス。気分はどうだ?』

『いつもと調子が違うけれど、まあ比較的好調よ』

『なら良かった』

 すると、ピンポンパンポーンという場違いな音が鳴り響いた。

「エリア内の皆様にお知らせいたします。ただいまの時刻を以って、戦争開始30分前をお知らせいたします。繰り返します。エリア内の皆様に……」

『龍野君、大剣と盾の装備を今しなさい』

『あいよ』

 偵察目的だった為、非武装で出撃したシュヴァルツリッター。

 走って格納庫へ行き、大剣と盾を回収する。

『後は待機と行きたいけれど……。手洗いなどは大丈夫かしら?』

『大丈夫じゃねえな。後水分も取りたいぜ。いい加減喉が渇いた』

『では、一度格納庫に機体を待機させて』

『あいよ』

 そのまま機体を駐機し、龍野は家の中に入った。


『そんじゃ、待機状態だな』

 シュヴァルツリッターに搭乗し、家の前に機体を立たせる。

 再び、ピンポンパンポーンという場違いな音が鳴り響いた。

「戦争参加者諸君に告げる。現時刻を以って、戦争開始10分前を告げる。繰り返す、現時刻を以って……」

『さっきと違う話し方だな』

『ただのアナウンスに突っ込みは無用よ。それよりも、龍野君』

『何だ?』

『戦争の状況を掴む為に、敢えて籠城はさせないわ。最初の一戦を終えるまで、自由に移動して頂戴。貴金属類は持ったわね?』

『ああ』

『なら問題は無いわね』

 ヴァイスは満足気に微笑むと、念話を止めた。


 その後も、5分前、1分前のアナウンスが響いた。そして。

「カウントダウンを開始する。30, 29, 28...」

『いよいよだな』

『ええ。いよいよ、戦争が始まるのね』

『兄卑、よろしく頼むわよ』

『勝利を信じているぞ』

『言われなくても!』

 意気込む龍野。

「5, 4, 3, 2, 1... 0、戦争開始!」


 こうして、『異世界社長戦争』が開催されたのであった。

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