残されたもの

 光が晴れ、龍野達は目を開く。

「どこだ? ここは」

 龍野が疑問を口にするのも、無理は無かった。


 なぜなら、見慣れない天井を見たからだ。


「外に出ましょう」

 ヴァイスの提案で、龍野達五人は建物を見ることになった。


     *


「何だこりゃ……」

 一斉に愕然とする五人。

 それもそのはずだ。


 先ほどまでヴァレンティア城にいたと思ったら、城が一軒家になっていたのだから。


『それについては、直接皆様にご説明させていただきますね』

 加えて、どこかから響く女性の声。

 ヴァイスのでも、シュシュのでも、そしてフーダのでもない。

「誰だ!?」

『“あなた方を見守る者”と答えておきます』

 名乗りと共に、金髪紅眼の女性が屋根の上に降り立った。

 社長候補の一人、“リンド”その人であった。

『いきなりですが、プリンセス・フーダニット。この方々とのお別れを』

「おい、何言ってやがる!?」

『本来は、私達と同じ場にいるのが“社長候補”の務め。いくらプリンセス・フーダニットが例外とはいえ、規定には従っていただきます』

 淡々と告げるリンド。

「ふざけるな! 何が何でも阻止してやる!」

 龍野が魔術を発動しようとする。

(“行動阻止”発動)

「ぐっ……!?」

 しかし、発動は叶わなかった。それだけではない。


 身体が一ミリたりとも動かなかったのだ。

 眼球と発声器官はどうにか動かせるが、それ以外はどう足掻いても動かなかった。

 そしてそれは、ヴァイス、シュシュ、武蔵も同様だった。


『妨害を阻止するために、体の大部分の動きを封じさせていただきました。無理に動こうとしても動きませんので、体力を温存したければ大人しくするのが最善策かと』

 リンドは抑揚の乏しい声で告げ――フーダの側へ来た。

『さあ、別れを』

「いや……!」

 唯一フーダにだけは“行動阻止”が掛けられていなかった。

「お姉ちゃんと一緒にいるの! 貴女となんて……!」

 一向に従う意思を示さないフーダに対し、リンドは素早く決断した。

(仕方ありませんわね……彼女にも、“行動阻止”を発動します)

「ッ……!」

『貴女がこちらに来なくては、お望みである復讐も叶いませんわよ……?』

「それは……! けど……!」

「貴女は……彼女の意思を踏みにじるのですか!」

 ヴァイスがリンドを咎める。

「申し訳ございません、姫様。これは私に課せられた任務ですので」

「だとしても……! せめて、最後に言葉を交わすくらいは許されるのではありませんか!?」

「その通りですわよ!」

「同感だ。別れに次ぐ別れなど、彼女には耐えられまい。そちらの意思もあるだろうが、『ならばせめて最後の情け』をというものだ」

 武蔵もまた、口を挟む。

「お願いだ、最後にフーダちゃんと言葉を交わさせてくれ!」

 龍野がリンドの瞳を見据え、懇願する。

『そうでしたわね。まだ別れは済んでなかったのですから。ごめんなさい、皆様』

 リンドがフーダを抱えると、まず武蔵の前に運ぶ。

『最後に一言、互いに交し合ってくださいね』

「わかった。短いものだったな、おれ達は」

「うん……そうだね、ムサシ」

 フーダの言葉が終わるのを確認するリンド。次はシュシュの前に運んだ。

「フーダ……! 後で反省させるんだから、死ぬんじゃありませんわよ!」

「わかってる、お姫様二号!」

「シュシュよ!」

「シュシュ!」

 二人の喧嘩が終わるのを確認するリンド。その次は、ヴァイスの前に運んだ。

「怒りへの制約をかけてしまって、ごめんなさい」

「謝らないで、お姉ちゃん。お姉ちゃんは悪くないよ」

「ありがとう、フーダちゃん」

 ヴァイスの言葉が終わるのを確認するリンド。最後に、龍野の前に運んだ。

「短かったな。城と『シュヴァルツリッター』からの眺めは、どうだった?」

「綺麗だったよ、騎士様」

「そうかい」

 龍野の言葉が終わるのを確認するリンド。

『では、皆様。御健闘を』


 別れが済んだのを確認すると、フーダと共に転移した。


 残された龍野達4人は、各々の決意を叫んだ。

絶対ぜってえ取り戻す……!」

「待ってて、フーダちゃん……!」

「後でたっぷり懲らしめてやるんだから……!」

「次は同じ手を食わない……!」

 そして各々家に入る。


 しかしヴァイスだけは、宵闇となった空を見つめ続けていた。

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