カルテル教(一派閥)との交渉

「時間だな」

「ええ」

 ヴァイスは龍野への抱擁を解くと、膝の上に座り直した。

「行くか。出来るだけあの集団から離れたルートで、な」

 これは「追跡して虐殺させる」あるいは「いなくなった隙を突いて復讐戦」という意思を抱かせないようにする、龍野の思惑だ。

「低空飛行の遵守をお願いね」

「当然だとも」

 龍野はわき道にそれ、集団が撤退したルートから完全に外れた。もっとも、視界は集団から外していなかったが。

「それじゃ、口閉じろよ」

「ええ」

「あんたも目と口を閉じてろよ!」

 龍野は人質となった指揮官に拡声機能で呼びかけつつ、視界をシュヴァルツリッターの手で確実に塞いだ。

「最大速度で飛ばすぜ……!」

 マッハ0.8(979km/時)を出し、たった二分で建物の前に到着した。


「それじゃあ龍野君」

「ああ。先に出とくぜ」

 龍野はコクピットから出ると、鎧騎士になって指揮官の男を引きずり出す。指の重量は大したことが無かったため、強引に広げて脱出させ――地面に突き転がした。

「大人しくしてもらうか」

 魔力でカーボナードの手枷を作り、後ろ手にさせて拘束する。それを龍野が右手で保持し、確保した。

「ヴァイス、出てこい」

「ええ」

 龍野の指示を聞き届けたヴァイスは、ドレス姿のまま魔力を逆噴射させて地面に降りた。

「行きましょうか」

「ああ。ほら、キリキリ歩け!」

 手枷を押して促すと、指揮官は渋々といった様子で歩き始めた。


     *


「こちらにいらっしゃる」

「あいよ、道案内ありがとさん」

 手枷を掴んだまま、龍野は扉を開け放った。

「突然の来訪、お許し願いたい! 私達は、あなた方に確約していただきたい要求を突きつけに参った!」

 声高らかに宣言し、同時に指揮官を突き飛ばす。

 手枷はオレンジ色の光を放ちながら、消滅した。

「こちらの男の名前は須王すおう龍野りゅうや。そしてわたくしの名前は、ヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティアと申します。カルテル教のあるじよ、お名前をお聞かせ願いたい!」

 ヴァイスが名乗ると、奥に座っていた老人が口を開いた。

「おお、異世界の戦士と姫君よ! わたくしは『ブライト・フォー・カルテル』と申します。この『カルテル教』の大司教を務める者でございます」

 ブライトと名乗る老人は、二人の姿を嬉しそうに見つめていた。

「さて、ブライト大司教。即時確約していただきたい事項がございます。龍野君、代わりにお伝えして」

 ヴァイスはペンを取り出すと、紙を二枚催促する。ブライトが指揮官に命じ、取りに行かせた。

「承知。では大司教よ、伝えさせていただく。『カルテル教』が我々ヴァレンティア城の関係者に危害を加えることを中止していただきたい。予め告げておくが、我々は『カルテル教』の信者に攻撃を受け、そしてそれを退けてここまで来た」

「ふむ……逆らえませんな。しかし、その約束の完全な履行も出来ませんな」

 ブライトが即座に返答した。

「実は我らが『カルテル教』は、一枚岩ではないのです」

「つまり派閥割れが起こっていると?」

「ご理解いただき、感謝いたします。そうです、教義の違いによる派閥割れが起こっているのです。無論我々の派閥に属する者達には、厳命するのですが……」

「ならばそれで構いません。あなた方の派閥に属する者だけでも、攻撃をやめていただきたい。そしてもう一つ。他の派閥によってヴァレンティア城が攻撃された際には、防衛にご協力いただきたいのです」

「かしこまりました。厳命いたしましょう」

 ブライトが承諾の意を口にすると、指揮官が紙を持ってきた。

「では、わたくしと同じ文言を記述していただきますわ。これは契約書。違えれば、次はあなた方もろともこの教会を」

「皆まで言わないでくださいませ。むしろわたくし達は、少なくともわたくし達の派閥は、あなた方異世界よりの戦士達を歓迎する立場なのです。とはいえ、わたくしの部下が勝手な行動をしたことはお詫びしましょう。後ほど、正式な処罰を」

「お願いしますわね」

 話を終えた二人は、契約書を作成した。


「問題なく」

「では、我々は誠実に履行いたしましょう」

「ええ、頼みますわね(まあ、そこまで長くするつもりはないのですけれど……期限は“無期限”としておくべきですわね)」

『カルテル教』の一派閥(異世界よりの“勇者”を歓迎する立場)を脅威でなくした龍野とヴァイスは、シュヴァルツリッターに搭乗してヴァレンティア城まで戻っていった。


     *


『シュシュ、帰ったわよ!』

『お姉様、お帰りなさいませ!』

『早速だけれど、防衛機構を解除してちょうだい』

『はい!』

 シャッターが徐々に上がっていく。

 ヴァレンティア城に安寧が再び訪れたのであった。

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